第4話 ダイエットアイドル 1/4

「リョウコちゃん、やっこひとつ」「こっちは納豆単品で」「俺はお冷なー」

「あいよっ! って、テメェらまともなメシを頼まねえか!」

「いやーごめんごめん。ダイエット中でさ」

「おいらはちょっと食欲が……」

「水をいっぱい飲むと痩せられるらしい」

「水しか飲まねえやつなんざ客じゃねえぞバカヤロー!」


 少々寂れた商店街の一角。

 旨い、安い、多いの三拍子がそろった間田木食堂には今日も多くの客が来る。普段であれば大盛りだのとお代わりだのと注文が飛び交うのであるが、今日はどうにも様子がおかしい。

 来る客、来る客が、単品の小鉢だけを食べて帰っていくのである。


「ちっ、テメェらは力仕事だろうが。ちゃんと食わねえともたねえぞ」


 そんな客たちを前に眉を吊り上げるのは間田木リョウコ。

 カウンターに並ぶ職人風のいかつい男たちを前にしても臆することなく、袖をまくりあげて三白眼でにらみつけている。

 カウンターに並ぶ3人は間田木食堂の常連客で、先代のころから通い続けている顔なじみだ。


「そう言われてもなあ」

「ほら、OECオーイーシーのみんなもがんばってるし」

「おいらたちも少しは痩せなきゃって。あ、お冷お代わり」

「あいよっ! って水だけ飲んでんじゃねえよ! ここはメシ屋だ! メシを頼め!」


 がなり立てながら、リョウコは氷水の入ったピッチャーをどんとカウンターに置く。水が飲みたければ勝手に飲めということだろう。


「んで、なんだァそのおーいーしーとかいう気の抜けた名前の連中は?」

「えっ、リョウコちゃんOECオーイーシー48フォーティエイトを知らないの!?」

「ンなもん知るかよ。こちとら商売で忙しいんだ」

「暇さえありゃ競馬新聞とにらめっこしてるくせに……」

「ああン? なんか言ったか?」

「い、いえ何も……」

「あ、リョウコちゃん。ちょうどテレビでやってるよ」


 客のひとりが天井の一角に据え付けられたテレビを指差す。

 年季の入った14インチ液晶に、タイトな衣装を身に着けた少女たちが姿を現した。


【こんにちわー! OECオーイーシー48フォーティエイトですっ!】

【あれー、今日もイスキちゃんはいないの?】


 サングラスをした司会者が、少女たちにマイクを向ける。


【すみませーん。イスキちゃんはまた計量にひっかかっちゃったみたいで……】

【それは残念だねー。ずっとセンター不在は寂しいね】

【じつは今日はその告知で来たんですっ! そろそろ総選挙も近いんで、ニューシングルの宣伝に来ましたっ】

【あはは、たくましいね。今日は生歌も聴けるのかな――】


 リョウコは尖った顎をなでながら、テレビに映る少女たちを吟味した。


「どいつもこいつも痩せぎすの鶏ガラみてェじゃねえか。まともにメシ食わせてもらえてンのかい?」

「いま飛ぶ鳥を落とす勢いの売れっ子アイドルだよ? 三度三度のおまんまに困るわけがないじゃないか」

「どっかの貧乏定食屋とはわけが違うからねえ」

「おう、クソジジイ。寿命を縮めてェんならわかりやすくそう言いな?」


 ギザギザの歯を剥いて威嚇するリョウコに、常連は慌てて話題を変える。


OECオーイーシー48フォーティエイトはね、体重48キロを超えたら表に出れなくなっちゃうんだよ」

大森田おおもりだイスキちゃん、もう1ヶ月も出演できてないもんね」

「背が高いのにがんばって体重維持してたからね。だからおいらたちも、せめて応援のつもりでダイエットしようかなと」

「テメェらが痩せようが太ろうが道端で野垂れ死んでようがそのイスキちゃんとやらには関係ねぇだろうが。なにより、うちの売上に関わるんだ。好きなもんを食いやがれよ」


 包丁の背で肩を叩きながら言うリョウコに、常連たちは気まずそうに視線を交わし合う。


「そ、それがさ。なんだか実際、最近は食欲がなくてよ」

「うんうん、三食冷ややっこでも大丈夫な感じで」

「おいらなんかこの三日水しか飲んでねえぜ!」

「おいおい、それ大丈夫なのかよ?」


 リョウコは片眉を吊り上げて常連たちを観察する。

 改めて見てみると、もとは福々と中年太りした男たちの頬がごっそりこけている。目の下も落ちくぼみ、黒いくまがついていた。普段ならラードが絞り取れそうなほど脂ぎった男たちがこんな様子になっているのは尋常のことではない。


 思い返すと、今日に限らず数日前から注文に変化があった。

 これまで大盛りを頼んでいた客が小盛りを頼み、とんかつを頼んだ客が衣を残す。にぎり寿司の客がネタだけ食べてシャリを丸ごと残すなんてこともあった。

 間田木食堂の白飯はこだわり抜いた一品だ。塩だけをおかずにしたっていくらでも食べられるものだとリョウコは自負している。たまにはこんなこともあるだろうと思っていたが、冷静に思い返してみるとこれは異常事態であった。

 当然、注文の量も減っており、売上も下がっている。


「よーく考えると、これってけっこうマジィんじゃねぇのか……」


 リョウコがひとりごちた、そのときであった。

 ガラリと引き戸が開け放たれ、ひとりの少女が入ってきたのは。


「悪霊はこの中にいます!」

「へい、らっしゃ……って、またオメェかよ」


 リョウコの三白眼の先に現れたのは、朱で縁取られた巫女服を身にまとった黒髪の少女であった。

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