第25話 未知との釣行 3/5
「焼きおにぎりのコツはな、ぎっちり固く握ることだ」
「えー、でもおにぎりはふわっとしてた方が美味しくないですか?」
「その気持ちもわかるけどよ、焼きおにぎりはタレをつけたりひっくり返したりで結構いじくるだろ? ふわっと握っちまうと焼いてる間にバラバラに崩れちまうんだよ」
「なるほどー」
リョウコが魚をさばいている横で、トウカはぎゅっぎゅとおにぎりを握る。
不揃いの三角形が、横に置いた紙皿に並んでいく。
『我らも何か手伝えぬか? 馳走になるばかりでは武士の一分が立たぬ』
「おー、そうか。それならカワハギをさばくのを手伝ってもらうかねえ」
『カワハギ?』
「おう、この魚だよ」
リョウコはテーブルとまな板をもうひとつ用意し、銀色の小人たちの前に置いた。
釣ったそばからエラに包丁を入れて、血抜きはすでに済んでいる。
そのカワハギから、角、背びれ、腹びれ、胸びれを切り落とし、そして尾びれの手前にすっと包丁を入れて切れ目をつけたら、そこに指を突っ込んでビリリと皮を剥いた。
「ひゅー、一発成功。こうなると気持ちいいな」
リョウコの目の前には、半身の皮がきれいに剥かれ、白い身をあらわにしているカワハギの姿があった。
『なんと、まるで巨大なガム星雲に棲む粘獣狩人団の如き鮮やかな手際。間田木殿、見事なお手前で』
「いや、こいつァ皮が剥ぎやすいからカワハギって言うんでぇ。コツがつかめりゃ誰でもできるぜ。一丁、こいつを捌くのを手伝ってくれねえか? 何しろ何十匹も釣れちまったからよう」
『委細承知。任されよ』
銀色の小人たちは、光り輝く刀を持ってカワハギに群がっていく。
体長10~15センチほどの小人がその倍もあるカワハギに群がるものだから、もはやクジラの解体現場のような様相である。
しかし、その手並みは鮮やかだった。
レーザーメスの如き切れ味を誇るビーム刀はカワハギの硬いヒレも易々と切り落とし、その隙間に手を突っ込んで力強く皮を剥いでいく。数分とかからず、1匹のカワハギが丸裸になった。
「ひゃー、とてもはじめてとは思えない手際だねえ」
『狩りは我ら青い雪だるま星雲超新星武士団のお家芸よ。獲物の解体には慣れてござる。して、このあとはいかが致そう?』
「頭のうしろの背骨を落としてな、ベリッとふたつに折るんだよ。するってぇと
言いながら、リョウコは出刃包丁の根本を裸になったカワハギに当てる。
包丁の背をどっと手のひらの付け根で叩き、カワハギの首の骨を断ち割った。
そして頭と体をつかんでふたつに裂くと、頭の側にくっついて黄色みがかった白い内臓がずるりと引き出される。
「このでっかいのがカワハギの肝だ。一番うめぇところだな」
『栄養を貯め、有害物質の分解も行う臓器でござるな』
「そんで、この黒いのが苦玉よ。こいつを潰すと身も肝もぜんぶ臭くなっちまって台無しだからな、これは潰さねえよう丁寧に取り除く」
リョウコは肝についた黒く丸い臓器を慎重に引き剥がすと、ビニール袋にそれを捨てた。
「うひー、それにしてもでっけえ肝だなあ。カワハギはいっぱい釣れたし、ちょっと贅沢をしちまうか」
「むっ!? 美味しいものの気配がします!」
リョウコの言葉に、握り飯を作っていたトウカが反応する。
「ちゃんとオメェの分も作るから安心しろって。つっても、切るだけだけどな」
リョウコは刺身包丁でカワハギの肝をすっすっとそぎ切りにしていく。
それを紙皿に乗せ、ボトルの醤油を数滴垂らした。
「へへへ、カワハギの肝の刺し身よ。店で出すなら1皿千円でも割に合わねえぜ」
「ぬわー! 肝醤油の前にお刺身で食べちゃっていいんですか!?」
「めったにできることじゃあねえからなあ。肝そのままの味を試してみてもいいんじゃねえのかい?」
トウカはおにぎりを作る手を休め、カワハギの肝の刺身に割り箸を伸ばす。
慎重につまみ上げるが、力加減を間違えればちぎれてしまいそうなほどに柔らかい。それをまた慎重に、慎重に口に運び、舌で潰すようにしながら味わう。
「うにゃぁ~~~~!」
奇声を上げるトウカの口内を襲ったもの。
――それは旨味!
旨味! 旨味! 旨味! 旨味! 旨味の暴力である。
食通であれば最高級のフォアグラや、アン肝にもたとえたかもしれない。しかし、このときのトウカにそんな教養も余裕もない。ただただ舌にねっとりとまとわりつく旨味の嵐に、はわはわと
『これは……魔女の横顔星雲の溶岩鳥の卵にも劣らぬ濃厚さ……』
『待て待て、つる座の四重銀河の重力場で揉まれた天然物のネンビャラクネヒトの方が近いのではないか?』
『量子圧縮により作られた多元宇宙積層ンヴァ=リジャグンダ・イを一度だけ食したことがあるが……率直に申して、それが霞むほどに旨いでござる』
銀色の小人たちも、カワハギの肝を囲んで口々に感想を話している。
例えている内容はさっぱりわからないが、どうやら喜んで食べているようだとリョウコは満足してうなずいた。
「ま、カワハギの肝の旨さはわかってもらえたみてえだな。しかし、このまんまじゃ口の中がくどいだろう? 本当ならここで日本酒の一杯でも……ってなるんだが、残念ながら今日は車でな。酒を持ってきてねえ。そこでこいつの出番ってわけよ」
リョウコは米を炊いていた大鍋とは別の大鍋の蓋を開ける。
大量の湯気が立ち上り、強烈な味噌の香りが鼻をくすぐる。やがて湯気が薄れると、その中には魚のアラがたっぷり入った味噌汁が見えてくる。
「わー!
「カワハギはむずかしいからよう。ボウズ(釣果がないこと)じゃつまらねえからな、あっしの方はアジやらサバやらを狙ってたってわけよ」
「あ、なんだか違う仕掛けを使ってると思ったらそういうことだったんですね。って、むずかしい方を初心者の私に任せてたんですか!?」
「釣りの苦労をたっぷり味わってもらおうって気遣いよ。しっかし、あんなに釣れるとは思わなかったぜ。ま、結果よければすべてよしだ。カワハギの他にアジもサバも食えるんだからよかったじゃあねえか」
「むむむ、それはそうですけど……」
「いい大人がごちゃごちゃ言いなさんな。ほら、潮汁で機嫌を直せ」
納得いかない顔のトウカに、リョウコは発泡スチロールの椀に潮汁をよそって渡す。椀から立ち上る湯気がトウカの顔に届くと、小鼻がピクピク動いて口の端からよだれが垂れた。
トウカはふうふうと息を吹いてから、椀の端に口をつけてずずっと一口飲む。すると目をぎゅっとつむり、拳を握ってふるふると震えだした。
「海ぃー! 海です、海そのものです、これは! 太平洋の荒波が口の中で暴れまわっています! 大漁、大漁です! お口が地引網状態です!」
「お、おう。そりゃよかったな」
トウカの大げさなリアクションに若干引きつつ、リョウコは紙コップに潮汁を注いで宇宙人たちにも渡していく。身体のサイズに対して椀では大きすぎたのだ。
「おちょこがありゃよかったんだがな。いまは紙コップで我慢してくんな」
『気遣い、誠に痛み入る。なあに、樽酒を飲むようなものと思えばなんということもない』
宇宙人たちは両手で紙コップを抱えると、それを軽々と持ち上げて器用に潮汁を飲みはじめた。
『むう、稲荷屋殿の言うとおりだ。まるでアミノ酸の溶け込んだ原始の海の如き味わい……』
「出汁も引かずにアラを煮て、味噌を溶かしただけのもんだけどな。たまにはこういう単純なものいいもんだ」
「さっぱりして、濃厚なカワハギの肝のあとにはぴったりですね!」
「魚の脂がけっこう浮いてっから本当はそんなさっぱりしてるわけでもねえんだけどな。カワハギの肝のあとならちょうどいい具合だろう?」
「アラに残ったお肉もおいしいです! でも、そういえばアラ以外のところはどうしちゃったんですか?」
トウカがサバの骨にしゃぶりつきながら尋ねると、リョウコは「よくぞ聞いてくれた」とばかりにクーラーボックスからタッパーを取り出した。
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