第19話 村長の家-4
「こっ、根拠は何かあるのか……?」
「詳しくは話せないんですが……」
と前置きした上で、ユズキは村長の問いに答える。
「螺旋教がモンスターを操り、戦闘に利用しようとしている情報を、私たちは事前に掴んでいたんです」
「……情報源までは明かせない。そういうことかな?」
「はい。でも、根拠はそれだけじゃありません。この村の近くに、発動起点があるんです」
発動起点……!?
今朝にセイクが説明してくれた、破滅螺旋の発動に必要な鍵穴のことだ。
どうしてそれを、ユズキが知って……?
「は、発動起点……? リシュル、お前は知ってるか?」
「いえ、僕も知りませんね……」
「発動起点は、螺旋教の目的――破滅螺旋の発動の、起点となる場所のことです」
そう言ってから、ユズキは少し間をおいて、
「……実は私たちの本当の目的は、その発動起点を封印することなんです」
と言った。
……間違いない。ユズキは封印者だ。
俺は知らずの内に、封印者と出会っていたというわけか。
「……なるほどね。どうして君たちみたいな高レベルの冒険者が、ロデュア島の農村まで来てくれたのかと疑問に思っていたけれど……。ようやく合点がいったよ」
リシュルさんは疑問が解決し、納得した様子だったが。
俺は逆に、疑問が増えてしまった。
俺が発動を阻止しようとしているのは、破滅螺旋。
破滅螺旋を発動しようとしているのが、螺旋教。
破滅螺旋と螺旋教。これらは人々にどれだけ認知されているのだろうか?
俺はそれがわからなかったから、破滅螺旋について話すことは避けてきた。
ごく一部の人にしかわからない情報なら、安易に口に出すと怪しまれてしまうからだ。
けれど村長やリシュルさんの反応を見る限り、少なくとも螺旋教というのは、広く認知されているようだった。
俺は螺旋教が何なのか確認するべく、
「……螺旋教ってのは、一体何なんだ?」
と、聞いてみることにした。
ユズキはこちらを見やり、
「螺旋教っていうのはね、破滅螺旋の発動を目的とする組織のことだよ」
「発動が、目的……。その破滅螺旋が発動されると、どうなるんだ?」
リディアから聞いた限りだと、時が巻き戻るらしいが……。
「破滅螺旋が発動されると、世界の法則が塗り替えられると言われているわ。螺旋教が目指しているのは、新たなる法則に基づく新世界なの」
「新世界……?」
「螺旋教徒いわく、新世界には悲しみも絶望もない。死に別れた者にさえ、また会うことができる」
「死に別れた者にさえって……。死者が蘇るとでもいうのか?」
これにユズキはすぐに答えて、
「いや、死者が蘇るわけじゃないの。新世界はね、望む時を自由に再生し続けられるといわれているわ」
「何……?」
「例えば、人生で一番幸せだった時期があったとして、その時期をいつまでも繰り返すことができるんだって」
……意味がわからないし、そんな世界は想像もできない。
でも、ユズキの言っていることが本当ならば。
破滅螺旋は、ただ時が巻き戻るわけじゃないのか?
……いや、待てよ。
リディアはどこか引っ掛かる言い方をしていたはずだ。
確か、「結果的に世界の時が巻き戻ります」と――。
時が巻き戻るのは、螺旋教の望んだ結果ではないのか?
「そんなこと、とても可能だとは思えないけど……」
「螺旋教の教主はリエルクの民だと言われています。だから可能だと思う人々がいるのです」
と言ったのは、エリザだった。
リエルクの民――。
救世主と見なされる時もあれば、魔王と見なされる時もある存在。
「かつて冒険者システムを作り上げたリエルクの民――キプケテルと同じように、この世界を大きく変えてしまう。そのように人々が思うのも、無理はないってわけさ」
リシュルはそう言って、眼鏡の真ん中を押し上げる。
「……螺旋教の目的は何となくわかったけど、どうしてそれがモンスターを戦闘に利用するだとか、物騒なことに繋がるんだ?」
「戦力を増強し、発動起点の守りを固めるためです。螺旋教は各国で危険視され、排除の対象となっています。だから各国の軍隊にも対抗できるよう、螺旋教は力を求めているわけです」
「排除の対象って……。螺旋教が危険視されるような事件でもあったのか?」
と、俺は続けて質問する。
エリザはあくまで淡々とした口ぶりのまま、答える。
「そもそも螺旋教という名が知れ渡ったのは、1年前にティエミラ大陸東部の大都市ダルトランを、螺旋教と名乗る武装集団が武力で制圧し、
補足するように、ユズキが続ける。
「特に認知もされていなかった邪教集団が、ある日突然、大都市を武力によって支配下に置いてしまった。螺旋教帝国の誕生は各国にとって、それはもう衝撃的な事件だったの」
「……それは危険視されて当然だな」
――螺旋教。
大都市さえ滅ぼしてしまう武力を持った組織、か。
今回の一件にどれだけの螺旋教徒が関わっているのかわからないが、俺は純粋に自分たちの戦力が気になった。
たった数人の戦力で、そんなヤバい集団と戦えるのか?
「今日の魔境蜂討伐作戦に参加するのは、ユズキとエリザ、リシュルさんと俺の4人だけなのか?」
「クリスさんは戦えそうにないし、そうなるだろうね」
リシュルさんは俺をまっすぐに見据えて、
「4人じゃ少なすぎる。ケイトくんはそう言いたいんだね?」
「……はい」
「もちろん僕も、これで充分な戦力とは思わないよ。でも、ユズキさんは天使だ」
「え?」
俺は耳を疑った。
ユズキさんは天使……? それは、比喩的な表現だろうか。
ユズキが天使のように可愛いとか、そういうことを言いたいのか?
「……その反応だと、もしかして天使が何を意味するのか、わからないのかい?」
俺の様子を見て、リシュルさんが察してくれたようだ。
俺は静かに頷いて、
「……はい。そういえば、ユズキたちが俺の魔力量について話している時にも、天使って言葉を聞いたような……」
「一言で言えば、天使は生まれつき多くの魔力を持って生まれた人間のことさ」
「生まれつき、多くの魔力を……?」
「その魔力量は個人差もあるけれど、およそ常人の3倍以上。神に愛されているとしか思えないだろう? ゆえに、天の使い――天使と呼ばれているんだ。とにかく彼女は凄い存在なんだよ」
ユズキを見てみると、恥ずかしげに目を伏せていた。
俺も天使だの何だの言われたら、ユズキと同じような反応をするかもしれない。
「リエルクの民も、生まれつき膨大な魔力を持っているって言ってたけど……」
「リエルクの民と天使。両者は明確に異なります。天使は魔力量が多くても、魔法が使えません。冒険者システムによるスキルというカタチでのみ、魔法の力を扱えるのです」
と、エリザが説明する。
……つまり天使は、あくまで人間の域を出ていない。
単に魔力量が多いだけで、生まれつき特別な力は持っていないわけだ。
人間扱いされてこなかったリエルクの民とは、大違いだ。
「対してリエルクの民は、天使を遥かに超える魔力量のみならず、魔法の行使が可能なのです」
「天使を遥かに超える……。リエルクの民は天使よりももっと凄い存在なんだな」
俺はもう、その程度のことしか言えなかった。
魔力量云々と言われても、具体的なイメージがまったく沸かなかったのだ。
「冒険者がスキルを発動するのに必要な、魔力。それが多い天使は、当然ながら戦闘において圧倒的に有利だ。……どうだい、ケイトくん。ユズキさんがいると頼もしい理由はわかったかい?」
「はい……。でも、俺たちが森の方へ行っている間、村は誰が守るんですか?」
「そうか、ケイトくんはアルラの結界について、まだ聞いていないんだね」
リシュルさんは俺の返事を待つことなく、話を続ける。
「この村は、アルラの結界のおかげで魔境蜂が入ってこないんだ。だから村から出ようとしなければ、少なくとも魔境蜂に襲われることはない」
「そんな強力な結界が、この村に……?」
「より正確には、アルラが村に特別な匂いを充満させているんだ。その匂いは魔境蜂に有毒で、魔境蜂たちは匂いを嫌って避けてしまうわけさ」
虫除けスプレーを村全体に散布しているようなものだろうか。
「アルラウネってモンスターは、そんな匂いが出せるのか……」
「アルラウネはね、魔境蜂と同じで、生息地が――」
とユズキが言いかけた、その時だった。
力強くドアを叩く音が、室内に鳴り響いたのだ。
「村長! オルソン村長!! 中にいますか!?」
外から村長の名を呼ぶ大きな声。
外で何かあったのだろうか?
「なっ、何なんだ、一体……!? 悪いが、ちょっと外へ行ってくる……!」
村長は何事かと慌てた様子で、玄関へと向かう。
「……僕たちも行った方が良さそうだ」
作戦会議を中断し、俺たちは外へ出る。
村長の家の前には、5人の村人が酷く狼狽した様子で立っていた。
村長はさっそく村人に話しかけ、
「おっ、おい、どうしたんだ!? 何かあったのか?」
「村長! あっ、あれを見てください……!」
「あれ?」
次の瞬間、村長は目を丸くして驚いた。
村長は一体、何を見たのか。
俺は村長と村人たちの視線の先を追ってみる。
「……………………煙?」
見えるのは、深々とした緑に染まったヌルルクの大森林。
そこから、一筋の煙が上がっているところだった。
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