第8話 ユズキとエリザ-2
「……まさか、アドデバイスが何かも知らないのですか?」
「あ、ああ……」
流石にエリザも困惑しているようで、表情がわずかに変化を見せる。
しかしすぐに元の無表情へと戻り、エリザは懐から何かを取り出した。
「これです。このようなものを、あなたは持っていませんか?」
「……青い、カード?」
それはまるで、青い水晶で作られたカードのようなものだった。
念のため、ポケットの中を再度探ってみるが、やはりそのようなカードは入っていない。
「……持っていないな」
「それは困りましたね。私もユズキも、予備のアドデバイスを所持していません」
「かといって、今すぐに作成するにしても、手元に材料がないしね……」
「えっと、そのアドデバイスってのは、一体……」
エリザは俺の問いに即答し、
「アドデバイスとは、冒険者の情報を閲覧・編集するのに用いられる魔法道具のことです」
「情報を閲覧? つまりそれがあれば、俺の情報を調べることができるのか」
魔法道具だとか、冒険者という単語が何を表すのか不明だが、アドデバイスとやらがあれば、何かしらの情報を得ることができたのだろう。
「アドデバイスは後々用意するとして、今は手っ取り早く測定のスキルを使おうと思うわ」
「測定の、スキル……?」
「……もしかしてだけど、冒険者システムについて、何もかも思い出せないの?」
「………………はい」
蚊の鳴くような声で、俺は正直に答える。
「うーん……。どこから話せばいいのかなぁ……?」
「とりあえず、職業とレベルについて話してみてはどうですか?」
エリザの提案を受け入れ、ユズキが言葉を選びながら話し始める。
「まず冒険者の職業はね、大きく分けて4種類の系統に分かれているの」
「4種類?」
「戦士系、弓使い系、盗賊系、魔法使い系……。この4種類それぞれに、いくつか職業が存在しているわ」
「ちなみに、君は……」
「私は魔法使い系職業のクレリックだよ」
「……………………」
気になることはたくさんあるが――。
今はとりあえず、このまま黙って話を聞き続けることにする。
「それからレベルっていうのはね、一言で言えば、その生物の総合的な強さを表した数値のことなの」
「総合的な強さ……?」
「人間の場合、レベルの上限は100。そして、肉体の一部とみなされない武器や防具なんかは、レベルには反映されないの」
「つまり、君が剣や弓を持っても持たなくても、レベルは変わらないってことか?」
「うん、そういうことだね」
ん、待てよ……。
ユズキは今、人間の場合と言っていた。
つまり――。
「……人間の場合ってことは、人間じゃない生物のレベルの上限は100じゃないのか?」
「レベル上限は、生物によって異なるの。モンスターの中には100レベルを優に超えているやつもいるからね」
要は人間のレベル上限は100だが、犬や猫のレベル上限はもっと低いかもしれないし、あるいはもっと高いかもしれない。そういうことか。
「それで、本当はもっと他にも冒険者について話さなきゃいけないことはあるんだけど……」
そう言って、ユズキはこちらへと少し近づきながら、続ける。
「まず私が職業とレベルについて簡単に説明したのは、測定のスキルの説明にそれらが必要だったからなの」
「そういえば、さっき測定のスキルを使うって……。その測定のスキルってのは、一体……?」
「測定のスキルはね、対象のレベルと魔力量、それに対象が冒険者なら、その職業を知ることのできるスキルなの」
「そうか、それで俺の情報を……」
魔力量というワードは気になるが、とにかく俺自身についての何かしらの情報が得られるかもしれないわけだ。
「というわけで、これから測定のスキルを使おうと思うんだけど、大丈夫かな?」
「……もしかして、何か副作用があったりするのか?」
「ううん、そういうのはないよ。ただ……」
「ただ?」
「本人の許可なく使うのは、悪いかなって思って。だから一応、確認してみたの」
「ああ、そういうことなら問題ないよ。むしろこちらからお願いしたいくらいだ」
「じゃあ、さっそく……」
と言って、ユズキはその赤い瞳で俺のことを凝視する。
見たところ、その行為に何か特別な力が加わっているようには見えないが……。
次の瞬間、ユズキの表情が一変した。
信じ難いものを目撃したかのような、驚愕の表情を浮かべているのだ。
「……ありえない」
「どうかしたのですか、ユズキ?」
「彼からは、職業もレベルも読み取れないみたいなの……!」
「それは、おかしいですね……。職業はともかく、レベルまでとは」
「しかも、それだけじゃないの! 彼の魔力量、今はだいぶ消耗しているから少なく見えるけど、上限値は私の魔力量を遥かに上回っているわ!」
「……本当ですか? では、私も――」
と言って、エリザも俺に〈測定〉のスキルを使用する。
もっとも、俺から見ればただこちらを見つめているようにしか見えないのだが。
「……確かに、ユズキの言う通りみたいですね。魔力上限値10万――。もしかして、リエルクの民なのでしょうか?」
「いえ、それは流石に違うと思うわ。職業こそ読み取れないけど、冒険者ではあるみたい」
「職業未選択の冒険者、ですか……。それなのに、天使であるユズキ以上の魔力量を持っていると」
リエルクの民だの、天使だの、2人が何を話しているのかさっぱりだった。
しかし、俺にもわかることはある。
……測定とやらの結果が、通常ではありえないものだったのだ。
これはもしかすると、あまりよろしくない状況なのでは……?
「えっと……」
真剣に考え込む2人にどう声を掛けようか。
逡巡している、まさにその時だった。
ユズキとエリザの立つ後ろにある扉が、軋む音を立てながら開いたのだ。
そしてこの部屋に姿を現したのは、ユズキよりも更に幼い一人の少女。
少女は茶色のショートヘアに赤いカチューシャを付けており、服はチェック柄のスカートと無地のエプロンを着用していた。
装飾などの少ない非常にシンプルな服装なことから、恐らく労働着として使われているのだろう。
そんな、いかにも村娘といった雰囲気のこの少女は、俺が起きているのを確認するなり、
「あっ、目が覚めたみたいですねっ!」
と、明るく元気な声で話しかけてきた。
そしてそのまま、少女は俺の方へと近づこうとするが――。
「………………っ!?」
少女が前へ進むのを制するように、緑色の
緑色の蔓は、開きっぱなしの扉の向こうから伸びてきていた。
「アンナ。よく知らない相手に近づくのは、危険です」
「もうっ、アルラは心配しすぎだよ。エリザさんとユズキさんだっているんだから、大丈夫だって!」
扉の向こうから姿を見せたのは、緑色の長い髪の幼女だった。
幼女は薄緑色の丈の長いワンピースを着ており、左手首には銀色の腕輪を付け、頭には花冠を被っているように見える。
そして俺の見間違いでなければ、緑色の蔓はそのワンピースの中から伸びているようだった。
……俺が知らないだけで、幼女には蔓が生えてくるものなのだろうか。
「そ、それは……」
「はい?」
「その、植物の蔓みたいなものは、一体……!?」
動揺のあまり震える声で問う俺に対し、緑髪の幼女はどこか見下したような、冷たい眼差しを向けて答える。
「蔓みたいなものではなく、これは蔓そのものですが」
「蔓って……。なんでそんなものが、生えて……!?」
「この人間のオス、失礼ですね……。見てわからないのですか?」
幼女は呆れた表情を浮かべ、面倒臭そうにこう言った。
「私は植物系モンスターのアルラウネ。アンナからは、アルラと名付けられています。なので、私の名を呼ぶ時はアルラとお呼びください。わかりましたね、人間のオス」
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