第11話 真祖吸血鬼 4/4

「むっはー! おいしそう! どうしてさっきは作ってくれなかったんですか!」


 眼前のナポリタンによだれを垂らしつつ、トウカが文句を言う。

 右手にフォーク、左手にスプーンを持って戦闘準備は万端だ。


「レギュラーメニューじゃねえからだよ。レバーだって本当はレバニラ用の仕込みでえ」

「むむむ、どうしてメアリーちゃんたちだけ特別扱いなんですか!」

「お、おう。トウカ、マジで言ってるならさすがのあっしも引くぞ。こいつらァどう見たってオメェより何歳も年下じゃあねぇか」


 トウカは首を回して黒い少年と白い少女を見る。

 二人とも、どうやら小学校高学年からせいぜい中学に入ったところだ。

 トウカはだらだらと汗をかきながら、フォークとスプーンをカウンターに置いた。


「じょじょじょ、冗談ですよ! そそそ、それで、どうしてレバカツなんて作ったんです? 子どもには食べにくいんじゃないですか?」

「ああン? だからカレーで味付けしたんだろうよ」

「そうじゃなくて、そもそも他のものを作ってあげれば」

「栄養バランスだよ。え・い・よ・う・バ・ラ・ン・ス。お嬢ちゃんは貧血でふらついちまったみてえだし、小僧の方も青っちょろい顔しやがってよう。どう見たって血が足りてねえだろうが。レバーはな、鉄分が多い上に吸収率も高い。貧血の予防にぴったりなんだよ」


 その言葉を聞いたレヴナントがキッとリョウコをにらみつける。


「血が足りぬだと……我を愚弄するか!」

「なんで血が足りねえと馬鹿にしたことになるんだよ。まあいいや。ほれ、お嬢ちゃんも食えそうだったら味見してくれよ」


 リョウコはレヴナントの怒声を聞き流し、横になっているメアリーに声をかけた。

 それに対してメアリーは弱々しい声で応じる。


「うっ、うう……。でも、わたくしはこんなものを食べるわけには……」

「あー、しゃあねえな。おう、トウカ。冷める前に先に食っちまえ」

「えっ、私が!? あっ、あっ、でも、せっかく作ってくれたお料理ですもんね。け、決して私が意地汚いわけじゃないですよ? リョウコさんを気遣って食べるんですからね!」

「ごちゃごちゃうるせえなあ。いいからとっとと食いやがれ」


 リョウコに促されたトウカが、ナポリタンの山にフォークを突き込み山肌を削り取る。具材を巻き込みながらぐるりぐるりと麺を絡め取り、口いっぱいにそれを頬張った。


「むっはー! カレー粉が加わるだけでこんなに変わるんですね! 甘酸っぱいソースにほんのり辛味が加わって、甘口カレーみたいな優しい刺激が押し寄せます!」

「どこの食レポ芸人だよオメェは。ほら、カツも食ってくんな」


 大げさなリアクションに呆れつつ、リョウコはレバカツを指差す。

 トウカはフォークで突き刺したレバカツを一口で頬張ると、しゃくしゃくとそれを咀嚼する。


「むふー! なんですかこれは!? 香ばしい衣を噛み破るとぷりっとした弾力が歯を押し返し、それを越えるととろりと濃厚なレバーの旨味! カレー粉の香りで臭みも一切ありません!」

「お、おう、完璧な解説ありがとうな」


 前のめりに食レポをするトウカに、リョウコは若干引いた。

 トウカは目の前の皿をあっという間に片付けると、隣の皿に目を向ける。


「あれ、メアリーさんは食べないんですか? すっっっごいおいしいですよ!」

「わ、わたくしは聖餅とミルクしかいただきませんの」


 メアリーの小さな口元は、唾液を飲み込んでいるのかきゅうっとなっている。


「ええー、好き嫌いはよくないですね。私はなんでも美味しく食べられますよ!」

「苦手なもんがあんのはしょうがねえが、あんまり偏食が過ぎると大きくなれねえぞ」

「好き嫌いではありませんの! わたくしは斎戒のために身を律しているだけですわ!」

「なんだか子どもの言い訳みたいですね」

「おいおい、言ってやるなよ。オメェだって子どものころに食えなかったものくらいあるだろうが」

「高いお寿司は食べさせてもらえませんでした!」

「いや、そういう意味じゃなくてな」

「勝手に好き嫌いの話にしないでほしいですの! わたくしに好き嫌いなんてありませんわ!」


 メアリーは額に乗せられたおしぼりをばっと振り払うと、起き上がってナポリタンを一口頬張った。白い頬を赤く染め、もりもりとナポリタンの山を削り取っていく。


「どうですの! わたくしに好き嫌いなんてございませんわ!」

「ひゃー、いい食いっぷりだ。次はレバカツも試してくれよ。ソースやケチャップも合うぜ?」

「わたくしはマスタードを所望しますの!」

「へいへい、こいつを使ってくンな」


 メアリーはリョウコから受け取ったマスタードをレバカツにたっぷりかけて、次々と口の中に放り込んでいく。しゃくしゃくざくざくと衣を噛む音が店内に響く。


「うっ、この濃厚な滋味……ブルートヴルスト(豚の血入りのソーセージ)のようなのに、まるで臭みがないのですわ……!

「わ、我が君よ! そんなものをしょくするなど、何をお考えで!?」

「いいからレヴも食べてみるのですわ。ほんっとうに美味しいですのよ!」

「くっ、我が君の仰せであれば……んほわぁぁぁあああ!!」


 一口食べた瞬間、レヴナントの目から、口から、耳から、まばゆい光の奔流がほとばしった。レブナントの節々がぶすぶすと焼け、白い煙が立ち上る。


「な、なんだこの故郷の山々を思い起こさせる力強い香り。硫黄が吹き散らかされ、温かみを帯びた風だけが我が身を包み込む。黄金こがねに揚がりし生き肝は血の味をかすませるほどにまろやかで、それをどっしりとかまえた小麦畑が受け止めてくれる! 麦畑で覆われた故郷の山々が見えるようだ……いや、たしかに見える。ふふっ、母様、おひさしぶりです……」

「レヴぅぅぅううう!!」


 光の柱に包まれ天に昇りかけていた真祖吸血鬼の足元にすがり、メアリーは忠実なる従者を地上に引きずり戻した。そして二人はナポリタンを皿を舐めるようにきれいに完食すると、入口の前に並んでトウカに向かってびしりと指をさした。


「稲荷屋トウカ! あなたのことは理解しましたわ!」

「えっ、なんでしょう?」


 残ったソースをスプーンでかき集め、意地汚く舐めていたトウカがびっくりしてメアリーを見る。


「この食堂の店主、間田木リョウコ様に密かに弟子入りし、霊力を高めていたのですね」

「我を昇天させかけるなど、《吸血鬼狩り》ヴァン・ヘルシング以来の傑物よ!」


 今度はレヴナントが外套をひるがえしてリョウコを指さした。


「今日のところは負けを認めますの! でも、真に間田木様にふさわしい弟子が誰であるのか、いつかあなたに思い知らせて差し上げますわ!」

「くくく、間田木リョウコ。貴様はなかなか面白い人間だ。次に会うときには我が眷属に加えてくれよう」

「ではさらばですわっ!」

「定命の者よ、また会おう!」


 ぶわっと黒煙が立ち込め、それが晴れると二人の姿は消えていた。

 リョウコとトウカは、目をパチクリさせて一部始終を見ていた。


「いやあ、最近の手品ってすげえんだな。あんなガキどもでもこんなことができちまうのか」

「手品じゃないですって! とんでもない除霊師に目をつけられちゃったんですよ!」


 無意味に大幣おおぬさを振るって興奮するトウカに、リョウコは白い歯をにいっと剥いて笑った。


「それはそれでいいじゃねえか。こんなきれいに食ってくれるお客さんならいつでも大歓迎だぜ」


 リョウコが示すその先には、拭ったようにきれいな白い皿が2枚並んでいた。


 * * *


「それはともかく、オメェは有料だからな」

「はっ!? 子ども食堂は無料では!?」

「中学生以下だっつってんだろうが! オメェは一体何歳なんだ!」

「ううう、仕方ない。払えばいいんですよね……」

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