第21話 火災-2
一体どうして、殺されるようなことになってしまったのか。
俺は村長の話の続きを聞く。
「3人は幼馴染で、いつも一緒に行動していたよ。ジーナはいつも明るい笑顔を見せてくれる、優しい女の子だった。ヘクタは無愛想だったが、根は優しく面倒見のいい子だった」
どこか遠くを見つめながら、独り言を呟くように、村長は続ける。
「ジーナもヘクタも、本当にいい子だったのに……。どうしてよりによって、あの二人が……。残されたリシュルが不憫で仕方ない」
村長は肩を落とし、苦しげなため息をつく。
まさか、リシュルさんにそんな悲しい過去があったとは。
……俺には思い出せる過去がない。
だけどもし、俺にもリシュルさんのような過去があったとしたら?
深い悲しみから立ち直り、武器を手に取って戦うことなどできるだろうか。
……いや、立ち直るのなんて、一生無理だろう。
それはリシュルさんだって同じはずだ。リシュルさんも決して、立ち直ったわけではないだろう。
消えることのない悲しみを背負い、心に深い傷を抱えてもなお、他人のために戦おうとしてくれているんだ。
一体どれだけ強い心を持っていれば、そんなことができるのだろうか。
「……リシュルさんは、二人を失ってからはずっと一人で?」
「どうだろうなぁ。10年前、ジーナとヘクタがいなくなってから、リシュルは村を出て行ってしまってな」
「旅に出た、ということですか?」
「ああ。たまに二人の墓参りをしに村へ帰ってきてくれたが、その時は一人だったのを覚えているよ」
村長は手で髭を擦りながら、続ける。
「今回だって、凄く久しぶりに帰ってきたんだ。仲間を連れていないことから、いつも一人で活動しているのかもしれないなぁ……」
「そうですか……」
仲間を失う悲しみを嫌というほど味わったリシュルさんが、新しく仲間を作りがらないであろうことは、容易に想像できる。
今回リシュルさんが俺たちと共に戦うのは、その方が村を救える確率が高くなるからであって。
俺たちはあくまで、リシュルさんにとっては一時的な協力者にすぎないのだ。
村長からリシュルさんの過去について聞き終えた俺は、
「ユズキ。混乱期について教えてくれないか?」
先ほどの会話に出てきた気になる単語について、ユズキに質問してみた。
村長に聞いても良かったのだが、ユズキの方がやはり質問しやすい。
「さっき、村長さんから聞いたんだね?」
「ああ。ユズキたちも聞いてたよな、さっきの話。リシュルさんが10年前、仲間を殺されたって……」
「……うん、聞いてたよ。ケイトは
「いや、知らないな……」
「じゃあ、まずは魔大戦期のことから説明するね」
ユズキが説明を始める。
「今から23年前の、魔法暦976年。後に魔王と呼ばれるリエルクの民――ネオスが、機械兵とモンスターの軍勢を率いて、ティエミラ大陸東部の大国であるダルトン王国を滅ぼしたの」
「機械兵とモンスターの軍勢って、人はいなかったのか?」
「うん。ネオスの軍に人間は存在しなかった。リエルクの民を人間に含めるのなら、話は別だけどね」
人間の存在しない軍隊、か……。
想像するだけでも恐ろしい。
「ネオスはダルトン王国の王都だったダルトランを帝都として、ネオス帝国を建国した。そして、全人類に向けて宣戦布告したの。この世のすべてを支配し、新たなる世界を作り上げると」
「新たなる、世界……」
「これをきっかけに、世界中を巻き込んだ戦争――魔大戦が勃発したの」
ダルトラン。
確か、螺旋教が螺旋教帝国の帝都にした場所もそうだったような……。
「ネオス帝国はリエルクの民であるネオスの魔法により、圧倒的な軍事力を持っていました。各国は同盟軍を結成しましたが、それでも太刀打ちできず……。広い地域がネオス帝国に支配されていきました」
と話すのは、ユズキの隣に立っていたエリザだった。
エリザはそのまま続けて、
「そんな時に現れたのが、リエルクの民であるキプケテルです。キプケテルはネオスと異なり、同盟軍――つまりは、人類の味方をしました」
「だからキプケテルは、人類の救世主とも呼ばれているの。魔王と呼ばれたネオスとは対照的でしょ?」
同じリエルクの民でも、人類にとって敵かどうかで呼ばれ方が大きく変わる。
それにしても、救世主と魔王とは。ユズキの言う通り、何とも対照的だ。
「キプケテルがネオスに対抗するべく生み出したもの。それこそが、冒険者システムなの。冒険者システムのおかげで、人類は大いに発展した。冒険者の力により、同盟軍はネオス帝国の軍勢に打ち勝ったの」
「冒険者システムってのは、リエルクの民が生み出したものなのか」
リエルクの民にのみ与えられた特別な力――魔法。
その力の一端を、キプケテルは冒険者システムによって人類に与えた。
普通なら、自分だけに特別な力があったら、独占しようと考えるだろうに……。
救世主と呼ばれるだけはある。
「こうして魔大戦は、魔法暦983年に同盟軍の勝利で終わったわ。魔大戦勃発から終了までのこの約7年間を、
「魔大戦期……」
「魔大戦が終わり、ようやく世界は平和になった。……とはならなかったわ。むしろ問題は、これからだったの」
ユズキの表情が少しだけ暗くなったように、俺は感じた。
俺は身じろぎもせず、ユズキの話を聞き続ける。
「魔大戦期、各国は戦力を補うために、国の軍隊に属さない人にも冒険者の力を持たせていたの。冒険者の力は誰にでも簡単に手に入るものだからね」
「そこらへんの村人にも力を与えたってことか……?」
「うん。結果として、高い戦闘能力を持った個人が大量に生まれ、各地で権力を争った激しい内乱が発生したわ」
拳銃や刀といった武器と異なり、冒険者の力は後で取り上げられるようなものではないのだろう。
今まで力を持たなかった人々が、力を手に入れる。
従来の権力構造に不満を持つ者が現れて当然だ。
「冒険者システムという新たな力は、人類に絶大な恩恵を与えるとともに、混乱も与えました。魔大戦の終戦後に始まった混乱の時代――それが
「混乱期にはこのロデュア島ももちろん戦火に巻き込まれているから、リシュルさんの仲間も、きっとその時に……」
ユズキは視線を落とし、悄然として黙り込んでしまう。
エリザはそんなユズキの横顔を一瞥した後、
「……混乱期は今から9年前の魔法暦990年まで続きました。もちろん、今現在も比較的平和な時代というだけで、螺旋教をはじめとする不穏な因子は数多く潜んでいると思いますが」
「ああ、そうか……。螺旋教は下手すると、魔大戦期や混乱期のような時代を再現してしまうかもしれない。だから各国に強く警戒されているのか」
「そういうことです。リシュルさんのように、混乱期や魔大戦期には悲しい思いをした人があまりにも多すぎました。誰もが二度と、あのような時代を繰り返したくないと思っているのです」
リシュルさんのように、か……。
混乱期が終わるまでの長きに渡る争いの中で、数え切れないほどの悲劇があったのだろう。
リシュルのように恋人や親友を失った人だって、たくさんいるはずだ。
だからこそ、悲しみも絶望もない新世界を目指す螺旋教は、人によっては魅力的に見えてしまうのかもしれない。
――と、俺が思っているその時だった。
森の方から、鈴の鳴る大きな音が聞こえてきたのだ。
「今の音は……!」
「……リシュルさんが魔法道具を使ったのかと。すぐに向かいましょう」
こうして俺たち3人は、ヌルルク大森林へと急いで向かった。
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