第9話 アルラウネ-1
「アル、ラウネ……?」
植物系モンスターのアルラウネ――。
この幼女、人間じゃないのか……!?
人の言葉を喋っているし、人間の姿をしているのに。
となると、その頭の花冠もまさか、本当に花が生えて……?
「……その驚きっぷり、ある意味安心します。その反応が、人間の一般的な反応ですから」
「え?」
「エリザとユズキは、そんな反応しませんでしたので。人間と共に生活するモンスターなんて見たら、普通はあなたのように驚きます」
どうやら人間とモンスターは普通、一緒に生活をしないものらしい。
つまり俺は、珍しいケースを目の当たりにしているというわけか。
「……まあ、2人が驚かなかった理由も、だいたいは察することができますが」
そう言って、アルラはエリザに視線を向ける。
エリザはというと、どういうわけか気まずそうに目を逸らしていた。
「あのっ、ごめんなさい! 驚かすつもりはなかったんですけど……」
「えっと、君は……」
「私はアンナ。この家の家主ですっ!」
この、赤いカチューシャをした少女が家主……?
まだ中学生か、小学生の高学年くらいにしか見えないのに。
アンナには両親がいないということなのだろうか。
「……俺の名前はケイト。見ず知らずの俺なんかを家に入れてくれて、本当にありがとう。感謝するよ」
「そんな、困っている人を助けるのは当然のことですよ! それに、ケイトさんを直接ここまで運んで助けたのは、ユズキさんとエリザさんです。私はただ、一時的に部屋を貸しているだけで……」
そう話すアンナをよく見てみると、その右手首には銀色の腕輪が付けてあった。
その腕輪のデザインは、アルラが左手首に付けていたものと瓜二つで、一見お揃いの腕輪のように見える。
しかし、2人の腕輪は飾り付けられている宝石の色が異なっていた。
アルラの腕輪の宝石が赤なのに対し、アンナのそれは青なのだ。
それにしても腕輪だなんて、家事をする時に邪魔になりそうなものだが……。
「いや、それだけでも凄くありがたいよ。ところで……」
「はい、何でしょう?」
次の瞬間、部屋の中にぐーぎゅるぎゅるといった異音が鳴り響く。
この異音は、俺の腹から鳴っていた。
「……大変申し訳ないのだが、食事などをいただけないでしょうか?」
俺は赤面しつつ、畏まってそう言った。
森の中で目を覚まして以来、俺はまだ何も食べていないのだ。
俺は今、激しい空腹感に襲われていた。
「あははっ、もちろんいいですよ! ではみなさん、食事の時間にしましょうか」
赤髪の女性を除いた全員は、ベッドの置いてあった部屋から出て居間へ向かう。
そこには大きな長方形の食卓が置いてあり、アンナとアルラは急いでその上に食事を運んでいった。
「さあ、召し上がってください!」
正直なところ、この村の食事事情がまったくわからないので、どんなものが出されるのかと不安はあった。
しかし、いざ運ばれた食事を見てみると……。
「……お粥?」
木の器に入っているのは、お粥だった。
麦っぽい香りからして、米ではなく麦の粥だろうか。湯気を立てており、まだ少し熱そうだ。
具には干し肉と、名前の知らない葉物野菜。栄養バランスも悪くなさそうに見える。
そして更にありがたいことに、綺麗な飲み水まで食卓には用意されていた。
どうやらこの村は――もしかするとアンナの家だけかもしれないが――普通に飲める水があり、予定外の来客に食事を出す余裕のあるほど食料にも困っていないようだった。
「いただきます……!」
問題なく食べられそうなものが出た安心感からか、食が進む。
掬っては口へ運び、咀嚼し、飲み込んでいく。
素朴な味の料理だが、素材の風味が口の中に広がって美味であった。
このまますぐに完食してしまいそうなところだったが、
「……アルラはやっぱり、人間のような食事は必要ないのか?」
ふと気になって、俺はアルラに聞いてみる。
ユズキやエリザ、アンナが食事をしている中、アルラだけが何も食べていなかったのだ。
「必要ないですね。人間の食事も摂取はできますが、水だけで事足りるので」
「み、水だけか……。じゃあ、睡眠なんかはどうなんだ?」
「睡眠は必要ですが、人間ほどの睡眠時間は不要です」
「それは便利だな」
「人間が貧弱で非効率的で不便すぎるだけですよ」
見た目はどう見ても幼女なのに、中々の毒舌っぷりだ。
とはいえ、毒舌であっても意思疎通が可能なのは、素直にありがたかった。
最初に見た時こそアルラの姿に動揺してしまったが、話が通用する相手だとわかれば怖くない。
それにアルラは冷たい態度を取っているように見えて、ちゃんと会話はしてくれている。
人間と共に暮らしているモンスターだけあって、アルラは結構良い人――ではなく、良いモンスターなのかもしれない。
「ごちそうさま。とても美味しかったよ」
「はい、お粗末さまです! そこまで喜んでもらえると、私としても作った甲斐があります!」
食事を終え、アンナとアルラが食卓の上の食器を片付け始める。
何となく窓を見てみると、外はもう真っ暗だった。
もしユズキとエリザに助けられていなかったら――。
俺は今も、この真っ暗な夜闇の中を彷徨っていたかもしれないのだ。
そう考えると、2人にはどれだけ感謝してもし足りない。
しかも、食事の世話までしてくれる心優しい村人にも出会えたのだ。
俺は最高に運が良い。この調子なら、今夜は無事に乗り越えられそうだ。
「さて、もう夜も遅いので、そろそろ今後のことについて話しましょうか。主に、この人間のオスの処遇についての話になりますが」
食器の後片付けを終えたアルラが、俺の方を見て言った。
その眼差しは、先ほどと変わらず冷ややかなものだった。
だがそれよりも、アルラから発せられた言葉に、俺の心臓は止まりそうになった。
……アンナは確かに言っていた。一時的に部屋を貸しているだけだと。
どうして俺は勘違いしてしまっていたのだろう。
俺が今夜この家に泊まることは、まだ確定していないんだ……!
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