第24話 未知との釣行 2/5

 体毛の一切ない銀色のつるつるした皮膚。

 胴体に比べて異様に大きい頭部にも髪は一本も見当たらない。

 アーモンド型の目は白目がなく、真っ黒だ。鼻の部分には小さな穴がふたつ開いているだけ。体長は15センチほどで、動かなければ人形にしか見えないだろう。


『繰リ返ス、ワレワレハ、宇宙人ダ』

「はっ!? えっ!? 宇宙人!?」


 トウカはパニックに陥り、大幣おおぬさをめちゃくちゃに振るった。

 予期せぬ事態に直面したらとりあえず大幣おおぬさを振る。それがトウカという除霊師の習性である。


「おおおおー! すげえ、宇宙人じゃん! 初めて会ったぜ!!」

『ソウダ。ワレワレハ、宇宙人ダ』


 混乱するトウカを尻目に、リョウコは大興奮で自称宇宙人を観察している。

 ヤンキー座りで顔を近づけ、顔を傾けながらあらゆる角度から宇宙人・・・をじっくり眺めていた。


「ちょっ、リョウコさん危ないですよ! そんな不用意に近づいちゃ!」

「危ないことなんてあるかよ。ほら、アレやろうぜ、アレ。ト・モ・ダ・チってやつ」

『ムム! ト・モ・ダ・チ』


 リョウコが人差し指を突き出すと、宇宙人たちが群がってその指先に小さな人差し指を合わせる。触れたところがぽわわわわわっと淡い光を放ち、その光がホタルのようにゆらゆら飛んで、空中でふっとかき消えた。


『まさかこんな辺境で南のねずみ花火銀河聖騎士団に伝わる古式の礼法に出会おうとは……。あいや、失礼。拙者ども、外縁宇宙を放浪せし修業の一団にてそうろう。ワープちからが足りなくなり、一酸化二水素に墜落して抜け出せず難渋していたところだったのだ。助けていただき、感謝を致す』

「急にサムライ言葉になった!?」

『先ほどの間田木殿との交感を通じ、貴殿らの文化を学習し申した。我らの有り様を貴殿らの文化に照らし合わせると、サムライなるものが近かったのでござる。しかし、貴殿らにとってサムライとは崇高な存在でもあるご様子。無礼があったのであれば、この皺腹しわばらをかっさばいてお詫びし申す!』

「やめてぇー!?」


 何もない空間から光る刀をブオンと生み出し、腹に当てようとする宇宙人をトウカは必死で止めた。


『むっ、しかし、助けてもらった礼もせぬ、礼を失した詫びもせぬでは武士の一分が立たぬというもの』

『そのとおり。それでは青い雪だるま星雲超新星武士団の名折れというものよ。わかった、ではワシの首を手柄としてもらおうぞ。爺、介錯を頼む』

『若様、それはなりませぬ! 若様は飛び出た鼻の二刀流先代の一粒種ひとつぶだね! トウカ殿、どうか、どうか、拙者の皺腹ひとつ、いや、郎党どもの命すべてでも構いませぬ。どうか若様の命だけはお助けを!』

「いやっ、ぜんぶ要らないし!? どうして私があなたたちの命を欲しがってることになってるの!?」


 それからしばらくの間わっちゃわっちゃとして、ようやく宇宙人たちは切腹するのを諦めた。


「はぁ、何なんですか。宇宙人なんて私の専門じゃないんですけど……」


 宇宙人たちの騒動をどうにかおさめたトウカは、その場にぐったり膝をつく。

 日頃からさまざまな怪異を相手にする除霊師稼業ではあるが、さすがに宇宙人と出会うのははじめての経験であった。

 そして、いつの間にやらリョウコは姿を消していて、トウカひとりで宇宙人たちの相手をしていたのだ。


「リョウコさんはどこ行っちゃったんですか? 私ひとり置いてくなんてひどいですよ……」

『むむ、なにやら香ばしい匂いがするでござるよ』

『炭素化合物を加熱処理した匂いでござる』

『腹の虫が鳴るでござるよ……くっ、こんな腹はかっさばいてくれる!』

「だからそういうのはやめてっ!?」


 またひと悶着した後に、トウカと銀色の小人たちはリョウコを探してキョロキョロと辺りを見回した。すると、2つ並べた七輪にそれぞれ大鍋を置き、アウトドア用の小さなテーブルの上にまな板を置いているリョウコを見つけた。

 視線に気がついたのか、リョウコが元気よく手を振ってくる。


「そろそろメシが炊けるぞー! 汁物はもう大丈夫だからな。腹減ってたら先に食っててもいいぞー!」

『む、兵糧を分けてもらえるのでござるか』

『これはありがたい……』

『ワープちからも補充できるというもの』


 銀色の小人たちは、円盤からぴょんぴょん飛び出してリョウコの方へと走っていった。


「えっ、ちょっ!? そういうのずるくないです!? 私もリョウコさんのお料理が食べたいですー!」


 それに続いて、トウカも大幣おおぬさを振りながら走る。

 リョウコに近づいていくと、トウカの鼻にも香ばしい匂いが届いてくる。


「これ、お米ですか!?」

「おうよ、この前もらったイスキ米だな。天日で干した米を炭火で炊くなんてのも乙だろうなあと思って車に積んで来てたんだ」


 リョウコが鍋の蓋を開けると、ぼわっと白い湯気が立ち上る。

 それとともに炊きたての米の甘さと香ばしさの混じった匂いがあたりに漂い、トウカは思わずじゅるりとよだれを垂らした。


 リョウコがそれにしゃもじを突き立て、鍋肌からお焦げ・・・を剥がしながらかき混ぜていく。そのたびに湯気と香りが強くなり、トウカの食欲を刺激していった。


「むふー、このご飯だけでもおいしそうです!」

「ああ、まさしく銀シャリってやつだなあ。ぴっかぴかに光ってやがるぜ」


 リョウコは純白に輝く炊きたての米の中から、茶色いお焦げの部分をしゃもじで少しすくい、指でつまんで一口食べる。

 その口元がにんまりと笑い、うんうんと何度も満足気に頷いた。


「やっぱり釜で炊くとこのお焦げがたまんねえよなあ。店でも炊飯器はやめて釜で炊くかあ」

「ちょっ、リョウコさんずるいですよ! 私にもお焦げください!」

「おいおい、お焦げは炊いたやつの特権だぜ。まっ、しゃーねえや。特別に食わせてやるよ」


 リョウコは茶色いお焦げをしゃもじで器用に拾って、紙皿にちょこちょこと取り分けていく。


『我らにもくださるのか』

「おう、トモダチだかんな。遠慮なく食ってくんねえ。つい調子に乗って10合以上も炊いちまったからな。遠慮されたらかえって困るぜ」

『くっ、かたじけない……!』


 銀色の小人たちが、米粒に取り付いていく。

 小さな体だから、米粒ひとつで小ぶりのいなり寿司くらいに見える。小人たちはそれをすごい勢いで食べはじめた。このままでは自分の分がなくなると焦ったトウカは、慌てて自分の前の紙皿に手を伸ばす。

 指先でつまんだお焦げをふうふうと吹いて冷ましてパクリ。


「むふー! 香ばしいです! お焦げのカリカリと、ごはんのモチモチが合わさって、焼きおにぎりみたいです!」

「まあ、実際焼けたメシだからなあ。焼きおにぎりみてえなもんかもしれねえな」

「そうだ! せっかく七輪もあるんですし、焼きおにぎり作りましょうよ!」

「なるほど、それも悪くねえな。それならそっちはトウカに任せてもいいかい?」

「合点承知ですよ!」


 お焦げの味に興奮したトウカは、宇宙人への驚きなどもはやどこへやら、今日もリョウコの料理を手伝いはじめた。

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