第26話 未知との釣行 4/5

 リョウコが取り出したタッパーを開ける。

 少し黄色みかかった液体から、青銅色に輝く魚の切り身が姿を現した。三枚におろしたサバの半身である。

 それをまな板に置き、キッチンペーパーで水気をよく拭き取る。そして皮目に幾筋か飾り包丁を入れると、カセットコンロのボンベを取り出して先端に何かの器具を取り付けた。


「むむ、なんですか、それは?」

「バーナーだよ。カセットボンベに付けられる簡単なやつだな」

「へえ、バーナーって火を吹くあれですよね? もっとおおげさな機械だと思ってました」

「料理用のバーナーって言えばこんなもんよ。取り回しがいいから案外便利だぜ」


 言いながら、リョウコはバーナーでサバの皮目を炙る。

 ぷすぷすと音を立てて皮目が沸騰し、黒い焦げ目が点々とついていく。


「はい、これでおしめぇっと」

「あれ、ずいぶんあっという間なんですね」

「いつまでも炙ってたら焼き魚になっちまうよ」


 リョウコは焼き目をつけたサバに刺身包丁を入れていく。

 根本から先端までを使い、身を潰さずにすっすと均等な幅に切りそろえていった。厚みは人差し指の半分ほどか。切り終えるとそれを包丁の背に乗せ、紙皿に移して刻んだ小ねぎをパラパラと散らす。


「お待ちどお。炙りしめ鯖の一丁上がりだ。醤油は好みでつけてくんな」

「えー!? しめ鯖ってこんなすぐにできちゃうんですか?」

「作り方にもよるけどよ、15分も漬ければじゅうぶんだな」

「でも、どうして新鮮なサバをわざわざ酢で締めちゃったんですか? そのままお刺身にもできそうなのに……」

「そのまんま刺身にしても旨ぇんだがな。サバにはアニサキスっていうおっかねえ寄生虫がいることがあるからなあ……。自分だけで食うならともかく、他人様に出す料理で生サバの刺身はちぃと厳しいな。九州のあたりじゃアニサキスが滅多にいないらしくて、ゴマサバの刺身を普通に出してたりするがよ」

「へえ、同じサバでも地域によって違うんですねえ」


 トウカは感心しつつ、できたての炙りしめ鯖に箸を伸ばす。

 宇宙人たちも光り輝く刀を抜いて、それを突き刺して思い思いに頬張りはじめた。


「むふー! お酢のすっぱさのあとからお魚の脂の甘みがおっかけてきます! 炙った皮も香ばしいですね!」

『炙ったことで皮目の下の脂が溶けて、いっそう旨味を増しているのだな。先ほどの刀使いと言い、さぞ名のある剣士とお見受けしたがいかがか?』

「へへ、やめてくんなせえよ。あっしは単なる定食屋の料理人で」


 宇宙人に名のある剣士と持ち上げられて、リョウコは鼻の脇をかく。

 時代劇が大好きで、店の2階でこっそり木刀を振り回したりしているので内心では悪くない気分なのであった。


「あっ、そういえば! バーナーって焼きおにぎりには使えないですかね?」

「バーナーで焼きおにぎりィ? いや、そういや試したこともなかったな」


 リョウコはトウカが握ったおむすびを手に取ると、醤油とみりんで作った合わせ調味料を表面に塗る。刷毛が欲しいところだが、持ってきていないのでキッチンペーパーで代用だ。両面にたっぷりタレを塗ったら、バーナーでしゅごーっと両面を炙っていく。


「むむむ、香ばしい匂いがしてきました!」

「おお、案外悪くなさそうだなあ」


 おむすびの表面がパチパチと音を立てて焼け、ほどよく焦げ目がついていく。


「こんなもんかな。ちょいと味見を頼むわ」

「わー! いただきまーす!」


 リョウコは焼き上がったばかりのおむすびをふたつに割って、片方をトウカに渡す。

 残りは細かくちぎって紙皿に取り分け、宇宙人たちの前にも置いた。


「むふー、焼けた醤油が香ばしいですねえ」

『みりんと申したか? この炭素化合物の甘みもよい働きをしておる』

「醤油とみりんを混ぜるとそれだけで旨味が引き立つからな。餅やとうもろこしも、単に醤油だけを塗るよりみりんも使うとぐっと味が深まるぜ」


 言いながら、リョウコは焼きおにぎりのかけらをつまんでじっくりと味わっている。


「うーん、これはこれで悪くはねえが、表面の水分が抜けきらねえからパリッとした食感が足りねえなあ。おっ、そうだ。次はこうしてみるか」


 リョウコは再びおむすびをバーナーで炙ると、今度はそれに海苔を巻いた。


「今度はこれを試してみてくんねえ」


 リョウコが差し出したそれに、トウカと宇宙人たちはさっそく貪りつく。


「むむー! 海苔の香りとパリッとした食感が加わって、さっきよりもますますおいしいです!」

『パリパリとした海苔のあとに、もっちりとした握り飯の食感が続くのがなんとも楽しいでござる』

「へへへ、思いつきにしちゃあなかなか悪くねえなあ。ま、普通の焼きおにぎりは時間がかかるし、とりあえず残りはこれで仕上げるとして、最後の一品の準備をするかねえ」


 リョウコはあらかじめ三枚におろしておいたアジの切り身をまな板に置くと、それを細かく刻みはじめた。トントンと小気味よく音を立てながら、粘りが出るまで細かく叩く。それにやはり細かく刻んだ小ねぎを加え、味噌と合わせて練るように叩いていく。アジがすっかりその原型をなくし、まな板に張り付くようになったら出来上がりだ。

 リョウコは出来上がったばかりのそれを一口つまんで、にんまり笑う。


「うん、いい塩梅だ。アジのなめろう、お待ちどお」


 皿に移されたなめろうに、トウカと宇宙人たちが群がった。

 口に入れるとアジの脂の濃厚な旨味が広がる。味噌やネギは臭み消しのためにも加えてあるのだが、釣りたて捌きたてなので元より臭みはほとんどない。むしろ繊細なアジの香りを引き立ててくれる。


「むふー、ねっとりしていておいしいです!」

『ただ刀で刻むだけでこのような深い味わいになるとは……やはり、相当な達人に違いないでござる』


 そんな感想を聞きながら、リョウコはカワハギの身を3枚におろす。

 そして真っ白な切り身になったそれに斜めに薄く包丁を入れてそぎ切りにしていった。刺身包丁の長い刃を活かし、切り口が荒れないよう一回一回丁寧に刃を使っている。向こうが透けるほどの薄造りが次々と生まれていく様子に、トウカと宇宙人たちは思わず見入ってしまう。


 リョウコはカワハギの刺身を皿に丸く盛り付けると、その中央に叩いたカワハギの肝を置いた。


「お待ちどお。これで炙りしめ鯖、アジのなめろう、カワハギの刺身の出来上がりだ。そのまま食ってよし、白飯にのせて丼にするもよし。お好きなように味わってくんねえ」


 屋外で作ったとは思えないごちそうを前に、トウカは思わず「わあっ」と歓声を上げた。

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