第5話 ダイエットアイドル 2/4

「オメェではありません! 私は新進気鋭の天才除霊師稲荷屋いなりやトウカですっ」

「お揚げさんが好きそうな名前だなあ」

「いなり寿司もきつねうどんも大好物です!」

「そ、そうか、そりゃあよかったな」


 軽口に真正面から返されて、リョウコはずっこけかけた。

 カウンターの常連たちは突如乱入してきた巫女服の少女に目を丸くしている。


「それでトウカちゃんよ。悪霊ってのはどういうことだい? 競馬のじいさんみたいにぶっ倒れた客なんていねえぞ」

「悪霊の正体はこれから見定めます! 祓い給え清め給え……破ァっ!」


 トウカが懐から大幣おおぬさを抜き、常連たちの頭の上でばっさばっさと振り回す。

 すると常連たちの身体から黒い靄がわき上がり、空中に凝り固まって人型を成した。


『……メ……ダ……チャ……ダメ……』


 それはあちこちの縮尺が狂っていた。

 身長は大人ほどもあるのに、頭は握り拳ほどの大きさしかない。ひらひらと飾り布がやたらについた服をまとい、腰は蜂のようにくびれ、手足は小枝ほどの太さしかない。肌は干からび、しなやかさはなく、干からびきったミイラを思わせる異形が常連たちの頭上に姿を現していた。


「なんだこの出来の悪りぃ干物みてぇな野郎は……」

「今日はいきなり塩とかはやめてくださいね!」

「えっ、あ、ああ。ンなこたぁしねえって」


 トウカに釘を差され、リョウコは塩壺に突っ込んだ手を止めた。


『……ダメ……食ベチャ……ダメ……ダメ……ダメ……』


 常連たちの身体から白い靄が生まれ、悪霊の口に吸い込まれていく。


「ううっ……食欲がなくなってきた……」

「リョウコちゃん、俺やっぱ納豆キャンセルで……」

「お冷も飲みたくねえや……」


 常連たちがぐったりとカウンターに突っ伏す。

 みるみるうちに頬がこけ、目が虚ろになっていく。


「くっ、これはいけません! 悪霊がこの方たちの生気を奪ってます!」

「なんだとォ! こいつらはあっしの店の常連だぞ! なんてことしてくれてやがるんだ!」

「そうなのです! 悪霊は善良な一般人を害する許しがたい存在なのです!」

「昼から酒かっ食らうようなボンクラがいねぇと売上激減なんだよ!」

「あ、そっち」


 トウカは思わず大幣を落としそうになるが、慌てて持ち直す。


「ん? 待て、酒……酒か。よっしゃ、これでも喰らいやがれっ!」

「わー! なんでまた勝手にそんなことするんですか!?」


 トウカが焦ったのも無理はない。

 リョウコが常連の前に置いてあったコップ酒を手に取り悪霊に向かってぶちまけたからだ。清めの塩と同様、酒もまた儀式を通じたものでなければ退魔の力は宿らない。こういう素人除霊術はかえって悪霊を怒らせ、事態を悪化させてしまうことが多いのだ。


『……ダメ……オ酒……ダメ……ゼッタイ……』

「えっ、効いてる!?」


 ところが、トウカの予想に反し悪霊は怯んだ。

 怯えるように酒に濡れた常連たちから離れていく。


『……ダメ……未成年飲酒……スクープ……ダメ……』

「こ、この声はイスキちゃん……」


 悪霊が離れたことで多少生気が戻ったのか、常連のひとりが呻いた。

 それを聞いたトウカがばさっと大幣を振るって叫ぶ。


「悪霊の正体がわかりましたっ! これはきっと大森田おおもりだイスキとOEC48のファンの思念が混合したもの! 何十万もの思念の複合体です!」

「ああン? あのダイエットマニアのヒョロガリ嬢ちゃんたちか?」


 リョウコの視線の先にはブロックノイズに侵された液晶画面の中で踊る少女たちの姿があった。


「なるほど、要するに腹ァ空かしてオバケになっちまったんだな。そういうことならあっしに任せてくんな! おう、トウカちゃんとやら。仕入れェ行ってくっから間をもたせててくんな!」

「えっ!? ちょっ!? どこ行くんですか!? いや逃げてくれるのはいいんですけど、できれば除霊師協会に通報を――」

「それじゃちょいと行ってくるぜ!」

「ほんっとに話聞かないなこの人!?」


 リョウコはエコバックをひっつかみ、赤髪を風にたなびかせて間木田食堂を飛び出していった。


「ぬあー、もう! こっちも手が離せないし、一体どうすれば!?」


 一方、トウカは大幣に霊力込めてばっさばっさと振り回し、悪霊の侵食をなんとか押し留めるのであった。

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