第31話 逆十字騎士団 1/3
「むうー、今日のレースはタンピンサンショクを軸に流すか……」
「ええー、またリョウコさん穴狙いですか? このレースはオールグリーンとコクシムソーで決まりですよ」
「そんな順当な馬券のどこが面白いんでえ。万馬券こそ浪漫ってもんじゃねえか」
「オッズを見て賭けているうちは勝てないですよー」
ややシャッターがちな郊外の商店街。
その一角にある古びた定食屋、間田木食堂でふたりの女が向かい合っていた。ひとりは赤髪の長身で、もうひとりは巫女服を着た小柄な少女だ。競馬新聞を広げて、ふたりで赤鉛筆を持って今日のメインレースの予想をしているのだった。
そんなところに、突然ガラリと食堂の戸が引き開けられる音が響いた。
「リョウコ様、お逃げください……! やつがここに……!」
「我が君よ、伏せろっ!」
白い髪に白い豪奢な服をまとった純白の少女と、黒髪に眼帯をした黒い服の少年が店に飛び込んできた。少年は少女を抱きしめ、地面に転がる。
その直後、戸が真っ二つに引き裂かれ、バケツ型の兜をかぶった全身鎧の大男が姿を現した。
「ふはははは! ついに追い詰めたぞ吸血鬼を操る邪悪なる
大男は、両刃の大剣を振り回しながら店に押し入ってくる。
椅子が、テーブルが次々に両断され、上に載せられてた調味料の瓶が床に落ちて粉砕されていった。
「一体何の騒ぎですか!?」
「くっ、稲荷屋トウカ、あなたもいたのですね。リョウコ様とともにお逃げください!」
「こやつはヴァチカン第十三機関
「ヴァ、ヴァチカンのイスカリオテ……!? あの教皇庁の命令すら聞かない狂犬集団ですか!?」
「神の法から外れる邪法使いどもが我ら
大男が大剣を振り回し、白い少女――東欧黒魔術協会の誇る気鋭の除霊師メアリーと、黒い少年――千年を超えて生きる真祖吸血鬼レヴナントを追い詰める。
トウカは
凶刃がいよいよ三人を店の端に追い詰め、逃げる隙間もなくなったときだった。
「うぉぉぉりゃぁぁぁあああ!!!!」
「ぐわぁぁぁあああ!?」
リョウコが、柄付きの中華鍋の角でバケツ頭を思い切り殴り飛ばした。
ふらついたところに、リョウコが畳み掛ける。兜の上から殴り、殴り、殴り、みるみる変形させていく。そしてついに、どしーんと音を立てて大男が倒れた。
「警察ぅー! 警察呼んでくれー! メット強盗に痴漢の合わせ技だ!」
「リョウコちゃん、大丈夫かい!?」
「強盗に痴漢だとぉ! うちの商店街で何してくれやがるんだ!」
「おいらはひとっ走り駅前の交番まで行ってくるぜ!」
リョウコが大男に馬乗りになって殴りつけつつ叫ぶと、近隣の商店主たちが集まってくる。
寄ってたかって大男を縛り上げ、店の外へと引きずっていく。
「いまどきヘルメット強盗とはまた古風な……。あ、間田木さん。ご協力ありがとうございます!」
「お、巡査さん、助かるぜ。こいつァおまけに痴漢で、椅子が借りてえとか訳のわからねえことを言ってやがった。余罪がたっぷりあるだろうからよ、こってり絞ってやんな」
「薬物検査も必要そうだなあ。こら、立ってついてこい」
「よりによってリョウコちゃんの店に押し入るとはねえ。度胸があるのか馬鹿なのか」
「こんなコスプレみてえな格好してんだから馬鹿なんだろ。このへんで
「おいおい、そんな昔の話はやめてくンねえ。ヤンチャ自慢なんて格好悪りぃじゃねえか」
駆けつけた警察官が鎧男に手錠をかけて連行していった。
そして集まった商店主たちが荒れた店内の片付けを手伝い、またたく間にきれいにする。大工や建具屋もやってきて、壊れたテーブルや戸なども修理して去っていった。
「いやあ、災難だったなあ。あんな変態の鎧野郎に追っかけられるなんてな。ふたりとも、怪我はねぇかい?」
「リョウコ様、ありがとうございます! 格闘術まで修められていたのですね!」
「へへっ、やめてくれよ。しょせん我流の喧嘩殺法だぜ」
「くくく、さすがは我が宿敵よ。あの
「おう、喧嘩は気合よ。気持ちで呑まれちゃどうにもなんねえ。ま、あんな変態が急に出てきたらうろたえちまってもしょうがあんめえよ」
「なるほど!
メアリーとレヴナントが鎧男を撃退したリョウコを囲んでいるのを、トウカは呆然と眺めていた。
そして、ぽつりと一言漏らす。
「嵐のような展開すぎて、さっぱりついていけない……!」
「ああン? 強盗兼痴漢が来て、そいつを撃退したってだけの話だろうが」
「いや、ええと、痴漢じゃなくってヴァチカンで、
「そりゃ、頭のおかしい痴漢から椅子を借りてえとか言われたって聞いてもしょうがねえだろうが」
「あー、はい。やっぱりそうなりますよね。それにしても、商店街のみなさんも手慣れすぎてませんか?」
「おう、そりゃあ当たりめぇだろ。あそこを見てくんな」
リョウコが指さしたその先には、『こども110番の店』と大書きされた黄色いポスターが貼られていたのであった。
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