第15話 食闘流布 4/5

「ああン? 河童は河童だろうが。本人もそう言ってるしな」

『呼び名は好きにするがいい。人の子が余を河童と呼ぶのであれば、余は河童なのであろう』

「ほら、やっぱり河童じゃねえか」


 髭のようにタコの触手をくねらす怪人の横で、リョウコはからからと笑っている。

 トウカをはじめ、イスキとカイナもその様子を見て固まっている。頭がタコで、岩のようにゴツゴツした皮膚の河童など聞いたこともない。何よりもその存在感だ。トウカ以外には正体まではわからないが、溢れんばかりの神気がその身体から放たれているのである。


「ああああの、河童さんなら頭にお皿がついてると思うんですが……」

「おう、トウカ。言っていいことと悪いことがあるぞ」


 トウカの言葉に、なぜかリョウコが怒り出す。

 リョウコはトウカの肩に手を回して、耳元で小声でささやいた。


(そういうこと言うんじゃねえよ。本人が一番気にしてるに決まってんだろ)

(ど、どういうことですか?)

(かーっ! 察しが悪りぃなあ。オメェはよう、ハゲを見つけたら『あなたは髪の毛がないですね』って言うのか? そんなんは人間の所業じゃねえ)

(えっ!? 頭の皿ってそういう扱い!?)


 目を白黒させるトウカから離れ、リョウコはタコ頭の両肩に目を置いてまっすぐに見据えた。


「ツレが失礼したぜ。なんつうか……あっしが言うのもなんだけどよ、河童の価値は頭の皿なんかで変わるものじゃねえと思うぜ。気にすんなよ」

『余は何も気にしていないが』

「ハッハー! さすがは神さんだ。懐が深いねえ」


 リョウコは腕組みをして満足げにうなずいている。

 そんなリョウコに、トウカはもうひとつわいた疑問をぶつけた。


「というか、リョウコさんは河童には驚かないんです?」

「おっ、学がねえと思って馬鹿にすんねえ。あっしだって新聞は毎日読んでるんだぜ」

「そんなこと言って、競馬新聞じゃないですか」

「ああン? ちゃんとこういうのも読んでんだよ」


 そう言って、リョウコはくしゃくしゃになった新聞を自慢げに広げてみせた。

 そこには『本誌独占スクープ! またまた発見、山奥に潜む河童を激写!!』という見出しがおどっている。どう見てもきぐるみのその写真の上には、『東都スポーツ』のロゴが燦然と輝いていた。『東都スポーツ』、略して『東スポ』は正しい内容の方が少ないと言われるゴシップ誌である。


「東スポにゃ何年も前から河童の記事が載ってるからな。河童がガキ向けの迷信じゃなく、本当にいることなんてあっしだって知ってるんだぜ」

「そ、そうですか」


 トウカはそれ以上の問いかけを止めた。

 この思い込みが激しく人の話を聞かない赤髪の女に、これ以上は何を言っても無駄だと理解したのだ。


「そんなことよりよ、買い出しはちゃんとしてきてくれたのかい?」

「ええ、一応……。九頭竜村には商店がひとつしかありませんから、乾物や缶詰ばかりですが……」

「おお、なかなか面白れぇもんを買ってきてるじゃねえか。じゅうぶんじゅうぶん」


 ビニール袋に入った食材の山を、カイナがテーブルの上に置く。

 その中身を見たリョウコは楽しげに笑った。


「ご飯に合うものなら何でも、とのことでしたが、本当にこんなものでよかったのですか? きゅうりだけは穫れたてのものを用意しましたが」

「おう、あのきゅうりが土台になるなら他は何でも大丈夫だ。それじゃ、みんなで好きなもん入れて作るぞ」

「「「えっ、みんなで!?」」」


 リョウコの提案に、三人が驚きの声を上げる。


「おう、みんなでだ。いい大人が雁首揃えて作るのがただのカッパ巻きじゃあ芸がねえだろうが。おら、河童の神さんも手伝え」

『余は料理などはじめてだぞ』

「細巻くれえなら素人でも作れるよ。あっしが教えてやるから気にせずやってみてくんな」

『ふむ、よかろう』


 タコ怪人が口元の触手をぬちゃぬちゃとさせながら鷹揚に首肯する。

 リョウコは気にも止めていないが、この場での最上位者は満場一致でこの神様である。異を唱えられるわけもなく、各人が恐る恐る食材を手に取りはじめた。


 しかし、料理というのは不思議なものだ。

 作りはじめると童心に返ったように楽しくなってくる。リョウコは時折口を挟むが、あまり細かいことは言わない。小一時間ほどして、全員の細巻が出揃った。


「よーし、全員のが出来たな。じゃあ、誰のから食うか?」

「はーい! 一番バッターは私です! 自信作ですよ!」


 いの一番に手を上げたのはトウカだった。

 細巻きの切り口から、白いペースト状の具材が見えている。


「シーチキンきゅうりマヨネーズです! 私、コンビニのおにぎりだとシーチキンマヨが一番好きなので、巻物にしてもおいしいだろうって!」

「じゃあじゃあ、イスキが味見の一番乗りです!」


 口元からよだれを垂らすイスキが先陣を切り、トウカのカッパ巻きを口にする。

 酢飯とマヨネーズの酸味、シーチキンの脂っけとほどよい塩味、細かく刻んで混ぜ込んだきゅうりのシャキシャキ感がほどよいアクセントとなって、いくらでも食べられそうなさっぱりした一品だった。


「トウカさん、とってもとってもおいしいですよ!」

「リョウコさんに教えてもらったとおり、シーチキンの油切りをして、刻んだきゅうりも水抜きしたのがよかったですね!」

「ああ、この手の巻物は具材の水分が出るとべちゃっとしちまうからな。きゅうりなんかはとくに水分が多いから、下ごしらえで塩をして、布巾やキッチンペーパーで丁寧に水を拭いてやると仕上がりが格段に変わるってえ寸法よ」

『ふうむ、新しい味だ。面白いぞ』


 自称河童も触手をぬめらせながら満足気に食べている。

 どういう口の構造をしているのかわからないが、シャキシャキと口元から音がするので歯はあるようだ。


「次はイスキの番ですね! とってもとっても自信作ですよ!」


 続いて出てきたのはイスキの作った細巻きだ。

 細巻きの断面からは、糸のように千切りにしたきゅうりと、同じく千切りになった茶色い食材が見えている。


「神様に失礼があってはいけませんからね。マネージャーの義務として、私が最初の味見をしましょう」

「失礼だなんてひどいっ。ほんとにほんとにおいしいんだから!」


 文句を言うイスキを尻目に、カイナが細巻きを一口食べる。

 ゆっくりと咀嚼し、そしてメガネの奥の目がかっと見開かれた。


「脂の甘味のあとにじんわりとした辛さが追いかけ、舌が熱くなったと思えばきゅうりの爽やかさでそれが中和される……いったい、この食材は?」

「じゃじゃーん! チョリソーです!」


 イスキが空になったパッケージを自慢気に見せた。

 そこには『本場メキシコ風、ピリ辛チョリソー』というキャッチコピーが書かれている。チョリソーとは要するに唐辛子入りのソーセージのことだ。発祥のスペインでは単純にソーセージを指す言葉だが、日本においては辛味のあるソーセージを指すことが多い。


「乾物屋で買えるようなチョリソーは堅めに干されてることが多いからな。そのまんまじゃあメシとの一体感を出しにくい。きゅうりと一緒に細切りにして、歯切れを良くしてみたってえわけだ」

「あっ、リョウコさん、それはイスキが説明したかったのにー」

「おっと、悪りぃ悪りぃ。つい出しゃばっちまった。」

『なかなか刺激的だな。我が故郷の神殿にあった海底熱水鉱床を思い出させる』


 クトウリュウは『いまごろルルイエの父上はどうお過ごしであろうか』と口元の触手を蠢かしてぼそりと呟いた。


「なんでえ、里心がついちまったのかい? ま、とりあえず湿っぽいのはあとだ、あと。次はメガネの姉さんのでかまわないかい?」

「縁之下カイナです。ええ、このチョリソーのあとにはちょうどよいでしょう」


 カイナが自信ありげに差し出したのは、緑のきゅうりと黒光りする何かの対比が美しい断面を持つ細巻きだった。

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