第6話 守護者-2

「守護、者……?」


『リディアから話は聞いていないのかい?』


 そういえば……。

 リディアと名乗るあの少女は、確かに言っていた。

 

 破滅螺旋の発動を阻止するには、封印者と守護者の協力が必要だと。

 その守護者が、この銀髪の青年というわけか。

 

「お前が守護者……? てかお前、透けて――」


 よく見ると、セイクの足はうっすらと透けていた。

 先ほどから輪郭が不明瞭だと感じてはいたが……。

 やはりセイクは、実体がないように見える。

 

 これでは、まるで――

 

「……幽霊、なのか?」


 思わずオカルトめいた質問をしてしまう。

 この馬鹿げた問いに対し、意外にもセイクは真面目な様子で、


『どちらかと言えば、そうかもしれないね』


「え……?」


『僕は君の守護霊みたいなものだ。もっとも僕は、君の体を利用しなければこの世界に干渉できないんだけどね』


「それって、どういう――」


 辺りから、唸るような羽音の重なりが聞こえてくる。

 しばらく動きを止めてこちらの様子を伺っていた巨大蜂たちが、一斉に飛行し始めたのだ。

 

『……ゆっくり説明をする暇はなさそうだ。ケイト、君は今から〈ソウルトレース〉を発動するんだ』


「ソウル、トレース……?」


『今すぐ右手を前に突き出して、ソウルトレースと叫ぶんだ。さあ、急いで!』


「さ、叫ぶって――」


 理解が追いつかず、ただ戸惑うばかりだが、四の五の言っていられる状況ではない。

 

 セイクに言われた通り、俺は右手を前に突き出し、

 

「――〈ソウルトレース〉!」


 と、大声で叫んだ。

 次の瞬間、俺の体を黒い光が包み込み――。

 

「……こ、これは……!?」

 

 爆発的に湧き出す活力が、全身を駆け巡る。

 今までに感じたことのない、無限に力が湧いてきそうな感覚。

 

 そして俺の右手には、再び黒い剣が握られており――。

 

『どうやら無事、成功したみたいだね』


 セイクの声が、頭の中から響いてくる。

 先ほどよりも、その感覚は強くなっているように感じた。

 

 ……辺りを見渡しても、セイクの姿はどこにもない。

 目に入ったのは、いつの間にか気を失っている赤髪の女性。

 それに、黒い光の輝きに怯み、動きを止めている巨大蜂たちの姿だけだ。


「……まさか、ソウルトレースっていうのは……!!」


 自らを守護霊みたいなものだと言ったセイク。

 俺の体を利用しなければこの世界に干渉できないとも言っていた。

 これらの言葉から導き出される結論は……。


『君の思っている通りさ。僕は今、君に憑依しているような状態なんだ。憑依といっても、僕に与えられた権限はほとんどないけどね』


「……………………」


 そんな、馬鹿な。

 こんなこと、ありえない。ありえないと思いたいが……。

 

 俺の今の状態は、間違いなくセイクの言葉通りだった。

 

 俺は今、セイクに憑依されている。

 しかし不思議と、異物感などは感じなかった。


『本当は、君の意思で動いた方が力を発揮できるんだけど――』


 直後、俺の体は勝手に動き出し、両手で握った剣を大きく振り回した。

 黒い炎の尾を引く斬撃は、左右から飛来してきた2匹の巨大蜂を一刀両断にする。

 

『――最初の慣れないうちは、君は僕にすべてを委ねればいい。君が拒まない限り、僕は君の体をある程度は動かすことができる』


「……どうやらそうみたいだな」


 仲間を容易く葬る敵の出現を前にし、巨大蜂たちは警戒の度合いを最大まで高めていた。

 

 カチカチと顎を打ち鳴らし、その腹部からは毒針を突き出している。

 中には毒液を噴射している個体もおり、毒液から放たれる臭気は俺の鼻を刺激し、吐き気さえも催させた。

 

 まるで腐敗しきった生ゴミに、香水や制汗剤を大量にぶち撒けたような匂いだ。

 

『あの毒液の匂い、仲間を呼び寄せる効果もあるみたいだね』


「どうりで数が増えて……」

 

 毒液の悪臭は、広範囲に効果を及ぼす警報フェロモンというわけか。

 巨大蜂の数は先ほどよりも増えており、今もなお増え続けている。

 

『……あまり時間をかけるわけにはいかないね』


 言いながらも、セイクは俺の体を使って、向かい来る巨大蜂を斬り伏せていく。

 

『この蜂の毒はかなりの猛毒だ。少しでも触れただけで、戦闘続行は不可能だと考えた方がいい』


「そんな……!? じゃあ、この巨大蜂から一発でも攻撃を喰らったら――」


『回復手段を持たない限り、死は免れそうにないね』


 さも当然のように、あっさりと死は免れないと告げるセイク。

 

 一発でも喰らえばアウトだなんて……!

 要は、ノーダメージで巨大蜂の大群を殲滅させなきゃいけないというわけだ。

 俺が体を動かすわけではないが、とても実現可能とは思えない。

 

『一対一ならともかく、相手は群れだ。しかも増え続けている。そんな相手の攻撃を避け続けるのは、今の君にとっては少々現実的じゃない』


「そりゃ、そうだろうけど……。すべて委ねろって言った以上、何とかしてくれるんだよな?」


 というか、何とかしてくれないと困る。

 記憶を失って、右も左もわからない状態のまま、蜂に殺される結末なんて困る。

 

『もちろんだ。でもそれには、少しだけ君の協力も必要なんだ』


「協力?」


『そう難しいことじゃない。剣に力を溜め込むイメージをするんだ』


「剣に、力を……?」


 俺はイメージする。

 体に満ち溢れる力を、一切惜しむことなく。

 強く握りしめたこの黒い剣に、ありったけ溜め込むイメージ。

 

 その間にも、巨大蜂たちは四方八方から襲いかかってくる。

 俺の体は最小の動作で毒針を躱し、的確に巨大蜂の弱所を狙い、斬っていく。

 

『そしてその力を、一気に解放するんだ……! この一撃で、すべてを葬る!』


「一気に、解放……!!」


 瞬間、黒い光が一際強く輝き出し――。

 剣の一振りとともに、黒炎の奔流が辺りを埋め尽くした。

 

「おおっ……!?」

 

 周囲を飛んでいた巨大蜂たちは、跡形も残らず焼き消されていく。

 もちろん、腹に詰まった毒液の悪臭さえも残さずに。

 

『これは……。少々やりすぎたみたいだね』


 力の放出を終え、辺りを見渡す。

 

 赤髪の女性には被害を与えずに済んだようだが、周囲は酷い有様だった。

 不思議なことに、黒炎こそすぐ掻き消えてしまっているが、辺りの樹木はあらかた破壊されていたのだ。

 

 不自然に上から半分が消失している木々。

 幹の太い大木でさえ、衝撃を受けてへし折れている。

 

 この、圧倒的な力……。

 優越感や万能感よりも、俺はこの力が純粋に恐ろしくなった。

 俺はおかしな夢でも見ているのか? これは本当に現実なのか?

 

『……力の制御はまだ、難しいか。でも、無事に敵を殲滅できたようだね』


「……………………」


 力を出し切った後だからか。

 俺は凄まじい脱力感に襲われて――。

 

『……ケイト?』


 手にしていた黒い剣が消え失せる。

 目の前が真っ暗になり、全身の血が凍ってしまいそうなほどの寒気を感じる。

 

『まさか、魔力を使いすぎて――』


 そして俺は、地面に吸い込まれるように倒れ込んだ。

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