第3話 魔境蜂-2
「この羽音……。2匹や3匹どころじゃない! これほどの数、巣の方から来ているに違いないぞ……!!」
重なり合う羽音は、まるでチェーンソーの駆動音のよう。
強い暴力性と残虐性を表現した、聞く者に恐怖を与える音だ。
「どっ、どうすんだよティーダ! 1匹ならまだしも、複数に囲まれたら不味いぜ?」
迫りつつある魔境蜂に対し、焦りと恐怖を隠しきれないアッシュたち。
ティーダはパーティーのリーダーとして、冷静な判断に努めようとする。
「……急いで来た道を引き返すぞ。数が不明である以上、下手に戦闘しない方がいい」
「わかったわ。私もそれがいいと思う。もし魔境蜂に追いつかれそうになったら、私が立ち止まってアローレインで迎撃してみる」
「でもそれだと、クリスが一人になって危険じゃ……!?」
「大丈夫よ、マキ。私の移動速度なら魔境蜂から逃げ切れるだろうし、すぐにみんなに追いつけるわ。とにかく今は、早くここから離れましょう」
ティーダたちは死骸から離れ、森から抜け出そうと走り始める。
木の根に足を取られそうになりながらも、前へ前へと必死に足を進めていく。
しかし、背後から聞こえてくる羽音は小さくならない。
それどころか、羽音は逃走する前よりも大きくなっていた。
(予想通り、全員が追いつかれないように逃げるのは無理みたいね)
このままではすぐに追いつかれると判断し、クリスは一人立ち止まる。
そして後ろへ振り返り、迫り来る魔境蜂の大群を確認し、弓を構えた。
「〈アローレイン〉」
次の瞬間、クリスの前方に数十本の青い光の矢が勢いよく降り注いだ。
一匹、また一匹と、矢に撃ち抜かれていく魔境蜂。
矢は地面に穴を穿ち、土煙を巻き上げる。
(駄目ね、数が多すぎる……!)
クリスが発動した〈アローレイン〉は、弓使い系職業が習得する攻撃スキルだ。
攻撃範囲が広く、複数体の敵を相手にする時は非常に役立つ。
しかし、攻撃範囲が広い反面、矢一本の威力はそこまで高くない。威力が分散してしまっているのだ。
ゆえに、頭部や胸部が硬い外骨格で覆われた魔境蜂が相手では、一発当てたところで倒しきれないといった事態も発生する。
その上、アローレインによる攻撃が全ての魔境蜂に当たるわけではないのだ。
追ってくる魔境蜂の全滅が目的ではないにしろ、クリスの攻撃だけでは撃ち漏らしが多く発生してしまう。
「――私も加勢します!」
「マキ……!?」
「〈シャイニングレイ〉」
マキは手にした杖を、魔境蜂の大群に向かって突きつける。
直後、天から降り注ぐのは、幾筋かの聖なる光。
光は夕暮れ時にはそぐわない白色の輝きを放ちながら、クリスが倒し損ねた魔境蜂を抹殺していく。
「どうしてマキが……! それに、そんな魔力消費の多いスキルを使ったら……」
「広範囲の攻撃スキルを持つ私も一緒に戦った方が、より多くの敵を倒せます。その方が、私たちの生存率は上がるはずです!」
「それは、そうかもしれないけど……」
それはクリスにもわかっていた。
確かにマキと二人で攻撃をすれば、より多くの魔境蜂を殺せる。
つまりは、追ってくる魔境蜂の数もより多く減らすことができるのだ。
追ってくる魔境蜂の数が減れば、どうなるか。
ティーダとアッシュが、より安全に魔境蜂の相手をすることができる。
なぜなら、戦士系職業のティーダとアッシュは、前衛で戦うがゆえに攻撃を受けやすい。
相手にする敵の数が多く、敵が飛翔能力を持っているとなれば、尚更だ。
よって、攻撃を受ける確率を下げるには、敵の数を減らすのが一番というわけだ。
だからマキの共に戦うという提案は、そう悪くない提案に思えるが……。
――でも、その後は?
魔境蜂の数をある程度減らし、逃走する際。
弓使い系職業のボウマスターであるクリスならば、〈ハイジャンプ〉のスキルにより凄まじい跳躍力を発揮し、魔境蜂から逃げ切ることも可能だろう。
しかし、魔法使い系職業のクレリックであるマキは――スキルの習得状況にもよるが――クリスほどの機動力は持ち合わせていない。
マキが素早く飛び回る魔境蜂から逃げ切るのは、困難なのだ。
(私一人だけじゃなく、マキと2人で逃げ切れるかはわからないけど……)
クリス一人では撃ち漏らしてしまう数の多い現状、マキの加勢が頼もしいのもまた事実だった。
(ここでたくさん倒しておいた方がいいのは、間違いないわね)
クリスは意を決し、再び弓を構えて言う。
「……仕方ないわね。こいつらを全滅させるつもりで行くわよ、マキ!」
「はい……!」
2人は背中合わせになり、互いの死角を補って攻撃を再開する。
周囲に降り注いでいく数多の矢と光線は、確実に魔境蜂の数を減らしていく。
倒しきれないと思われていた魔境蜂の大群は、気づけば残り数匹となっていた。
(この調子なら……!)
しかし2人は、ある事実を見落としていた。
その事実とは、一体何か。
「ぎゃああああああああああッ!!」
「えっ……?」
突如、クリスとマキの耳に届いたのは、アッシュの絶叫だった。
そう――。魔境蜂は律儀にクリスとマキの2人だけを相手するわけではない。
2人の頭上を通り抜け、ティーダとアッシュを狙う魔境蜂も当然ながら存在する。
「はぁ、はぁ、はぁ――!」
目の前の敵を片付け、急いでアッシュの元へと向かうクリスとマキ。
そこで待っていたのは、ティーダによって斬り殺されたと思われる1匹の魔境蜂と、
「痛い痛い痛い痛い痛いいいぃぃぃぃ!」
耐えきれぬ激痛により、醜く顔を歪ませてのたうち回るアッシュの姿だった。
アッシュは魔境蜂の毒針に刺されていたのだ。
「マキ! 早く解毒を!」
「はっ、はい……!! 〈アンチドート〉」
マキの杖から淡い緑色の光が発せられる。
そのままマキは光の灯った杖をアッシュにかざし、解毒を試みるが――。
「いッ、痛いぃぃぃ!! かっ、体の中がっ……、焼けるぅぅぅ……!!」
「なっ、なんでぇ……!? どうして解毒できないんですか!?」
マキが解毒魔法のスキルを使用してもなお、アッシュは苦悶の声を上げ続ける。
マキのスキルは明らかに解毒できていなかった。
「――ああ、魔境蜂の毒はクレリックのスキルでは解毒不可能ですよ」
発せられたのは、低く落ち着いた男性の声。
「――ッ――!?」
いつの間にそこにいたのか。
ティーダたち4人から少し離れたところ――太く大きな樹木の脇に、長身痩躯の男が立っていた。
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