第10話 アルラウネ-2

 俺は不安を必死に抑え込んで、アルラへ向かって言う。


「俺の処遇……? 俺をどうするのか、アルラたちが決めるのか」


「ええ、そうです。あと、エリザとユズキにも現場を見た証人として、参加してもらいます。よろしいですね?」


「……はい」


 神妙な顔つきで、ユズキが頷く。

 その様子は、どこか俺の身を案じているようにも見えた。

 

「まず、エリザとユズキはこの人間のオ――」


「ケイトさん、でしょ! これ以上失礼なこと言ったら……」


 と言って、アンナは粘りつくような視線をアルラに向ける。


「わ、わかりましたよ、アンナ。まだ名前を覚えていなかっただけです」


「……ホントかなぁ? ケイトさん、アルラが失礼なことばかり言って、ごめんなさい……! ほら、アルラも謝るのっ!」


「どうして、私が……」


「……アルラ?」


「……ごめんなさい」

 

 アンナに促され、アルラは渋々謝罪をする。

 俺を人間のオス呼ばわりしていたアルラも、アンナに対しては従順なようだった。


「そんなに謝らなくても大丈夫だよ。これから普通に名前で呼んでくれれば……」


 今の俺にとって、名前の呼び方なんてどうでも良かった。

 これから自分がどうなるのかが気になって、それどころじゃない。

 

「では、改めて。エリザとユズキにまず確認です」


 アルラは2人の方へ体を向けて質問する。

 

「まだ眠っているあの赤髪の……クリス、と言いましたか。あの方とケイトは同じ場所で発見したのですよね?」


 アルラから投げかけられた質問に、ユズキが答える。

 

「はい。ケイトもクリスさんも、同じ場所に倒れ込んでいたわ」


「2人を発見した当時、その場所の状況は?」


「……雷でも落ちたかのように、辺りが滅茶苦茶に破壊されていた。一体何があったら、あんな有様に……」


「……………………」


 そういえば、まだそのことについて話していなかった。

 守護者――セイクの力のことを、俺はどう説明すればいいんだ?

 

「このようにユズキは話していますが、ケイトは何か――」


「あの、実はケイトは……」


 アルラの質問を遮るように、ユズキが言う。


「記憶を失っている、みたいなの」


「はい……?」


「彼が言うには――」


 そのままユズキは、俺が記憶喪失であることや、気づいたら森の中にいたことなどをアルラに説明し始めた。

 

 更には俺のレベルや職業が不明で、魔力量が異常なほど多いことまでも。




「………………………」


 ユズキの説明を聞いている最中、アルラは終始訝しむような表情を浮かべていた。

 そして話を聞き終えて開口一番、

 

「つまり、彼は正体不明の謎多き危険人物ということですね。論外じゃないですか」


 と言い出した。

 その言葉には、明らかに強い敵意が込められており――。

 間違いなく、アルラの俺に対する警戒度は上昇していた。


「ま、待ってくれ! 俺は君たちに危害を加えるつもりは――」


「身分を証明するものが何もなく、記憶も失っている。せめて魔境蜂討伐の依頼許可証でもあれば話は変わっていましたが、それもない。これで危害を加えないと言われても、安心できるわけがないでしょう?」


「それは……」


「残念ながら、あなたを村に受け入れるのは難しそうです」


 まったく残念じゃなさそうに、アルラは言う。

 ……嘘だろ? ここまで世話してくれておいて、追い出すっていうのか?

 

「ねえアルラ……。どうにかならないのかな? 私、ケイトさんが悪い人には見えないよ? 家に泊めてあげようよ……?」


「いくらアンナのお願いでも、流石にここまで怪しい人物をこの家に受け入れるわけにはいきません。それに村長はこう言っていました。よっぽどの理由がない限り、例外は決して認めるなと」


 アルラにきっぱりと拒否され、しょんぼりと肩を落とすアンナ。

 かと思えば、何か名案を思いついたのか、アンナは勢いよく顔を上げて、


「じゃ、じゃあ、アルラの占いはどうかなっ? あの占いなら、ケイトさんについての何かしらの手がかりが……」


「……私の占いは、身分を明らかにするようなものじゃありませんよ?」


「未来が見えるんでしょ? ケイトさんがこれからどうなるのかがわかれば、私たちにとってケイトさんが危険かどうかもわかると思うの!」


「それは……」


「お願い、アルラ!」

 

 アンナにぐいぐいと詰め寄られ、困惑した様子を隠しきれないアルラ。

 アンナの強い押しに負けたのか、アルラは溜息をついた後、

 

「……わかりましたよ。ただし、期待はしないでくださいね」


「やった! ありがとね、アルラ!」


「感謝されるにはまだ早いと思いますが……」


 と言って、アルラは俺の目の前にやって来て、

 

「まあ、そういうわけなので、あなたを占いたいと思います」


「占い……?」


「あなたの未来を予測する魔法を使うと言った方が、わかりやすいでしょうか?」


「未来を予測って、そんなことが可能なのか……?」


「普通のアルラウネには不可能ですが、私は特別なアルラウネなので可能です」


 そう言うと、アルラは袖の中から一本の蔓をこちらへと伸ばしてきた。

 更にはワンピースの下からも蔓を伸ばし、近くに置いてあったナイフを掴んで俺に渡そうとする。

 

「占いは一人につき一生で一回限り。占いで見られる未来は、抽象的且つ近しい未来」


「近しい未来?」


「この蔓にあなたの血を一滴垂らしてください。そうすれば、占いは開始されます。……別の体液でも構いませんが、彼女たちの前で出すなら恐らく血液が一番かと」


「……………………」


 別の体液については特に言及せず、俺はアルラの蔓に掴まれたナイフを受け取る。

 

 食事と睡眠を摂り体力はある程度回復しているが、それでも自分の体を傷つけて血を流すのには抵抗があった。

 

「…………っ!」


 数秒のためらいの後、俺はナイフの刃を指先に強く押し当てた。

 

 直後、鋭く熱い痛みが指先を走り抜ける。

 指先はじんじんと痺れる感覚に支配され、生じた切り傷からは赤い血が流れ出ていた。

 

「これを垂らせばいいんだな?」


「はい。どうぞ、こちらに……」


 俺は手を前へ突き出し、アルラの蔓に血を与える。

 ユズキとアンナはその様子を興味深そうに見ていたが、エリザだけはあからさまに目を背けていた。

 

 もしかして、エリザは血を見るのが苦手なのだろうか……?

 ……剣を所持しておいてそれはないか。

 

「確かにあなたの血を頂きました。では、さっそく――」


 アルラの着るワンピースの下や袖の中から出てきたのは、何本もの緑色の蔓。

 それらはやがて一つに束ねられていき、その先端に赤紫色の光が灯される。

 

 そして光が一際強く輝きだし、部屋中を一瞬だけ赤紫色に染め上げた直後。

 

「これは……!?」


 アルラは眉をひそめて、驚きの声を上げた。

 

 一体どのような結果が出たのか。

 俺は緊張した面持ちで、アルラの口が開かれるのを待った。

 

 数秒間の沈黙の後、アルラは言った。

 

「……明日の夜、あなたは死にます」


「は……?」


 俺は耳を疑った。

 死ぬ? 俺が? 明日の夜に?

 あまりにも唐突で、意味がわからない。


「それも、他者の明確な意思によって与えられる死。……あなたは誰かに殺されるのです」


「殺、される……?」

 

 アルラの占いによれば、明日の夜、俺は誰かに殺されるらしい。

 そしてそれは、夜空の月が満ちる頃合いでもあった。 

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