第13話 食闘流布 2/5
「なーんか、上手いこと丸め込まれちまった気がするなあ」
「いいじゃないですか! ほら、こんなに空気がおいしいですよ!」
リョウコとトウカは、1両編成の電車の手動ドアを開けて無人駅に降り立った。
トウカが胸を膨らませて深呼吸すると、澄んだ空気が肺に満ちる。
ここはN県
駅には「イスキちゃん! 食闘全日本統一王座おめでとう!!」と書かれた横断幕が大々的に張られていた。
「つか、なんでこんな山奥まで来たんだっけ?」
「もうー、忘れないでくださいよ。この村の神社の狛犬の目が赤く染まった原因を突き止めて、できれば解決してほしいって依頼じゃないですか」
「あっしは拝み屋じゃねえんだけどなあ」
二人がなぜこの村に来ているかと言えば、大森田イスキとそのマネージャー縁之下カイナのたっての依頼を引き受けたためである。
リョウコにそんなものを引き受けるつもりは毛頭なかったのだが、カイナのプレゼンを聞いていたらいつの間にか書類にサインをさせられていた。食堂に並んだ霊感グッズの山々からもわかるが、間田木リョウコという人間は基本的にだまされやすかったのだ。
「ようこそようこそ! 九頭竜村へ!」
「さっそくですが、九頭竜神社――通称『食闘神社』までご案内します」
駅を降りた二人を出迎えたのは、イスキとカイナだった。
カイナの運転するワゴン車は、緑豊かな山々に囲まれた集落を駆け抜けていく。一面には田んぼが広がっているが、収穫が済んだあとのようで、そこかしこで刈り取った稲が天日干しにされていた。
「あそこで干してんのが例のイスキ米ってやつかい?」
「はい、そのとおりです。熱風乾燥をやめて昔ながらの天日干しにこだわった、弊社と
「おむすび作ってきたので、よかったら食べてくださいっ!」
助手席から身を乗り出し、イスキが竹の葉で包まれた塩むすびを渡してくる。
二人はそれを受け取り、はむっと一口頬張った。
「むふー、もっちりしてておいしいお米ですね!」
「噛めば噛むほど甘みが出てくるな。うちの仕入れに加えたっていいくらいだぜ」
「それはありがとうございます。あの間田木食堂が仕入れてくださるとなれば、弊社としても鼻が高いですわ」
「そんな風に持ち上げられてもなあ……」
リョウコは居心地が悪そうに鼻を掻いた。
どうやらリョウコはOECに取り憑いた大悪霊を除霊し、そのうえ新人除霊師ランキングの頂点に立つメアリーをも退けたということで、除霊師界隈ではすっかり有名人らしいのだ。
しかし、リョウコは除霊師になったつもりはない。自分が預かり知らぬところで勝手に話題にされているものだから実感などまるで湧いていなかった。
リョウコは塩むすびをむしゃむしゃと食べながら、細い目で外の景色をにらむ。
すると田んぼに混ざって畑が点在していることに気がついた。支柱に張り巡らされたネットに、緑の植物がつるを絡ませ、大きな葉を茂らせている。
「あの葉っぱはきゅうりかい? ずいぶん立派に育ってやがらあ」
「さすがは間木田様、ご慧眼です。きゅうりは米と並ぶ九頭竜村の名産なんですよ」
「とってもとってもおいしいですよ!」
待ってましたとばかりにイスキが新聞紙で包んだきゅうりを差し出してくる。
リョウコはそれを受け取ると、
塩もみだけをしてあるのか、ほのかな塩味が感じられる。きゅうり独特の青臭さはほとんどなく、爽やかな水気が口の中に広がった。噛むごとにシャクシャクと音を立て実に涼やかだ。
「むふー! さっぱりしてておやつにぴったりです!」
「クセがなくって子どもでも食べやすそうだ。きゅうりの青臭さが苦手ってやつァ大人でも珍しくねえからな」
「ええー、そうなんですか? きゅうりが臭いなんて感じたことないですけど」
「あっしもそうだがな。だがガキの頃は
「きゅうりの
リョウコとトウカが後部座席できゅうりをボリボリかじっていると、ワゴン車が山道に入った。鬱蒼とした森の中を、砂利を跳ね上げながら進んでいく。
ワゴン車がセミの鳴き声を切り裂くこと十分ほどで、リョウコたちは目的地に着いた。
「到着しました。ここが九頭竜神社です」
「むかしむかしに村人と食闘したカッパさんが祀られている、とってもとってもありがたい神社さんなんですよっ」
車を降り、苔むした石の鳥居をくぐる。
村人たちが手入れを欠かさないのであろう。参道はきれいに掃き清められており、落ち葉や小枝はほとんど落ちていない。突き当りには瓦屋根の本社があり、その左右に狛犬らしき石像が安置されていた。
「これが例の狛犬ですねっ! この天才除霊師稲荷屋トウカが原因を見極めて進ぜましょう!」
巫女服のトウカが
リョウコは「おいおい、あんまりはしゃぐとすっ転ぶぞ」と呆れながらそのあとを追った。
「ひえっ!? なんですかこの狛犬!?」
「犬っつうか……魚だな。目ん玉なんかまんまるじゃねえか」
狛犬に駆け寄ったトウカが思わず頓狂な声を上げたのは、その狛犬の異様な姿のせいだった。まるで魚に犬の四肢を
その顔はあからさまに魚類そのものであり、その真円の瞳が真っ赤に濡れて、まるで血の涙を流しているようである。
「それでいかがでしょうか? 何か悪い気配は感じられますか?」
「狛犬の目が赤くなったら、よくないことが起こるって言われてるんだよっ」
「イスキ米を売り出そうとした矢先にこの凶事。早くもSNSで投稿している不届き者もいるようですので、弊社としては迅速な解決を望んでいるのですが……」
そんなことを言われても、リョウコにはさっぱりわからない。
気味の悪い狛犬の目が何者かのイタズラで目を塗られたとしか思えないが、そんな単純なことであるならわざわざこんな相談をしてくることはないだろう。
トウカに視線を送り、なんか言えよと肘で小突く。
「むううー、不思議ですね。えっと、まず邪気は感じません。邪気は感じませんが……どこか淀んだような、いえ、困惑しているような神気を感じます」
「神気ってなァなんだい?」
知らない単語に、リョウコは怪訝な顔で反応する。
「
「なにかに戸惑う……まさか、イスキがチャンピオンになったことで観光客が増えたことを不快に思われているのでしょうか?」
「うーん、いえ。そんな感じじゃないですね。この神社の神様はかなり霊格が高いです。人間が多少増えた程度でうろたえるようには思えません。何かもっと別の……そうだ、何か神事の形式を変えたりとかしませんでしたか?」
「特別なことは何も。来年からはイベントの企画もありますが、今年は例年通りにカッパ巻きを供えたとしか聞いてないですね」
「今年は今年は、特製のイスキ米でおいっしいカッパ巻きをお供えしたんだよっ」
その言葉に、リョウコの片眉がぴくりと吊り上がった。
「おいおい、あの米で巻き寿司を作ったってェのかい?」
リョウコの凶相に、三人は思わず硬直した。
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