第16話 食闘流布 5/5

「むふー、甘くって舌が休まります!」

「甘じょっぱいのにさっぱりで、すっごくすっごくあとを引きますっ」


 カイナの細巻きに、トウカとイスキが飛びついて舌鼓を打っている。

 普通のカッパ巻きに、黒く甘く、ねっとりとした味わいの食材が加えられていた。最初はその甘味を強烈に感じるが、わずかに混ぜ込まれた胡麻の香りと爽やかなきゅうりがそれをリセットし、くどさのない仕上がりになっている。


「お気に召したようで何よりです。昆布の佃煮と海苔の佃煮、それに炒り胡麻を合わせてみました」

「単品じゃあ濃い味付けだがよ、きゅうりがさっぱりといい仕事してやがるな。あっしが何にも口を挟んでねえのにこれだけのものが作れるたあ、さすがは虎穴流のマネージャーさんだぜ!」

「そ、そんな間田木様からそのように褒められるなどもったいない……」


 リョウコの言葉に、メガネの下の頬がぽっと赤く染まった。


『むう、遠く潮騒しおさいが聴こえてくるようだ――。見事なり』


 クトウリュウも触手を蠢かしながら感心している。

 パリパリときゅうりを噛む音が触手の動きと一致していた。


「じゃ、次は河童の神さんの出番だな」

『余の好物を入れただけだぞ』

「料理なんてェのはな、美味けりゃなんでもいいんだよ!」

『なるほど、そういうものか』


 クトウリュウがその海底岩礁を思わせる暗灰色あんかいしょくの腕で細巻きの乗った皿を差し出した。それは一見してただのカッパ巻き。中央に4切りにされたきゅうりが1本通っているだけのシンプルな代物だ。

 しかし、よくよく見れば米が違う。銀色に輝く白米に桜色の粒が散りばめられ、鮮やかな紫のかけらもわずかに見える。


「むふー、これは何ですかねえ?」

「御託はいいからよ、とりあえず食ってみな!」


 リョウコに促され、トウカたち三人は細巻きを口に運ぶ。

 柔らかな海苔を歯が突き破ると、ほどよい酸味の米の中にむちむちと歯ごたえの強い、さらに酸味の強い粒が混ざっている。その酸っぱさに頬の内側がきゅうとなったら、中央のきゅうりがそのみずみずしさで和らげてくれる。謎の食材のむっちりとした食感と、きゅうりのシャクシャクとした歯ごたえが見事な調和を作り出していた。


「なんだか不思議な味わいです! こんなカッパ巻きは食べたことがありません!」

「おーいっしぃぃぃいいいーーー!! これならいくらでも食べられちゃいそうです!!」


 トウカとイスキは興奮しながら細巻きを次々と平らげていく。

 気のせいか、クトウリュウはタコ頭をピンクに染めて照れているように見えた。

 一方で、カイナは細巻きを少しずつかじりながらその味を確かめている。


「きゅうりは軽く塩ずりをしただけのシンプルなもの。そして紫のかけらは紫蘇の実ですね。しかし、このむっちりとした食感のこれは――ひょっとして、アレでしょうか?」

「おう、酢ダコだぜ! そのまんま具材に使うにゃ歯ごたえが強すぎるからな。みじん切りにして酢飯の方と混ぜたんだ」


 リョウコが空になった酢ダコのパッケージを見せつけた。

 トウカたちの視線は、パッケージに描かれた擬人化されたタコのイラストと、タコ頭の神様の間で交互に泳ぐ。


「あ、あの、タコを食べてもいいんでしょうか……?」


 恐る恐る尋ねたのは、トウカだ。

 顔は真っ青になり、ぶるぶると震える手から細巻きが皿の上にぽとりと落ちる。


「ああン? なんでタコを食っちゃあいけねえんだい? タコはうめえじゃねえか」

『うむ、我が眷属の中でも一層美味であった。遠慮などせず食すとよい』


 タコ頭に促され、トウカは落とした細巻きを拾って改めて味わう。

 タコの神様の前でタコを食べる……その倒錯した行為にトウカの脳はパンクしそうだったが、旨いものは旨い。そのうちに気にせずあれこれと細巻きをつまみだした。


「トウカさん、とってもとってもハートが強いのです……」

「間違いなく食闘の才能がありますね……」


 イスキとカイナもはじめのうちは呆気にとられていたが、やがてその食いっぷりに引きずられて自分たちも次々に食べはじめた。クトウリュウも負けじと細巻きに手を伸ばすが、はたと気がつきその手を止める。


『そういえば、間田木リョウコとやら。お主は何も作らないのか?』

「あっしのはお土産のつもりだったけどなあ、まあ、野暮は言うめえ。ぼちぼち作るとするかねえ」


 そういうと、リョウコは大釜から炊きたての白いごはんを桶に移す。

 そしてそれを寿司酢に合わせ――ることはなく、両手に塩をまぶし、余っていた具材を詰め込んでおむすびを握りはじめた。場所を変えながらツナマヨきゅうりにピリ辛チョリソー、昆布と海苔の佃煮、最期に少し大きめに切った酢ダコを中央に埋め込んで、海苔で包む。すると両手でも余るほどの大きな握り飯が出来上がっていた。


「お待ちどおっ! 間田木食堂出張版、『特製爆弾おにぎり』だ! 召し上がってくんな」


 トウカたちの前に、ずでんずでんとバカでかいおにぎりが並べられていく。

 それはまだホカホカと湯気を立てていて、炊きたての米の甘い香りを立ち上らせていた。


「あ、あの、リョウコさん? これってカッパ巻きじゃなくないですか?」

「ああン? なんでカッパ巻きじゃなきゃいけねえんでえ。なんかそういう決め事でもあったのか?」


 あっ、これは話を聞いてなかったやつだ、と察したトウカは諦めて特大のおにぎりにかぶりつく。香ばしい海苔の香り。柔らかく握られ、ふっくらと空気をはらんだ炊きたてごはん。噛むほどにもっちりと甘みが滲み出し、食べ進めると様々な具材が顔を出す。これは文句なしに――


「むっはー! おいしいです!」

「どこから食べても違う味! とってもとっても楽しいです!」


 トウカは巫女服の袖を振り回し、イスキはゆるふわな金髪をびよんびよんとさせながら巨大おにぎりを貪り食っている。ふたりとも口の周りに米粒を大量につけ、まるで絵に描いたような欠食児童のありさまだ。


「味わい、食感、香り――一口ごとに変化していくこの楽しさ。これは食闘の歴史を変える一品になるかもしれませんね……」

『海のマグロ(※シーチキンの材料はマグロ)に海藻、陸のきゅうりに胡麻に家畜の肉の味わい……これはもう、世界がひとつに詰まったような味わいではないか』

「へへへっ、褒めてくれんのはうれしいがよお。具材はぜんぶオメェらが作ったもんだからな」


 リョウコは鼻をかきながら、調理場の奥に積まれたイスキ米を指す。


「それよりなにより、功労賞はあのイスキ米だ。塩むすびでも十分うめえからな、どんな具材と合わせたって旨いに決まってると踏んでたぜ」

「しかし、イスキ米は寿司に合わないと……」


 不安そうに言うカイナに、リョウコは手ぬぐいをばしりとまな板に叩きつけて応えた。


「だからよ、さっきも言っただろう? 寿司に合う米、合わねえ米はある。だけどよ、それがつまり旨いの不味いのとはなんねえンだよ。イスキ米はまんま食うなら最高だ。けど酢飯には合わねえ。それでいいじゃあねえか」

『うむ、余も河童巻きにこだわるつもりはない。美味であれば何でも歓迎するぞ』

「「「ええっ!?」」」


 こうして、九頭龍村の怪異は解決された。

 なお魚頭の狛犬の目が赤くなった理由であるが、祭神であるクトウリュウに悩み事が生じるとなぜか目が充血するそうで、特別不機嫌というわけでもなく、凶事の前兆でもなんでもないらしい。


 さらに補足を付け加えるが、九頭龍神社の縁起である河童との大食い対決は現代に伝わる食闘のルーツであり、それを以ってこの祭神を「食闘流布くとうるふ」と呼ぶ者もあるそうだ。

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