第18話 村長の家-3

 しばらくして、リシュルさんとユズキが戻ってきた。

 

「あの、クリスさんは……?」


「疲れたのか、奥の部屋で眠ってしまったよ。起きたらアンナちゃんの家まで送ってあげないといけないね」


 そういえば、クリスさんは昨晩もアンナの家にいた。

 あれは一時的に泊めていたわけじゃなかったのか。


「さて、クリスさんにはだいぶ無理をさせてしまったけれど、彼女のおかげでわかったことがいくつかあるね」


「わかったこと?」


「ああ。まず君がクリスさんを救ったこと。それを彼女の口から直接聞いて、僕は君を信用することに決めたよ。魔境蜂を倒せる力を持っているのも、間違いなさそうだしね」


 村長は穏やかな笑みを浮かべて、


「リシュルが信用すると言うのなら、私も信用しないわけにはいかないな。身分の証明できない冒険者は受け入れないのが基本方針だが、君は特別に認めよう」


「あっ、ありがとうございます!」


 リシュルさんと村長から信用を得られたのは嬉しく思うが、俺は素直に喜べなかった。

 昨晩リシュルさんに会っていれば、物置小屋行きを避けられたんじゃないかと思ってしまったのだ。

 

 リシュルさんはラース村出身で、高レベルの冒険者。

 

 ユズキとエリザも高レベルの冒険者だが、この村出身ではない。元から村人たちと面識のあったリシュルさんとの影響力の差は歴然だ。

 

 このラース村において、リシュルさんの影響力が強いのも当然だった。


「こちらにも事情があったとはいえ、物置小屋に泊めてしまったんだ。お詫びも含めて、今晩はこの家に泊まったらどうかな?」


「物置小屋……!? 村長、ケイトくんをそんなところに泊めたんですか?」


 リシュルさんが驚きの声を上げる。

 アンナと同様、あの物置小屋を知っている者の反応だ。


「あ、ああ……。いやぁ、アルラに強く言われたものでな……」


「まったく……。僕も昨日、アンナちゃんの家に残っていた方が良かったみたいだね。そうすれば、ケイトくんを僕の家に泊めることもできただろうに」


「……………………」


 昨日の俺の苦労は一体……。

 

「そういえば、昨晩リシュルさんは何をしていたんですか?」


 と質問したのはユズキだった。

 リシュルさんは少し声のトーンを落として答える。

 

「昨日の夜、ケイトくんがアンナちゃんの家で目を覚ました頃、僕と村長はここで村の食糧事情について話していたんだ」


「村の食糧事情、ですか?」


「ユズキさんも知っての通り、この村はアルラの結界のおかげで魔境蜂に襲撃されずに済んでいる。村にある畑や家畜が無事な以上、食料は問題ない。……と、言いたいところだったんだけどね」

 

 少々気落ちした面持ちで、リシュルさんは続ける。

 

「この村の食糧生産は、ヌルルクの大森林の資源に依存したものなんだ。魔境蜂が棲み着いて森へ行けないとなると、食料の生産量は……」


「減っていく。そういうことですか」


「ああ、そうさ。今はまだ備蓄に余裕があるけど、この状況が長く続けば……」


「……だから、私たちが魔境蜂討伐作戦を早く行うことに肯定的だったんですね」


 ユズキは昨日、今日中にすべてを終わらせると話していた。

 短期間で決着をつけようとするユズキたちの姿勢は、一日でも早く魔境蜂から森を取り戻したい村にとっても、メリットしかないわけか。

 

「そういうわけさ。ユズキさんとエリザさんは、魔境蜂の巣がある場所を直接見に行ったんだったね?」


 リシュルさんの問いにエリザが頷いて、

 

「はい。森の東側――ちょうどガザン山の麓辺りに、魔境蜂の巣があると思われる洞穴を見つけました。何やら遺跡のような場所でしたが……」


 これには村長が答え、

 

「あれは大昔の神殿だよ。数百年前に起きた大地震で崩壊し、あのままになっていると、私は祖父から聞いているな」


「巣の場所については問題なさそうだね。問題なのは――」


「ヌルルクの大森林に魔境蜂を持ち込んだ元凶について、ですよね」


 と言ったのは、ユズキだった。

 

「持ち込んだ元凶?」


「昨晩ケイトにも話した通り、巨竜の森に異変があったという話は聞いていない。仮に異変があったとしても、遠く離れた巨竜の森から、魔境蜂が海を渡ってこの場所まで来るとは思えないの」


「そうだね。まず間違いなく、巨竜の森に近い村から先に魔境蜂の被害を受けるはずだ」

 

 リシュルさんはそのまま続けて、

 

「だから僕も、誰かが魔境蜂をヌルルクの大森林に持ち込んだと考えている。そこで、さっきのクリスさんの発言だ」


「クリスさんの発言って……」


「銀髪の男の操る魔境蜂に殺された。彼女は確かにそう言っていましたね」


 と、エリザが言った。

 ……改めて考えてみると、クリスさんはとても重要なことを言っていたのか。


「十中八九、その銀髪の男が元凶で間違いないわ。何らかの方法で魔境蜂を操ることが可能なら、この森に魔境蜂を連れてくることも不可能じゃない」

 

「……つまりクリスさんは、魔境蜂をこの森に持ち込んだ元凶と遭遇したのか!」


「そうなるね。魔境蜂を操る人物は確かに存在し、クリスさんはその人物と出会った」


 話についていけなくなったのか、村長は慌てた様子で、

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ、みんな。この村が魔境蜂に襲われているのは、人為的なものだって言いたいのか!? 私は恨みを買うようなことは……」


「村長さん。これはラース村に恨みがあるとか、そういうのじゃありませんよ」


 と、ユズキは断言する。

 

「……元凶に、何か心当たりがあるのかな?」

 

 リシュルは丁寧な物腰でユズキに問う。

 ユズキは神妙な顔をして、エリザと顔を見合わせた後、言った。


「……螺旋教。今回の一件には間違いなく、螺旋教が関わっています」


「なんだって……!?」


 ユズキの発言を聞き、村長とリシュルは同時に驚きの声を上げた。

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