第15話  物置小屋-2

『もしかして、僕のことを忘れて――』


「いや、覚えているよ。セイク、だろ……?」


 セイクの姿は相変わらず薄ぼんやりとしていて、その声も頭の中から響いてくるようだった。

 

 寝る前には小屋の中にいなかったので、つい声を上げて驚いてしまったが――。

 

 俺はリディアの言葉を思い出す。

 守護者は3人の中から毎日1人、ランダムで召喚される。

 つまり、昨日に続いて今日もセイクが召喚された。そういうことになるのか?

 

「……昨日はその、セイクのおかげで助かったよ。ありがとう」


『礼はいらないよ。僕は守護者として当然のことをしたまでさ』


 俺は起き上がり、セイクと向き合う。


「そういえば、どうして昨夜は途中から姿を見せなくなったんだ?」


『ソウルトレースを使用した君は、魔力をかなり消費してしまった。僕は君の魔力をエネルギー源としているから、君の魔力に余裕がなくなると……』


「今みたいに話したり、姿を見せることができなくなるのか」


『そういうことさ』


 となると、俺の魔力とやらは一晩寝たことですっかり回復したのか。

 

 ……話を聞く限り、間違いなくセイクは色々なことを知っていそうだ。

 こうやって会話できる今のうちに、聞けることは聞き出しておこう。

 

「……昨日はゆっくり話せるような状況じゃなかったけど、今は違う。さっそくだけど、セイクに聞きたいことがあるんだ」


『何かな?』


「セイクは……。守護者は一体、何者なんだ?」


 俺の問いに対し、セイクは心苦しそうな表情を浮かべて、

 

『……申し訳ないけど、その問いには答えられない』


「それは、答えられない事情があるってことか? リディアも似たようなことを言ってたけど……」


『そうだね。僕が改変前に関わる重要な話をすると、改変後のこの世界に不具合が起きかねないんだ。どうか、許して欲しい』


「事情があるのなら、無理に聞こうとは思わないよ」


 セイクがこのように答えることは予想できていた。

 守護者がリディアの関係者なら、リディアと同じ事情を持っている可能性は高いからだ。

 

 だから俺は、すぐに質問を切り替える。

 

「じゃあさ、破滅螺旋について教えてくれないか? リディアが言うには、俺はその発動を阻止しなきゃいけないんだろ? 色々と疑問はあるけど、他に目的も何もない以上、とりあえずはリディアの言う通りにしようと思うんだ」


『だったら君が今一番知りたいのは、どうすれば破滅螺旋を阻止できるのか、ということになるのかな』


 俺は即座に頷いて、

 

「ああ、そうだ。リディアは破滅螺旋が今夜発動されると言っていた。つまり俺に残されたタイムリミットは、一日を切っている。それなのに、発動を阻止する方法ついて、俺は何も知らされていないんだ」


『……リディアは随分説明を省いていたみたいだね。わかった、順を追って説明するよ』


 セイクは一瞬だけ視線を落とした後、再びこちらをまっすぐに見据えて続ける。


『そもそも破滅螺旋はどのような条件の下、発動されるのか』


「条件……? どこでも好きな時に発動できるわけじゃないのか?」


 セイクは頷いて肯定の意を表し、


『破滅螺旋の発動には、発動者と発動起点が必要なんだ』


「発動者と発動起点……?」


『例えるならば、発動者は鍵。発動起点は鍵穴かな。満月の夜、それら両方が揃っている時に初めて、破滅螺旋は発動される』


「じゃあ、どちらかを機能しなくさせれば……」


『破滅螺旋の発動は阻止できるね』


 鍵と鍵穴。確かに片方だけあっても、意味はない。


「ってことは、俺は発動者と発動起点を見つけ出し、両方が揃わないようにすればいいのか?」


『いや、話はそこまで単純じゃないんだ。確かに発動者を発動起点から遠ざければ、ひとまず今夜の発動は阻止できる』


「……今夜の?」


 その言い方は、まるで……。

 

『だけど発動起点それ自体を封印しない限り、今日から1年後に発動者さえ補充されていれば、また破滅螺旋が発動されるんだ』


「補充って、発動者はいくらでも替えがきくのか?」


『発動者は発動の鍵を埋め込まれた存在だ。その鍵を作る存在――つまりは黒幕が生きている限りは、発動者の替えはきくだろうね』


 要は、鍵にはいくらでもスペアがあるから、鍵穴の方を使えなくする必要があるってことか。


「でも、今夜発動を阻止してしまえば、とりあえず1年間は破滅螺旋は発動されなくなるんだろ? だったらそれで――」


『それじゃ駄目なんだよ、ケイト。今のうちに封印しなければ、手がつけられなくなる。敵は現在進行系で戦力を増やしつつあるんだ』


「じゃあ、1年以内に破滅螺旋の発動を目論む黒幕を倒せばいいんじゃないか? 発動者を生み出す大元を断てば――」


 セイクはすかさず反論し、

 

『黒幕の居場所を突き止めることは、極めて困難だ。なぜなら黒幕は、表舞台に出てこようとしないからね。黒幕は別に、破滅螺旋の発動を急いでいない。いくら発動を一時的に阻止されたところで、1年後、2年後と次のチャンスを狙い続けるだろう』


「でも、黒幕もいつか倒す必要があるんだろ?」


『もちろん。だから黒幕を表舞台に引きずり出すためにも、発動起点を封印する必要があるんだ』


 どうやら根本的な解決を目指す上で、発動起点の封印は避けられないらしい。


「発動起点は発動者みたいに補充できるわけじゃないのか?」


『僕も詳しくは知らないけど、様々な地理的要件を満たす場所にのみ、発動起点は作られるらしいんだ。つまり、発動起点の数には限りがあるし、場所もある程度は特定されている』


「なるほどな……。確かにそれだと、発動起点が封印されるのは黒幕にとって無視できることじゃないな」


 セイクの説明により、破滅螺旋が発動される条件がわかった。

 そしてただ発動を阻止するだけじゃなく、発動起点を封印する必要があることも理解した。

 

「……ところで、その封印ってのはどうやってやるんだ?」


『発動起点の封印は、君にはできない。封印が可能なのは封印者なんだ』


「封印者……?」


 確か、リディアもそんな単語を言っていた。

 破滅螺旋の発動を阻止するのに、封印者と守護者の協力が必要だとか……。

 

『満月の夜、封印者が発動起点で封印魔法を発動する。そうすることで、発動起点は封印されるんだ』


「だったら俺は、遅くても夜までには封印者と発動起点を探さなきゃいけないのか? 手がかりも何もないぞ……?」


 その上、俺は魔境蜂討伐の協力をすると約束しているんだ。

 とてもじゃないが、今夜に発動起点を封印できる気がしない。


『大丈夫さ。そこは心配しなくていい』


「え……?」


『君はきっと、封印者と巡り会える。いや、もしかすると既に――』


 その時、扉を叩く音が耳に入った。

 

「ケイト、起きてる? 開けてもいいかな?」


 扉越しに聞こえる声は、ユズキの声だった。

 扉を叩いていたのは、どうやらユズキのようだ。


『仲間が来たようだね』


「……そういやまだ、誰にもセイクのことを説明していないんだけど……」


 俺は外にいるユズキに聞こえないよう、小声で話す。

 対してセイクは、声のボリュームを下げることもせず、

 

『ああ、君に説明し忘れていたけど、僕の存在はケイト以外に感知できないよ』


「えっ」


『君以外には僕の姿は見えないし、声だって聞こえない。守護者はどこまでも君を中心とした存在なんだ』


「……じゃあ、今みたいに俺がセイクと会話しているところも、他人から見たら俺が独り言を言っているようにしか――」


 と言いかけたところで、扉がゆっくりと開かれる。

 

「返事がないから開けちゃったけど……。もう起きてるみたいだね」


 扉を開けて姿を現したのは、ユズキとエリザの二人だった。

 二人は眩しい朝の光を背に受け、物置小屋の入り口に立っている。


「えっと……」


 セイクの姿は俺にしか見えない。

 セイクの声は俺にしか聞こえない。

 

 セイクはそのように言っていたけど――。

 

「お、おはよう……」


「うん、おはよう。……もしかして、まだ寝足りなかった?」


「いや、そんなことはないよ。ただ、さっきまで寝ていて……」


「そっか、そうだったんだ」


 内心ドキドキとしながら、俺はユズキとエリザの様子を見てみる。

 今現在もセイクは俺の隣に立っているのだが、二人ともセイクに反応を示す気配はまるでない。

 

 セイクの言っていた通り、俺以外にはセイクの姿が見えていないようだった。

 

『僕の姿が見えていると気が散るだろうし、しばらく姿を消そうと思うけど……』


 セイクが話しかけてくるが、これにも二人は反応しない。

 俺にしか聞こえない声というのは、何とも不思議なものだった。

 

『姿を消す前に一つ言っておくと、ケイトは声を出さなくても、念じることで僕と会話が可能だよ。魔力は少し消費してしまうけどね』


 ……にわかには信じ難いが、それが本当なら独り言と間違えられる事態は避けられそうだ。

 

「……ケイトさん?」


「えっ?」


「いえ、どこか上の空のようでしたので」


「ああ、ごめん……。寝起きでまだ頭がボケてるみたいだ」


 俺がエリザと話している途中に、セイクはその姿を消していた。

 結局、封印者と発動起点の手がかりはわからなかったが……。

 

「体調は大丈夫かな? これから村長の家まで歩くことになるんだけど……」


 とりあえず、今はこの二人と共に行動しよう。

 単独行動するよりは、多くの情報が得られるに違いない。

 

「村長の家?」


「昨日ケイトは挨拶できなかったでしょ? それに、村長の家で魔境蜂討伐の作戦会議もする予定だからね」


「作戦会議、か……」


「約束の時間まではまだ余裕があるけど、ここからだとそれなりに距離があるの。もう出発しよっか?」


 こうして俺は、村長の家へ向かうことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る