第13話 夜道
「……物置小屋に泊めさせてもらうよ」
今はこう言うしかないだろう。
アルラも俺を村自体には受け入れると譲歩したんだ。俺だって譲歩するしかない。
「決まりですね。では物置小屋への案内は……」
「物置小屋って、ここから北にある小屋のことね?」
「はい、そうです。……どうやらユズキは物置小屋の場所がわかるようですね。では道案内は、ユズキとエリザにお任せしましょうか」
こうして俺は、ユズキとエリザに付き添われて物置小屋へ向かうことになった。
道中、時折見かける茅葺き屋根の民家には明かりが灯っておらず、月明かりだけが夜道を照らしていた。
「……………………」
……まさか、こんな暗い夜道を歩くことになるとはな。
もし暗闇の中から夕方に見たような巨大蜂が襲いかかってきたらと思うと、恐ろしくて足が震えそうになる。
一人でこんな夜道を歩くなんて、絶対に無理だっただろう。
だからこそ今は、前を歩く2人の少女が頼もしくて仕方がない。
我ながら情けないと思うが、何かあったら俺は間違いなく、2人の背中にしがみつくだろう。
気を紛らわせるために、俺はふと夜空を見上げた。
夜空に浮かぶ月は一見満月のように見えるが、あれは待宵月だろう。
別に、形を見て判断したわけじゃない。リディアの言葉を真に受けるならば、満月の夜は明日だからだ。
「……あの、あまり助けになれなくて、本当にごめんね」
「え?」
後ろを振り向いたユズキにいきなり謝られ、俺は思わず立ち止まる。
見てみると、ユズキとエリザは2人とも申し訳なさそうな顔をしていた。
「可能なら、私たちが貸してもらっている家に泊めてあげたいんだけど……」
「それは仕方ないよ。ユズキが謝るようなことじゃない」
2人は村の人間じゃない。村人でもない2人が、俺の宿泊場所についての決定権など持っているわけがないのだ。
「実は私たちも今日の昼にこの村へ来たばかりで……。まだ大きな成果も出してないから、発言力もゼロに等しいの」
「私たちにもっと影響力があれば、あなたの待遇を良くすることも可能だったはずなのですが……」
「いや、ここまで怪しい俺なんかのために、そこまで考えてくれるだけで充分だよ」
本心から出た言葉だった。
何も思い出せず、右も左も分からない状況の中。自分の助けになろうとしてくれる人がいるという事実。
それはとても心強く、間違いなく俺の支えになっていた。
「むしろ、どうしてこんなに親切にしてくれるのか、疑問に思うくらいだ」
「放っておけないって、思ったから」
と、ユズキは言った。
ユズキは夜空を眺めながら、続ける。
「それにね、話を聞けば聞くほど、私には君が嘘をついているように思えなかったの」
「話を聞けば聞くほど?」
「うん。だって、冒険者システムを知らないとか、そういう嘘をつく理由が思い浮かばないんだもの。何より、エリザが信じるって言ったのが決定的かな」
「……エリザはその、どうして俺を信じようと思ってくれたんだ?」
エリザはまっすぐに俺を見つめて答える。
「質問に質問を返してしまうようですが、あなたは最初、私があなたの言葉を信じると思っていましたか?」
「……いや、思わなかったよ。だから君が信じてもいいって言ってくれた時、とても嬉しかったんだ」
「つまり、そういうことです」
「……え?」
そういうことって、どういうことだ……?
俺はエリザの言っている言葉の意味がよくわからなかった。
そんな俺の様子を見て、エリザは言葉が足りなかったことに気づいたのか、
「あなたは自分の言葉を信じてもらえると思っていなかった。それはあの時のあなたの様子を見ていれば一目瞭然です。とても不安げで、自信がなく、本当に困惑しているようでしたので」
「……………………」
俺はあの時、エリザからそのように見えていたのか。
「そんなあなたは、私が信じると言った時、心の底から驚いたような顔を見せました。安心するのではなく、驚いたのです。それが何よりもの証拠ですよ」
「……つまり君は、俺の反応を見て俺が信じられるかどうかを判断したのか」
「そうなりますね」
だからあの時、エリザは俺の言葉を信じると言ってくれたのか。
あの時の発言に、まさかそのような意図が隠されていたとは……。
俺は改めて、下手な嘘をつこうとしなくて良かったなと思う。
「……試すようなことをして、申し訳ありません」
「どうしてエリザが謝るんだ? 俺はエリザに感謝したいくらいだっていうのに」
「それは、なぜですか?」
「だって、そうだろ。エリザが試してくれたおかげで、俺はエリザに信じてもらえたんだ。エリザに謝罪される理由なんて、どこにもないよ」
俺はユズキとエリザのことをほとんど知らない。
何せ、2人と出会ってからまだ数時間しか経過していないのだ。
それでも俺は、この2人は信頼できる人物だと思い始めていた。
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが……」
「それより、少し聞きたいことがあるんだが――」
俺は少々強引に話題を変える。
物置小屋に着く前に、この2人から少しでも情報を得ておきたかったからだ。
「魔境蜂ってのは、一体何なんだ? 2人はそれを退治しに来たって言っていたけど……」
「魔境蜂は、高レベルの虫系モンスターです」
俺は2人と横並びになり、歩きながら話を聞く。
「本来、魔境か巨竜の森にしか生息していない危険なモンスターなのですが……」
「魔境と巨竜の森ってのは……?」
「ティエミラ大陸の西の果てにあるのが魔境です。冒険者システムが実装され、人類の戦闘能力が格段に向上してもなお、攻略不可とされる領域……」
ユズキはエリザの言葉に付け足すように、
「魔境はね、単にレベルが高ければ攻略できる場所ではないみたいなの。人間が活動するにはあまりにも過酷な環境で、そんな環境下に生息しているモンスターも理不尽なまでに凶悪な強さを誇っている。魔境は、この世界に唯一残された人類未踏の地とも言われているわ」
……そんな場所にあの巨大な蜂たちは生息しているのか。
守護者の力がなかったら、俺は間違いなく殺されていただろう。
「そしてその魔境の入り口となる場所が、巨竜の森です。名前の通り、ドラゴン系モンスターの生息する森なのですが、ノイリア教国の許可がなければ森へは入れません。許可なしに入ると死罪は免れませんね」
「死罪って……。どうして許可がなければ巨竜の森には入れないんだ?」
「巨竜の森はいわば、魔境に対する防波堤のようなもの。巨竜の森に住むドラゴンが、魔境に住む危険なモンスターの生息域を魔境内に留めているのです」
ドラゴンがその数を減らしてしまうと、巨竜の森は防波堤の役割を担えなくなる。
つまり――。
「ドラゴンのおかげで、魔境の危険なモンスターが人間の住む領域まで来ない。だからドラゴンを保護すべく、巨竜の森への立ち入りを許可制にしている。そういうことか」
「はい、そうです」
「……ちょっと待ってくれ。じゃあ、今俺たちがいるのは?」
「この村はラース村といいます。そしてあなたが倒れていた森はヌルルクの大森林です。魔境のあるティエミラ大陸西部からは遠く離れた、ロデュア島の農村地帯ですね」
ここは魔境でも巨竜の森でもない。
ならば魔境蜂は、どうしてここに……?
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