第17話 村長の家-2
「さて、さっそく話を――」
「村長。その前に少しいいですか?」
「うん? どうしたんだい、リシュル」
「まだケイトくんには自己紹介をちゃんとしていなくてね。それとも、二人から僕のことは聞いているのかい?」
「いえ……」
「だったら、僕が一体何者なのかを大雑把に話しておこう。これから一緒に戦う仲間なわけだからね」
……これから一緒に戦う仲間、か。
つまりはこのリシュルという男性も、魔境蜂討伐作戦に参加するというわけだ。
「まず僕は、このラース村出身なんだ。10年ほど前からはロデュア島を離れ、ティエミラ大陸を中心に活動しているけどね」
「じゃあ、今回この村に戻ってきたのは……」
「たまたまロデュア島に戻っていた時、魔境蜂討伐の依頼がラース村から出されているのを見かけてね。故郷がモンスターに襲われていると知って、驚いたよ」
リシュルは付け加えるように、
「ああ、もちろんただ故郷を救いたい気持ちだけで戻ってきたんじゃないよ。僕のレベルなら魔境蜂を倒せると判断したから、魔境蜂討伐の依頼を受けたんだ」
エリザは昨日、魔境蜂は高レベルの冒険者じゃないと討伐できないと言っていた。
となると、リシュルは高レベルの冒険者ということになるのか。
「とまあ、僕についてこれくらいでいいかな。今度は君について聞かせてもらうよ。村長から少しは話を聞いているけど、本人からも聞いておかないとね」
「俺は――」
昨夜アルラの前で話したことを、俺は再び話し始める。
俺だけでは説明できないところは、ユズキとエリザが補足してくれた。
ちなみにアルラの占い結果については、話がこじれそうなので黙っておくことにした。
「……なるほどね。天使を超える魔力を持ちながら、レベルも不明で職業も選ばれていない、か……」
話を聞き終えたリシュルさんは、顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。
「……もしかして彼は、本来の魔法使い――リエルクの民なのかな」
本来の魔法使い?
リエルクの民?
確か、リエルクの民って単語は昨日もエリザが言っていたような……。
「いえ、それは違うみたいなんです。あくまで職業未選択の冒険者みたいで……」
「……なあ、ユズキ。リエルクの民ってのは一体何なんだ?」
「えっ? ……そっか、ケイトはリエルクの民について知らないんだよね」
ユズキは俺の方へ向き直り、
「リエルクの民はね、冒険者システムを通さなくても魔法の力を扱うことのできる存在のことだよ」
「冒険者システムを通さなくても?」
「本来、人間は魔法の力を扱えないの。冒険者システムが実装されたことで、私たち人間は魔法の力を、スキルというカタチで行使できるようになったんだよ」
だからリシュルさんは、本来の魔法使いなんて言い方をしたのか。
今はユズキやエリザにも、冒険者システムとやらのおかげで魔法の力を扱えるが、元々魔法はリエルクの民だけのものだった。そういうことか。
でもそうなると、リエルクの民とは一体どんな存在なんだ?
人間にそっくりな見た目をした、人間とは異なる生物なのか?
「じゃあ、リエルクの民ってのは人間じゃないのか?」
「いや、リエルクの民は人間だよ」
俺の疑問に答えたのはリシュルだった。
「リエルクの民は紛れもなく、人と人との間に生まれる。しかし普通の人間とは異なり、生まれつき膨大な魔力と、魔法の行使を可能とする経路を持っているんだ」
「えっと、つまりリエルクの民は、特別な力を持って生まれた人間ってことでいいのか?」
「うん、簡単に言うとそういうことになるね」
リシュルさんはそのまま続けて、
「だから便宜上、リエルクの民は人間であっても、人間として扱われてこなかったんだ。まるで、人型のモンスターのように扱われてきたというわけさ」
「……人々にとって都合のいいリエルクの民は、賢者や預言者、救世主などと呼ばれることもありましたが……」
「人々に害をもたらすリエルクの民は、悪魔や魔人、魔王などと呼ばれて恐れられていたの。……だいぶざっくりとした説明だけど、わかったかな?」
ユズキの言葉に俺は即座に頷いて、
「ああ、だいたいわかったよ。ありがとう」
「しかしこうなると、ケイトくんが魔境蜂を倒した力の正体が気になるね。固有スキルという線が濃厚だけど……」
と言ったのはリシュルさんだった。
昨日俺は、アルラから「正体不明の謎多き危険人物」だなんて言われてしまったが……。
リシュルさんもやはり、現状では俺のことをそのように思っているのだろうか。
「ケイトくんは今日、魔境蜂討伐に参加するんだろう?」
「はい、参加します」
「ならその時に、君の力を見せてもらおうかな。エリザさんとユズキさんも、まだケイトくんの力を見ていないんだったね?」
ユズキはこれに答えて、
「はい。……もしかしたら、クリスさんなら――」
ユズキの一言で、みんなは部屋の隅に立つクリスさんに視線を向ける。
クリスさんは一瞬びくっと身を震わせて、
「あっ、あのっ、昨日は助けてくれてありがとうございました……!」
と慌てたように感謝の言葉を告げた。
「えっと、どういたしまして……」
「その、助けてくれなかったら私、今頃、あっ、あいつらに、殺されて……」
所々言葉を詰まらせながら、クリスさんは震えた声で話していた。
そんな彼女に対し、リシュルさんが問う。
「クリスさん。君は昨日、ケイトくんが魔境蜂を倒すところを見ていたのかな?」
クリスさんは首を横に振り、
「いっ、いえ……! あの時は気を失っていて……。でっ、でも、気を失うまでのことは覚えているわ。私は魔境蜂から逃げている途中、彼に出会ったのよ」
「……なるほど。それならケイトくん以外の誰かが魔境蜂を倒したとは考え難いね」
「私たちも昨日の夕方、森を調査したのですが……。ケイトさんとクリスさん以外、辺りに人はいないようでした。あったのは……」
と言いかけたところで、エリザは黙り込んでしまう。
その沈黙に何かを察したのか、クリスさんが目を大きく見開いて、
「みんなあの場所で殺された……。銀髪の男の操る魔境蜂に殺された! マキも、アッシュも、ティーダもみんな、魔境蜂に肉を食い千切られて殺された……!!」
今にも泣き叫び出しそうな声音で、クリスさんは続ける。
「き、きっと……バチが当たったんだわ! 私たちはこの村を救うことよりも、魔境蜂を狩ることに心を奪われていた。本来なら一生出会えるかわからないレアモンスターを狩れると聞いて、目が眩んでいたのよ!」
クリスさんはすっかり正気を失っていた。
恐怖に染まった顔を歪ませ、頭を抱え込みながら、
「わっ、私も、殺される……! あの大きくて恐ろしい、やつらの顎で、噛み千切られて殺される……! 死にたくない死にたくない死にたくない……!!」
クリスさんは昨日と同じように、身を震わせながらその場でうずくまってしまった。
ユズキはしゃがみ込んで、震えるクリスの背中を優しく擦る。
「……彼女にはゆっくり休んでもらった方が良さそうだね」
リシュルさんはそう言って、ユズキと一緒にクリスさんを別室へと連れて行く。
……そうか。クリスさんは昨日、目の前で仲間を魔境蜂に殺されて――。
相当つらいだろうに、気力を振り絞って作戦会議に参加してくれたんだ。
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