第10話 真祖吸血鬼 3/4
「だぁー! 言わんこっちゃねえ。ほら嬢ちゃん、椅子並べてやっからここに寝てな」
リョウコは床に倒れたメアリーを軽々と抱え上げ、並べた椅子の上に寝かせた。
2階に駆け上がって毛布をつかんでくると、それを少女の上にかける。
「腹ァ空かしてんのにあんな大道芸をすっからだ。さて、どんなもんが食いたい? 好物はあるかい?」
「わ、わたくしは
「我は処女の生血と上等の赤ワインしか嗜まん。こんな下賤な店のメニューなど知るものか」
「おいおい、いい加減役から離れろって。まあいいや。苦手なもんはあるかい?」
「わかりませんの……」
「何度も言わせるな。我に下賤の食事などわからぬ」
「はいはい、わかりやしたよ。そんじゃあこっちで勝手に作るぜ」
メアリーの額に冷たいおしぼりを乗せ、リョウコはカウンターへ入る。
そして冷蔵庫からタッパーを取り出して、一口大にカットされた濃いピンク色の肉片をまな板の上に並べていった。
「リョウコさん、それは何です?」
「ああ、こいつは牛レバーよ。たっぷり時間をかけて流水で洗ったあとに、酒と醤油に漬けといたもんだぜ。世が世なら生でも食える逸品よ」
「ええ、レバーですかあ……。私、正直苦手なんですよねえ」
「誰がテメェの好き嫌いを聞いてるんだこのトンチキが。まあ、レバーが苦手ってのはわかるがな。独特の食感と臭みがあるし、調理や下処理が悪りぃとそれが際立ってクソ不味くなる。論より証拠だ。ちっと焼いてやるから試してみやがれ」
リョウコはレバーの両面に塩コショウを振り、フライパンで両面をさっと焼いた。
湯気を上げるそれを小皿に置き、ごま油を垂らし小ねぎを散らしてトウカの前に置く。
「はい、お待ちどお。味見してみな」
「えっ、ぜんぜん焼いてないけど大丈夫なんですか?」
「いいから騙されたと思って食ってみねえ」
「は、はい……」
トウカは恐る恐るレバーに箸を伸ばす。
そしてそれを口の中に入れ……表情が一変した。
「むっはー! おいしいです! プリッとしているのに舌の上でドロっと溶けて、濃厚なのに臭みが全然ない! レバーって言えばねちゃねちゃしてるのにボソボソで、そのうえ鉄臭くって嫌いだったのに!」
「へへへ、そうだろうよ。レバーってのは火入れに気を使う食材でな。焼きすぎるとどんな上等なレバーでもぼそぼそで鉄臭くなっちまう。店員が焼いてくれるような焼肉屋なら遠火でじっくりやってくれるがよ、うちみたいな定食屋じゃそういうわけにゃいかねえ。だからさっと焼けばいいように、なるべく薄切りにしてンだよ」
「へええ、レバーってそんな繊細な食材だったんですねえ」
「ま、そこまでしてもやっぱり子どもにゃ気になる臭みが残る。そこでこいつの出番だ」
リョウコは残ったレバーに黄色い粉をふりかけていく。
誰にでもおぼえのある親しみ深い香りがあたりに立ち上っていく。
「これは私でもわかりますよ! これはカレー粉ですね!」
「おうよ、カレー粉だ。間田木食堂特製ブレンドよ」
「カレーの香りでわずかに残った臭みを気にならないようにするんですね!」
「かーっ! そいつァあっしのセリフだろうよ。しかし、トウカもちったぁものがわかるようになってきたじゃあねぇか」
「えへへ、ありがとうございます」
照れるトウカを尻目に、リョウコは調理を続ける。
下味をつけたレバーに小麦粉をまぶすと卵液にくぐらせ、パン粉をたっぷり付けてフライヤーに投入していく。しゅおしゅおと油の弾ける音とともに、衣が黄金色に色づく。わずか数十秒で引き上げて、網に置いて油を切る。
「で、お次はこいつだ」
リョウコはフライパンにケチャップとトマトソース、それに先ほどのカレー粉を加えると、軽く煮詰める。そして薄切りのベーコンとウィンナー、そして野菜を加えてざっと炒める。冷蔵庫から茹で置きの太麺パスタをさらに加え、全体を絡めながら一気に炒めていく。
パスタが万遍なくソースをまとい、香ばしい香りがしてきたら、ひねりながら平皿に高く盛り付けていく。その横に一口大のレバカツを並べ、ドライパセリを全体に振りかけたら完成だ。
「お待ちどお、間田木食堂特製『カレーナポリタンのレバカツ添え』だ! カツにはソースをかけてくれたっていいぜ!」
カウンターに、パスタで形作られた赤い円錐が三連山を作る。
その麓には見事なキツネ色に揚がった一口大のレバカツが並び、まるで霊山を称える黄金の神殿だ。散らされたパセリの緑が高山に張り付くわずかな木々のようで、その威容を際立たせていた。
「う、美しい……。まるで故郷の山々のようだ……」
黒い少年の口から思わず感嘆の声が洩れた。
「へっ、そうだろうよ。せっかくだから盛り付けにもいくらか凝らしてもらったぜ」
「うっ、我は何を!? こ、こんな下賤な食い物に我が美を感じることなどあってなるものか!」
「へいへい、わぁーったよ。それはともかく、お嬢ちゃんの方も食欲がわいてきたんじゃねえのかい?」
リョウコの三白眼は、椅子に横たわりながらもごくりと生唾を飲み込む少女の喉仏を見逃していなかった。
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