第7話 ユズキとエリザ-1
「ここ、は……」
目を覚ますと俺は、どこかの部屋のベッドの上にいた。
横になったまま視線を隣へ移動させると、そこにもベッドが置いてある。
そのベッドの上には、森の中で出会った赤髪の女性が横になって眠っていた。
俺も彼女も、気を失っていたはずなのに――。
……よくわからないが、俺は森から抜け出すことができたらしい。
あれからどれくらいの時間が経過したのかは不明だが、少し寝たおかげで体力も回復しているようだった。
「どうやら目が覚めたみたいだね」
「……っ……!?」
突如として聞こえた、少女の声。
俺はすぐさま身を起こし、声の主を確認する。
「あ…………」
そこにいたのは、小柄で華奢な少女だった。
年齢はおそらく、俺よりも年下だろう。15歳くらいだろうか。
少女は白を基調とした衣服を身に着けており、その艶のある黒髪は肩まで届くほどの長さで切り揃えられている。
何より目を引くのは、澄んでいて綺麗なその赤い瞳だ。
ただ美しくて、俺の目を引いたのではない。
その瞳から、リディアと名乗ったあの少女と同じ雰囲気を感じたのだ。
まさかこの少女、リディアと何か関係が……?
「私の名前はユズキ。そして、私の隣にいるのが――」
「……エリザです。職業はパラディン。レベルは92です」
淡々とした口ぶりで自己紹介を済ませたのは、金髪碧眼の少女だった。
その金色の髪は、後ろで左右に分けて髪ゴムで結び、おさげにしてある。
背丈はユズキと比べると高く、160センチ程度だろう。
年齢は俺と同じくらいに見えるが、もしかすると少し年上なのかもしれない。
そんな彼女は、白のブラウスにコルセット付きの黒いフリルスカートを着用していた。
それだけならば、特に何も言うことはないのだが……。
その服装に似つかわしくないものが、エリザの右手には握られていたのだ。
「それは……」
「……? この剣が、何か?」
鞘に収まっているものの、エリザの持つそれは明らかに剣だった。
セイクとの憑依変身で俺が装備していた黒い剣とは対照的に、清楚な印象を抱かせる白銀の剣。
その可愛らしい服装には不釣り合いな、殺傷能力を秘めた物騒なモノ――。
「い、いや……。なんでもない」
「そうですか」
……そうだ、あんな巨大な蜂がいるくらいなんだ。
思い返してみれば、赤髪の女性も弓を持っていた。
だからきっと、護身用に武器を所持するのは普通なことなのだろう。
とにかく今は深く考えるのをやめて、情報収集に徹しよう。
せっかく落ち着いて会話できそうな人に出会えたのだから。
「えっと、君たち2人が俺をここまで運んでくれたってことで、いいのかな?」
「うん、そうだよ。私とエリザが、君たちをこの家まで運んだの」
「ありがとう、助かったよ。俺は――」
海原慧人。そう名乗っても良かったのだが、俺はあることに気づいた。
この2人の少女は、ユズキとエリザとしか名前を言っていないのだ。
ここは相手に合わせて、俺も慧人とだけ名乗るべきか。
「……ケイト。俺の名前は、ケイトだ」
「ケイトね。わかったわ」
初対面である俺に一切臆することなく、ユズキは続ける。
「まず確認なんだけど、君も私たちと同じく、魔境蜂を退治するためにここへ来た。……その理解で合っているかな?」
「まきょうばち……?」
あの、巨大蜂のことだろうか。
俺とそこまで歳の変わらないように見える2人の少女が、あんな化け物を退治しにここへ……?
「……違うの? 隣のベッドで眠っているクリスさんは、そうみたいだったけど」
「俺は、その、この人とは知り合いってわけじゃないんだ。偶然森の中で出会って……」
「そう、なの……?」
ユズキは口をつぐみ、しばらく考え込む素振りを見せる。
それから再び俺の方へと顔を向け、
「さっきここへ様子を見に来た村人たちも、君のことを知らないみたいだったけど……。君は、一体……?」
怪しむように、恐る恐る問いかけてきた。
「……………………」
さて、どうしたものか。
下手に嘘をついたところで、すぐにボロが出るだろう。
記憶喪失だなんて告白したら、余計怪しまれそうだが――。
ここは、正直に話すべきだ。正直に話して、何とか信用が得られるよう頑張ろう。
「信じてもらえるかわからないけど、俺は記憶を失っているんだ」
「記憶を……?」
「気づいたら森の中にいて、それまでの経緯や自分が何者なのかも思い出せないんだ。覚えているのは、自分の名前と年齢くらいで……」
「……………………」
ユズキとエリザから向けられる視線が怖い。
しかし、だからといって、今更後へ引けるわけでもない。
別に俺は、嘘をついているわけじゃないんだ。堂々としていなければ……!
「……本当に何も思い出せないの?」
「ああ、思い出せないな……」
「エリザはどう思う?」
ユズキは困った顔をしながら、エリザに意見を伺う。
エリザは表情を少しも変えずに、淡々と答えた。
「私は、彼の言葉を信じても良いかと思います」
「…………え?」
これは意外だった。
冷たく突き放しそうな、感情の籠もっていない表情で。
エリザは俺の言葉を信じると言ってくれたのだ。
「……エリザが信じるのなら、私も信じようかな。何より――」
「確認すべき重要事項は、他にあります」
そう言って、エリザは凛とした瞳をこちらに向け、
「ケイトさん、でしたね。あなたはアドデバイスを持っていますか?」
「あど、でばいす……?」
よくわからない単語が、エリザの口から飛び出した。
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