第14話 物置小屋-1
「ここに魔境蜂がいるってことは、巨竜の森が……」
「いえ、巨竜の森に異変があったという話は聞いていません。これは恐らく、何者かが魔境蜂を捕獲し、ヌルルクの大森林に連れ込んだのでしょう」
「……それって、かなり不味いことなんじゃないか?」
生態系が崩れるのはもちろんのこと、人間だって被害を受けるに違いない。
「ええ、この村の住人だけでも既に6人の犠牲者が出ています」
「魔境蜂を討伐しに来た人も含めると、今日までに16人が犠牲になっているの」
「16人……!?」
それだけの数が、あの蜂に殺されて――。
「ラース村の村長は、冒険者協会を通じて魔境蜂討伐の依頼を出しているんだけど……」
「依頼書が掲示されているのは、政治的な理由もあって、ロデュア島内の冒険者協会のみなのです」
「……? それが何か良くないのか?」
エリザは俺の疑問に答えて、
「魔境蜂は高レベルの冒険者でなければ討伐できません。しかしこの辺りは、高レベルの冒険者が来るような狩場のない地域です」
「そもそも、ロデュア島自体に高レベルの冒険者がほとんど活動していないの。だからロデュア島内だけに依頼書が提示されていても……」
「魔境蜂を倒せる冒険者が集まりにくい。そういうことか」
しかし、だからといってこのままでは、犠牲者が増える一方だろう。
「その、村が被害を受けているならさ、国とか……軍は動かないのか?」
この地域の政治体制はよくわからないが、事の重大さを考えると、軍隊などが動いてもおかしくない。
「ロデュア島全域はリライゼル王国が治めているから、動くとしたらリライゼル王国軍なんだけど……」
「今現在、リライゼル王国の王都では、反乱軍や犯罪組織の動きが活発化しています。そのため、軍もその対応に人手を割いていて……」
「軍をここまで連れて来られるような状況じゃないみたいなの」
「そんな……!」
要はこの村に住む人々の命は、国に軽視されているということだ。
もちろん、国にとっては王都内の反乱鎮圧の方が優先すべきなのはわかるが……。
事態を軽く見すぎじゃないか?
それとも、他に何か理由があるのか?
「もちろん王都だけじゃなく、この地域にもリライゼル王国軍の兵士はいるし、何人か村を救うために戦ってくれたらしいけど……」
「魔境蜂を倒せるほどのレベルはなく、殺されてしまったそうです」
「……酷い話だな。つまりエリザとユズキは、これ以上犠牲を出さないために魔境蜂を討伐するべく、この村へ来たってわけか」
2人は一瞬だけ視線を交わした後、
「……うん。実はね、魔境蜂の巣の場所はもう特定しているの。だから明日、絶対にすべてを終わらせるわ」
「明日、か……」
「占いの件もあるので強要はしませんが、私たちはあなたに協力してもらいたいと思っています。協力してくれますか?」
願ってもない申し出だった。
確かに危険は伴うが、この2人と協力関係を結べるのは大きな前進だ。
魔境蜂を倒しに来たからには、この2人はきっと強いのだから。
「もちろんだ。むしろ、俺から頼みたいくらいだよ。君たち二人と一緒に行動した方が、アルラの占いの結果は覆せそうだ」
「……ありがとうございます」
「ところで2人は、アルラに占ってもらったのか?」
これにはユズキがすぐに答えて、
「私もエリザも、占ってもらってないよ。もし嫌な未来を告げられた時、絶望したくないからね」
「……まあ、下手に不安を煽られると、嫌だよな」
俺はそう言いながらも、2人の表情がどこか暗い陰りを見せたのを見逃さなかった。
その後、しばらく会話は途切れ。
足に疲労を感じながらも、歩き続けること十数分。
「あっ、物置小屋が見えてきたわ」
「あれか……」
ようやく俺は、物置小屋に辿り着いた。
「では、明日はよろしくお願いします」
「明日の朝にまたここへ来るから、待っていてね」
「ああ、わかった。今日は色々と、ありがとう」
2人と別れ、俺はさっそく物置小屋へ入ることにする。
外観は暗くてハッキリはわからないが、小さな廃屋のようだった。
木造で、窓がなく、簡単に蹴破れそうな頼りない扉が真正面に付いている。
「……うっ」
扉を開けると、中から鼻を突く黴臭い空気が漂ってきた。
天井から垂れ下がっている豆電球のような照明具に触れると、橙色の光が灯って小屋の中が明るくなる。
中は物置小屋と言う割には物が少なく、農作業に用いる農具がいくつか乱雑に置かれているだけだった。
「確かにアンナの言う通り、客を泊めるような場所じゃないけど……」
狭くはあるが、俺一人が横になるには充分な広さだ。
俺は木箱の上にかけてあった布切れを裏返しにして床に敷き、その上で寝ることにする。
……色々と考えなきゃいけないことはあるが、今はとにかく早く眠りたい。
先ほどから体がずっしりと重く、頭もうまく働かないのだ。
自分の思っている以上に、俺は疲れているようだった。
小屋の中の黴臭い匂いや、積もった埃がまったく気にならないわけじゃないが、強烈な疲労感の前ではたいした問題ではなく。
横になってすぐに、俺は眠りについた。
そして、翌朝。
目を覚ましてすぐに俺の視界に映り込んだのは、
「…………いっ!?」
『おはよう、ケイト』
黒い鎧を身にまとう、銀髪の青年――。
昨日俺に力を貸してくれた、守護者セイクの姿だった。
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