第14話 食闘流布 3/5
「さ、論より証拠だ。食べ比べてみねェ」
リョウコたちは、本社とは別にある境内の社務所にいた。
中には炊事場があり、そこを借りていたのである。先ほどの話のあと、リョウコは三人を買い出しに走らせ、自身は炊事場に残って調理をしていたのだ。
「ええっと、どっちも具のない細巻きのお寿司で、見た目に違いはないみたいですけど……」
リョウコが差し出してきたのは何の変哲もない――どころか、切り口が真っ白な細巻きだ。白い米が海苔で巻かれただけの代物が、2つの皿に並べられていた。
「食ってみりゃあわかる。味の違いがはっきりわかるように、醤油はなしで食ってくんな」
「うーん、あまり食欲はそそられないですね……」
「味見なんだから贅沢言うんじゃねえ」
トウカたち買い出し組は、怪訝な顔をしながらも2つの細巻きを口に運ぶ。
何度も何度も噛み締めながら、探るように味わった。
「で、右の皿と左の皿。どっちがイスキ米だと思う?」
「うーん、左だと思います。お米の甘みがはっきりしているように思いました!」
「イスキも左ですっ。こっちの方がおいしいもん!」
「私も左ですかね。右はどうも味がぼやけていて、べちゃっとして食感も悪く思います」
リョウコは三白眼を細め、「くくくっ、そうか、三人とも左ねえ」と笑った。
「正解は逆だよ。右がイスキ米、左があっちの米だ」
リョウコはしてやったりという顔で炊事場の一角を指す。
そこには神社に奉納されたイスキ米と、昨年まで作られていた従来の九頭竜米の玄米とが積まれていた。
「えっ、逆!? っていうか、左のって古米じゃないですか!?」
「おう、古米だよ。ここは涼しいからな。保存状態がよくて助かったぜ。おまけに精米機まであるなんて気が利いてやがらぁ」
古米とは、簡単に言えば1年以上前に収穫された米である。
穫れたての新米であるイスキ米よりなぜおいしいのか、トウカにはわけがわからなかった。
「まあ、普通は新米の方がいいもんだって思うわなあ。だが、寿司飯を作るときには新米がいいってわけじゃねえんだ」
「えっ、なんでです?」
「細けえ理由もあるが、一番は水分の含有量だな。新米は水っ気が多いくて、寿司酢となじみが悪りぃんだ。もちもちで普通に食うぶんには旨いんだが、ほぐれにくいからパラパラにしたい寿司とは相性がよくねえ。熱風乾燥させた最近の米ならそんなに気にしなくてもいいんだけどな、イスキ米は天日干しだっつってたろう? 天日干しじゃあそこまで水分が抜けきらねえんだよ」
「はい、昔ながらの製法にこわだりたいと思い……」
カイナが申し訳なさそうに眼鏡の奥の目を伏せる。
そんなカイナの肩を、リョウコは笑いながらバシバシと叩いた。
「そのこだわり自体は悪くもなんともねえよ。単に寿司に向かねえってだけだからな。塩むすびは最高に旨かったぜ!」
「間木田様……! ありがとうございます!」
カイナは目をうるませてリョウコの手を取った。
リョウコは照れくさそうに鼻をかくと、言葉を続ける。
「で、この神社の神さんとやらが戸惑ったっていうのもこれが原因なんじゃあねえのかい? 毎年食ってるものと違うものが出てきて驚いたんだろう。舌の慣れってのは馬鹿にできねえもんだからな。かといって、この2つの米の違いは食べ比べねえとわかりにくい。オメェらだって、イスキ米の細巻きだけ出てきたらこんなものかと思って食ってたンじゃあねえのかい?」
「それはたしかに……」
三人は思わずうなずいてしまった。
同時に食べ比べたから違いがわかったが、どちらか片方だけ出てきてもそれほどの違和感は抱けなかっただろう。
『たしかにこれは食べ比べてみなければわからぬな』
「おう、だが食べ比べてもわかんねえやつもいると思うぞ。テメェらの舌はしっかりしてやがらぁ」
『しかし、具なしではさすがにさびしい』
「だから味見なんだから文句を言うんじゃねえ。本番はこっからよ。そのためにあいつらを使いっぱしりにしたんじゃねえか」
「あ、あの、リョウコさん? さっきから何と話してるんですか?」
突然何もない空間に向かって話しはじめたリョウコに、トウカが恐る恐る尋ねる。
味見に集中していて見逃していたが、神経を研ぎ澄ましてみると炊事場が溢れんばかりの神気で満たされていることに気がついたのだ。
「ああン? 何を寝ぼけてやがる。この河童と話してンだろ。料理も手伝ってくれて助かったぜ」
『あいや、これはすまなかった。お主以外にも見えるようにしよう』
大気に満ちた神気が凝縮し、リョウコの横に収束していく。
それは瞬く間に人型を成し、トウカの目にもはっきり映る姿をとった。
『余はこの神域に祀られし祭神クトウリュウ。人の生まれし前より、太古から水域を統べる者』
「なんか難しいこと言ってっけどよう、要するにこの神社の神さんなんだろ? っつーことは、つまり河童だ」
そこには、タコのような頭を持ち、人身を岩礁を思わせるごつごつとした皮膚で覆った異形が立っていた。
その肩をリョウコがバシバシと叩いて笑っている。
「あ、あの、リョウコさん? その御方はたぶん河童じゃないですよ……?」
トウカの頬に、冷や汗が一筋垂れた。
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