第11話 アルラウネ-3

「殺されるって、どうして俺が……!」


「詳細まではわかりませんよ。それに、これはあくまで現時点において一番可能性の高い未来というだけです」


 アルラは淡々とした口ぶりで説明する。

 人に明日死にますと言っておきながら、その表情は感情に乏しいものだった。

 

「例えば、私の占いであなたが溺れて死ぬとの結果が出たとします。その場合、あなたは溺れそうな場所から遠ざかっていれば、溺死する結果を容易に変えることが可能なわけです」


「……つまり、俺が明日死ぬって未来は確定されておらず、どうにでも変えられる未来ってわけだな」


「その理解で合っています。なので、あなたは明日、ずっと安全な場所に隠れていたり、いまだかつてないほどに周囲を警戒しまくれば、死なないかもしれません」


 そんな安全な場所、果たしてどこかにあるのだろうか?

 いやそもそも、リディアは言っていたじゃないか。

 

 明日、満月の夜に破滅螺旋が発動される――。

 

 破滅螺旋とやらが、俺の死と無関係とは思えなかった。

 なぜなら俺は、リディアに破滅螺旋の発動を阻止するよう頼まれているからだ。

 もしかすると発動の阻止には、死の危険が伴うのかもしれない。

 

 だったらそんな危険なことに首を突っ込まず、己の生存を優先するか?

 

 ……いや、それは駄目だろう。

 破滅螺旋が発動されると時が巻き戻るのなら、たとえ明日の夜に安全な場所で生きながらえても、また振り出しに戻ってしまう。

 

 この目で守護者の存在を見た以上、リディアの言葉を信じないわけにもいかない。

 ここはやはり、破滅螺旋を阻止するしかないか……。


「いきなり明日死ぬだなんて言われてショックを受けているところ悪いですが、話を先に進ませてもらいます。……何か、思い出しましたか?」


「それは……」


 思い出せないどころか、占いの結果は俺への警戒心を高めるようなものだった。

 明日誰かに殺されるかもしれない人を、自分の家に泊めようと思うだろうか?

 

 ……間違いなく、思わないだろう。

 

 しかしうまい嘘がすぐに思い浮かぶわけもなく、

 

「……思い、出せない……」


「そうですか。それは残念ですね」


「……で、でも、ちょっと待ってくれ! さっきの話の続きがあるんだ!」


「さっきの話、とは?」


 嘘は思い浮かばなかったが、俺はある一つの可能性に思い至る。

 ――言葉で信用を得られないのならば、行動で示せばいい。

 

「ユズキが俺とクリスさんを発見した場所について、話していただろ?」


「ええ、話していましたね。確か、周囲が滅茶苦茶に破壊されていたと。もしかして、どうしてそのような状態なっていたのか、知っているのですか?」


「ああ。あれは俺がやったんだ」


「……はい?」


 と言って、アルラは首を傾げる。

 その顔は、「何を言ってるんだ、こいつ?」と言いたげな表情を浮かべていた。

 

 ユズキとエリザはというと、大きく目を見開いて驚きを露わにしている。

 よほど、俺の言っていることが信じられないのだろう。

 

 アンナただ一人だけが、状況をうまく飲み込めずにきょとんとしていた。

 

「……ふざけているわけじゃありませんよね?」


「当然だろ。順を追って説明させてくれ」


「まあ、構いませんが。私だけじゃなく、ユズキとエリザも興味あるでしょうし」


 了解を得て、俺は説明し始める。


「まず俺が記憶喪失で、気づいたら森の中にいたってのは、さっきユズキが話してくれた通りだ」


「ええ、先ほど聞きましたね」


「森で目を覚ましてから俺は、とりあえず森から抜け出そうと思った。そして森の中を歩いている途中、クリスさんに出会ったんだ」


 今思い返してみると、クリスさんがあれだけ必死な様子だったのも頷ける。

 あんな巨大な蜂の群れに追われていたら、冷静さを欠いて当然だ。


「クリスさんは何かに怯えながら、俺に助けを求めてきた。そんな時に、何匹もの巨大な蜂が辺りから姿を現したんだ」


「巨大な蜂……。魔境蜂のことですね」


「その魔境蜂ってのを俺が倒した時、周囲も攻撃に巻き込まれてあんな風になったんだよ。もちろんあんな破壊行為、望んでやったわけじゃない」


「……なるほど、そういうことだったんですね。それで魔力を使い果たし、気を失ったと」


 アルラは俺の説明を聞き、納得したかのような反応を見せる。

 しかし、それも一瞬のことで、

 

「ですがそれだと、更に大きな疑問が生じてしまいますね」


「大きな疑問……?」


「あなたは一体、どのようにして魔境蜂を倒したのか。職業を選択しているならともかく、あなたは職業未選択です。どんなカラクリを使えば、あの魔境蜂を倒せるのか」


「………………」


 守護者の姿を見せられれば、話は早いのかもしれないが……。

 

 この家で目を覚ましてから、セイクの姿がどこにも見当たらない。

 こうなったら、守護者についてはうまく誤魔化して説明するしかないか。

 

「俺も自分の力の正体については、よくわかっていないんだ。とにかく魔境蜂を撃退するのに必死で、気づけば俺の手には黒い剣が握られていて……。その剣から発生した黒い炎で、魔境蜂の群れを一掃したんだ」


「黒い炎……? となると、ダークナイトってことになるのかな……」


 そう呟いたのはユズキだった。

 ユズキはエリザと顔を見合わせて、

 

「でも、測定の結果ではケイトは職業未選択で……。エリザはどう思う?」


「もしかすると、固有スキルなのかもしれませんね」


「固有スキル……。確かに固有スキルなら、各職業のスキルツリーとは独立しているから、職業未選択で使えてもおかしくないか……」


「そして本当に固有スキルを所持しているか確認するなら、実際にスキルを見せてもらうか、アドデバイスを使わせればいいだけです」


「彼の力の正体については、そのうち調べられそうね」


 ユズキが話を終えると、それに付け加えるようアルラが言う。

 

「まあそれも、彼の言うことが本当ならばの話ですが」


「……っ……!」


 嘘を付いていないと反論しようにも、良い言葉が思い浮かばない。

 その場にいたクリスさんに証言でもしてもらうか?

 

 ……いや、それも難しいだろう。

 

 クリスさんは、俺が戦っているところを見ていない可能性が高い。

 それに、あの時のクリスさんは酷く混乱していた。そんな人に証人を任せるわけにもいかない。

 

 かといって、他には何も――。

 

「……私は、彼が嘘を付いているとは思いません」


「エリザ……?」


 思わぬ助け舟を出したのは、エリザだった。

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