第12話 食闘流布 1/5

大森田おおもりだイスキ! 大森田イスキ! イスキ! イスキ! イスキの末脚が伸びる! またたく間に完食し、チャンピオンを華麗に抜き去ったー! 食闘全日本統一王座決定戦、新チャンピオンの座をもぎ取ったのは、《アイドル界からの刺客》大森田イスキだぁー!!】

【おーいっしぃぃぃいいいーーー!! ごちそうごちそうさまでしたっ】

「「「うぉぉぉおおお!!」」」


 通行人もまばらな商店街の一角。

 昼下がりの間田木食堂はテレビを見て盛り上がっていた。

 番組は食闘全日本統一王座決定戦の決勝戦。

 つい先日アイドルから食闘士フードファイターに転身したばかりの大森田イスキが挑戦するとあって、大注目を浴びていた。間田木食堂の常連客にはアイドル時代からのイスキファンが多く、昼間から酒を飲みつつ応援に勤しんでいたのである。


「ひゃー、いつもながら見事な食いっぷりだねえ」

「私もあれくらい食べられるようになりたいです!」

「なんだァ、巫女さん辞めて食闘士になるのかい?」

「いえ、いっぱい食べれたら、色んなものをたくさん味わえるじゃないですか!」


 リョウコが酒の肴にと作った小皿料理の数々を、ひたすら食べている巫女服の少女が稲荷屋トウカである。日本人形のような黒髪に、幼さを残しながらも整った顔。黙っていれば絵になる美少女なのだが、口の周りを汚してもりもり食べている時点で台無しであった。


「おいおい、あんまり肉ばっかり食うなよ。ネギしか残らねえじゃねえか」

「ええー! でも、このチャーシューがおいしすぎて……」


 いまトウカが集中的につまんでいるのはネギチャーシューである。

 白髪ネギと細かく刻んだチャーシューを甘じょっぱい醤油タレで絡めたものだ。

 先日爆盛りラーメンを作った際には即席であったが、今回はきちんと手間をかけた逸品である。焼き目をつけた豚バラ肉に一晩かけてタレを染み込ませ、オーブンでじっくり芯まで熱を通して仕上げたものだ。


「この前の『お肉ぅー!』感のあるチャーシューもよかったですけど、真ん中までほろほろ柔らかいこれも乙ですね!」

「へへっ、そンなら手間ァかけた甲斐があるってもんだぜ。って、ちゃんとネギとバランスよく食いやがれ! 夜営業にも使うんだからな。肉だけなくなっちまったらたまらねえよ」

「はぁーい」


 今度はネギを多め、チャーシューを少しで口に放り込む。

 こってりした肉の味を白髪ネギのほんのりとした辛味が中和し、脂でぎとぎとになった口の中をさっぱりとさせてくれる。


「むふー、おネギもシャキシャキでおいしいですね! あと、思ったより辛くない!」

「薄皮をむいて刻んだあとに、水にさっとさらしてんだよ。生のネギはメインにはとんがり過ぎてっからな。少し辛味を抜いてやるとたくさん食うにはちょうどいいんだ」

「なるほどー、そういう一工夫がリョウコさんの真骨頂ってわけですね!」

「へへへ、褒めたって何も出やしねえよ。おおっと、店じゃ出せねえチャーシューの切れっ端が余っちまった。捨てんのもなんだしよ、ひとつトウカが食っちゃくれねえかい?」

「わーい! リョウコさん大好きです!」


 トウカにおだてられたリョウコがチャーシューの端を小皿に載せてカウンターに置く。これはこれで美味いのだが、タレが染みすぎて味のバランスが取りにくいため、普段のリョウコはこれをまかない用に使っていた。


「マネージャーさん! ここです、ここです!」

「ちょっと、イスキさん走らないでくださいって」


 そんな声とともに、間田木食堂の戸がガラリと引き開けられた。

 現れたのはニット帽を目深まぶかにかぶり、サングラスとマスクをした長身の女と、角張ったメガネをかけたスーツの女であった。


「この香り、ぜったいぜったい間違いないです! 夢で見たとおりです!」

「あっ、私のチャーシュー!?」


 ニット帽の女は店内に駆け入ると、トウカの前にあるチャーシューの切れ端を指でつまんでパクリと食べた。両頬に拳を当ててふるふる震えながらじっくり噛んで、ごくりと飲み込み、叫ぶ。


「おーいっしぃぃぃいいいーーー!! ごちそうごちそうさまでしたっ」

「ああっ、もう! 他のお客さんの料理を勝手に食べちゃダメって何度言ったらわかるんですか! すみません、お代はもちろんこちらでお支払いしますので」


 チャーシューの余韻を味わい恍惚としているニット帽女の横で、メガネ女が丁寧に腰を折って頭を下げている。


「むうう……私の端っこチャーシューが……」

「すっごく、すっごくおいしかったです!」

「まあまあトウカちゃんよ、また作ったら食わせてやっからよ。えー、それで、あんたらは一体何なんでぇ?」

「うちのイスキがご迷惑をおかけして申し訳ございません。私どもはこういうものでして――」


 メガネ女が差し出した名刺には、こんな文言が書かれていた。


【(株)虎穴流食闘士連/シニアマネージャー:縁之下えんのしたカイナ】


「虎穴流食闘士連って何ですか?」

「ばっ、バカヤロウ! 頭が高けぇぞ! 虎穴流って言ったらな、あの世界チャンプ土山ジョーも所属してる超一流の食闘士の集まりだ!」


 リョウコの手にぐいっと押され、トウカは頭を深々と下げさせられる。


「虎穴流だと……」

「なんだってそんな超一流がこんな場末の定食屋に……」

「リョウコちゃん、自首をするならいまのうちだよ……」


 常連たちがざわめいている。

 トウカは何のことやらわからず、ひとりだけ異世界に放り込まれたような気分になってオロオロと大幣おおぬさを振った。


「そんなかしこまらないでください。私たちはあくまで土山ジョーの意思に則り、食闘の次代を目指すだけのもの。突然押しかけてしまい恐縮ですが、弊社所属の食闘士がどうしてもと聞きませんで――」

「そうですそうです! このチャーシューの味で間違いないんです!」


 そういうと、チャーシューを平らげた女がマスクを剥ぎ取り、サングラスを外し、ニット帽を脱ぎ去った。柔らかく豊かな金髪がふわりと広がり、その素顔が明らかになる。


「「「イ、イ、イ、イスキちゃん!?」」」

「そうですそうです! はじめましての方ははじめまして! 何でも食べちゃう大食いアイドル、大森田イスキですっ」


 いまのいままで、テレビ越しに応援していたアイドルが、間田木食堂に降臨したのだった。


「ええっと、それでどうして天下のイスキちゃんがこんな定食屋においでなすったんで?」


 リョウコが厚めに切ったチャーシューとジョッキのビールを出すと、金髪の少女はそれをもりもりと食べてビールをぐびぐび飲んだ。ジョッキはあっという間に空になっている。

 OECオーイーシー時代は17歳だった大森田おおもりだイスキだが、食闘士フードファイターとしての再デビューを決めてからは20歳になっていた。要するに、サバを読んでいたのである。


「ぷはー! 明るい明るいうちから飲むビールは最高ですっ」

「それはわかるがよ。要件はなんでい?」

「あっ、唐揚げと餃子とミックスフライセットもくださいっ」

「お、おう」

「えー、間木田様、調理しながらで結構ですので、私から説明させていただきます」


 カイナはメガネをくいっと持ち上げると、ハンドバッグから小型のプロジェクターを取り出し、壁に映像を投影する。そしてカシャリという効果音と共に1枚めのスライドが表示された。

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