第6話 ダイエットアイドル 3/4
「へへへ、待たせたな。おっ、悪霊の嬢ちゃんもまだいるね」
「祓わないと悪霊は消えませんよっ!」
「そういうもんなのかい? それならもうちょい目利きにこだわってもよかったか」
「よくないですっ!」
リョウコがエコバックを片手に上機嫌に帰ってきたとき、トウカは脂汗を流しながら悪霊と対峙していた。そんな様子がはたして目に入っているのか、リョウコは鼻歌交じりに仕入れてきたものを調理台に並べていく。
「何はともあれ大物の処理からだな。こんな時間だけどよ、いい肉が残っててよかったぜ」
リョウコがまな板の上にドシンと置いたのは数キロはあろうかという大きな豚バラ肉の塊だった。
それをぐるぐると巻いていき、タコ糸でギュッと縛る。鉄のフライパンを火にかけて、タコ糸で結んだ肉塊の全面を丁寧に焼いていく。
「表面を焼き固めて肉汁を閉じ込める……なんて話が昔は言われてたが、ありゃあ嘘なんだってな。肉にきっちり焼き目をつけて、メイラード反応で香ばしさを出す。こいつをやっておくと肉の臭みも抜けるから一石二鳥の寸法よ」
店内に肉の焼ける香りが充満する。
悪霊がぶるりと震え、トウカの口の端からよだれが垂れる。
「キレイに焼き目がついたら今度はこれだ」
リョウコはきつね色に焼き目がついた肉塊を大鍋に入れ、そこに醤油、みりん、酒をドバドバと注いでいく。さらに砂糖をごっそりとぶち込み、ネギの青いところ、ショウガとにんにくを
トウカはもはや辛抱たまらず、悪霊と肩を並べてキッチンを覗き込んでいた。
「弱火でじっくり、ふつふつするまで温めたら昆布を取り出し、強火でアルコールを飛ばしたら、とろ火にしてしばらく放置だ。この大きさだと小一時間くれぇはかかっちまうからよ。その間はこれでもつまんでてくんな」
リョウコは引き上げた昆布を包丁で細切りにすると、白ごまをさっとまぶして小皿に移していく。目の前に置かれたそれに、トウカはさっそく箸を伸ばした。
ほどよく歯ごたえの残った昆布に、甘じょっぱい煮汁が染み込んでいる。磯の香りが少々くどいが、胡麻の香ばしさがそれを中和した。
「むはー! ただの昆布の煮物なのにおいしい!」
「急ぎの作りだからな。出汁が抜けきる前に引き上げてっから旨味がかなり残ってんだよ。普段はこんな贅沢な昆布の煮物は作んねえぞ」
「ごはん! 白いごはんがほしいです!」
「ちっ、このあとが本番なんだけどな。しゃーねえ、ちょっとだけだぞ」
リョウコが茶碗に白飯を盛り付け、カウンターに並べていく。
いつの間にか復活していた常連たちも、白飯に昆布をたっぷり載せてかき込んでいた。
悪霊は目の前に置かれた昆布の小皿と白飯を前にしてぶるぶると震えている。
「かーっ! いい大人が欠食児童みてェにみっともねえ。もう少しかかるからゆっくり味わってくんな」
そう言うと、リョウコはもやしとざっくり刻んだキャベツを耐熱容器のボウルで和えてごま油を回しかける。そして軽くラップをかけて電子レンジに放り込んだ。押したボタンは「茹で野菜」モードだ。
「電子レンジ調理ってェと手抜きってイメージがあるがな。なかなかどうして、使いようだぜ。茹で野菜なんかはレンジの方が味が残る。水で茹でる場合に比べてエグみや臭みが残りやすいから、なんでもこれでいいってわけじゃねえけどな」
加熱時間を確認したら、湯を沸かしている大鍋に何かを放り込んだ。
極太の中華麺だ。それがぐらぐらと沸騰する湯の中で踊り、白い泡を立てていく。
それを時折菜箸で優しく混ぜつつ、並べた丼鉢に湯を注いで温める。
湯を捨てたら底にチューブのラードを絞り、即席の豚骨スープの素と豚の煮汁を垂らしていった。
「えっ!? ここでインスタント使うんですか?」
「ああ、インスタントも使うしこいつも使うぜ!」
豚骨と煮汁の混ざった暗褐色のタレに、旨味調味料をバサバサと振りかけた。
「ま、さすがにスープは自前で引いたやつを使うがな」
リョウコはまた別の鍋から黄金色のスープをすくうと、丼に入れてタレを溶かしていく。
それは間田木食堂の味のベースとなる昆布と鰹節の出汁だった。鰹節と昆布を冷水に一晩漬け、開店前にひと煮立ちさせる丁寧な作りのものである。煮物丼物汁物と、間田木食堂の料理はすべてこれがベースとなっている。
電子レンジがチンと鳴ったところでリョウコは中華麺の茹で加減を確認する。麺を1本つまみ上げてすすると、うんとうなずいて平ざるでちゃっちゃと湯切りし、一人前ずつ丼に沈めていく。一人前と言ってもその量は大したものだ。普通のラーメンの2人前はある。
その麺の上にもやしとキャベツのゆで野菜を山盛りにしたら、タレから引き上げたバラ肉を分厚く切って山腹に立てかけていく。仕上げに野菜にタレを回しかけたところで――
「お待ちどお! 間田木食堂特製爆盛りラーメンだ!」
麺と野菜の山脈が、トウカたちの前にどどんとそびえ立った。
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