第20話 火災-1

「あれは……火事か!?」


「お、恐らくそうかと……。村長、どうしますか?」


「う、ううむ……」


 村長は苦しそうに唸り声を上げて、悩んでいるようだった。

 その様子を見たリシュルさんは、

 

「村長。今はまだ、火災の規模も小さいと思われます。すぐに消火へ向かうべきかと」


「し、しかしな……。リシュル、あの森には今……」


「魔境蜂がいる。だから森へは、僕が一人で行きたいと思います」


 確かに村人が森へ行けば、魔境蜂の餌食になるだろう。

 今、この村にいる人物で魔境蜂に対抗できるのは、俺とユズキとエリザ、そしてリシュルさんの4人くらいだ。

 

「待って、リシュルさん! 一人で行くのは危険です!」


 と言ったのは、ユズキだった。

 リシュルさんはユズキの方へと振り向いて、

 

「危険は承知の上さ。大丈夫、魔境蜂なら――」


「いえ、私が心配しているのは、この火災が螺旋教の陽動かもしれないってことです! 何が待ち構えているかわからない以上、単独行動は避けた方が……」


「陽動なら尚更、僕が一人で行くべきだ」


 森から上がっている煙を見ながら、リシュルさんは言葉を続ける。


「あの森にいる魔境蜂は、結界があって村を襲うことができない。螺旋教がこの村を襲うには、結界の影響を受けない人間が直接来なければいけないんだ」


「つまり螺旋教にとって都合がいいのは、村から一人でも高レベル冒険者がいなくなること、ですか……?」


「そういうことさ。魔境蜂ではどうすることもできない村の守りを、陽動によって手薄にする。それを狙っているのだろうね」


 まだあの煙が陽動だと確定したわけじゃないが……。

 もしあれが陽動なら、よく仕組まれていると言わざるを得ない。

 

 あの煙の発生源へ向かうには、魔境蜂の潜む森に入る必要があって。

 必然的に、魔境蜂を倒せるほど強い戦闘員が、村からいなくなるわけだ。

 

「かといって、あの煙を無視するわけにもいかないだろう?」


「それは……」


「だから森へ行くのは、僕だけでいい。君たち3人には、村を守って欲しいんだ」


 と言って、リシュルさんは懐から何かを取り出した。

 それは手のひらに収まるサイズの、青銅色をした鈴のように見える。

 

「その鈴は……?」


「一度使ったら壊れてしまう、調合品の魔法道具さ。何かあったら、僕はこの鈴を鳴らそうと思う。大音量が出るから、村までちゃんと聞こえるはずだ」


「……わかりました。鈴の音が聞こえたら、すぐ助けに行きますね」


 ユズキは渋々、リシュルさんが一人で森へ行くのを認めたようだった。

 

「ありがとう、助かるよ」


「でも、くれぐれも無理はしないでくださいね?」


「ああ、安心してくれ。僕はあくまで様子を見に行くだけさ。極力戦闘は避けるし、生き残ることを一番の優先事項とするよ。僕は優先順位を間違えるような真似は、絶対にしない――」


 そう言って、リシュルさんはヌルルクの大森林へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 リシュルさんが村から去った後。

 残された俺たちは、村の中央にある見張り塔の近くに集まっていた。

 

 見張り塔は木造で、塔の頂上には2人の村人がいる。

 2人の村人は、ラース村に近づいてくる者がいないか監視しているのだ。

 

 もし近づいてくる者がいた場合。

 すぐに俺たちはその情報を村人から受け取って、いつでも迎撃が可能なように態勢を整えることになっている。

 

 そんなわけで、俺たちはリシュルさんが戻ってくるまでの間、見張り塔の近くで待機している必要があった。

 

「しかし、リシュルも本当に立派になったよなぁ……」


「子供の頃は、ヘクタの後ろにずっと隠れていたような子だったのにな」


「あんなに弱虫だった子が、今や90レベルを超える冒険者だぜ? すげえもんだ」


 村人たちの話す声が聞こえる。

 見張り塔の下には、待機している俺とユズキとエリザ以外に、村人も数人集まっていた。

 

 村人たちは、リシュルさんについて話しているようだった。

 

「10年前はどうなるものかと思っていたが……。今はこうして、リシュルは村のために戻ってきてくれている。頼もしい限りだ」


「だな。今だから言うけどよ、俺はリシュルがあの二人の後を追ってしまうんじゃないかって、心配していたんだぜ?」


「お前だけじゃない。みんなそれは心配していたよ」


 俺は別に、村人たちの話を聞くつもりはなかった。

 けれど話し声が聞こえる以上、俺はその内容を理解しようとしてしまう。

 

「……今でも信じられないよなぁ。ジーナとヘクタが、同時にだなんて……」


「ジーナとは結婚の約束もしていたんだろう?」


「お似合いの二人だったもんな。それが、まさか……」


「長かった戦の時代もやっと終わって、これから平和な時代が訪れるってところだったのにな……」


 村人たちの間に、沈鬱な空気が流れる。

 彼らの表情はどこまでも暗く、やるせない思いが滲み出ていた。

 

 ……これまでの話を聞く限り、リシュルさんは過去に仲間を失っている。

 

 しかも、その仲間は一人じゃない。仲間は二人で、うち一人は恋人と思われる。

 村人たちがその人物を知っていることから、リシュルさんと同様に村出身の――つまりはリシュルさんの幼馴染か何かといったところだろう。

 

 

 

 俺はリシュルさんの過去が気になってしまい、近くに立っていた村長に向かって、

 

「あの、村長……。少しいいですか?」


「うん? どうしたのかな、ケイトくん」


「リシュルさんはその、過去に仲間を……」


「……ジーナとヘクタのことか」


 村長は悲しげに目を伏せた後、


「本当に、悲しい事件だった。今からちょうど10年前、長く続いた混乱期も終わろうとしていた時。冒険者帝国ぼうけんしゃていこくの残党に、ジーナとヘクタは殺されたんだ」


「殺、され……?」


 俺はてっきり、事故か何かと思っていたが……。

 リシュルさんの仲間の死は、殺人によるものだった。

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