第2話 魔境蜂-1
夕焼けで赤く染まった森の中。
「しかし、本当にこんなところに
半裸の大柄な男が、ティーダに向かって野太い声で話しかける。
大柄な男が半裸なのに対し、ティーダは銀色の全身鎧を装着していた。
その右手には剣が握られ、細長い刀身は夕日に照らされ赤く輝いている。
「どう思うって言われてもな。村人たちが嘘を付いているようには見えなかったが……」
「魔境蜂の本来の生息地からは、あまりにもかけ離れていますよね」
そう敬語で話すのは、漆黒の修道服を着た金髪ショートの女だった。
着ている修道服のスカート部分は短く、白い太腿が露わになっている。
歳はまだ若く、20代前半といったところだろう。
女は先端に赤い宝石が装飾された短い杖を持ち、周囲を警戒しながら歩いている。
「本来の生息地……。巨竜の森と、魔境か。アッシュは行ったことあるか?」
今度はティーダが、大柄な男――アッシュに話しかける。
アッシュは頭を指でポリポリと掻きながら、
「あるわけねえだろ。特別な許可証を持ってなきゃ、立ち入ることさえ禁止されてんだからな」
「許可なしに入れば、死罪でしたっけ? そんな場所に生息するモンスターが、どうしてこんなところに……」
修道服を着た女は、額に浮かべた汗を片手で拭いながら、言葉を続ける。
「このヌルルクの大森林に元々生息するモンスターのレベルは、高くてもせいぜい20レベルだそうです。それに対し、魔境蜂のレベルは情報によると75レベル。天敵もいなければ、討伐できる冒険者も近辺にはいない状況です」
「まあ、それが俺たちにとっては、都合が――」
ティーダの言葉を遮ったのは、不気味な羽音だった。
「……この音、数は1匹か?」
「――来るぞ」
次の瞬間、木々の後ろから1匹の巨大な蜂が姿を現す。
その体の大きさは鳥のカラスよりも一回り大きく、体色は深緑色。
この巨大な蜂こそが、魔境蜂と呼ばれるモンスターだった。
「こいつが魔境蜂か……」
「マキ、援護を頼む!」
ティーダが、修道服を着た女――マキに命令する。
マキは急いでスキルを発動しようとするが、
「……っ……!」
大きく弧を描くように飛翔し、マキの死角に回り込もうとする魔境蜂。
体色が深緑色なのも相まって、魔境蜂の姿は周囲の枝葉にうまく紛れていた。
そのため、マキがその姿を見失うのも無理はなく。
(こうなったら、音を頼りに……!)
……羽音が一際大きく聞こえ始める。
即座に音のする方へ振り返るマキ。
そこには、今にもマキに襲いかかろうとする魔境蜂の姿があり――
(しまっ――)
――直後、鋭く風を切る音とともに、魔境蜂の腹部が一本の矢に貫かれた。
攻撃を受け、魔境蜂は空中でバランスを崩し、マキへの襲撃を中断する。
……そう、これだけではまだ完全なる活動停止には至らない。
頭部と胸部が未だ健在ならば、攻撃能力も飛翔能力も残っているわけで。
体内に残されたエネルギーが尽き果てるまで、魔境蜂は戦闘を可能とするのだ。
「俺が止めを刺す!」
ティーダが勢いよく駆ける。
魔境蜂の動きが鈍くなったこの機を逃さまいと。
魔境蜂を絶命させる一撃を繰り出そうと、前へ強く踏み込む。
「はあっ――!!」
力強く振り下ろされる剣。
ティーダが狙っていたのは首。そしてその狙いは見事に的中した。
魔境蜂の頭部は切り落とされ、頭部を失った体は地面へと落下する。
ティーダの手によって魔境蜂が絶命した。
その事実を間近で確認したマキは、光の矢が放たれた方へと目を向ける。
「危ないところだったね、マキ」
「やはりクリスでしたか……。助かりました、ありがとうございます」
マキの視線の先、茂みの中から姿を現したのは、赤い髪の女だった。
クリスと呼ばれたこの女こそが、魔境蜂の腹部を矢で貫いたのだ。
その証拠に、クリスは丈の短い赤色の弓を右手に持っている。
「クリス、偵察の方は終わったのか?」
ティーダがクリスに話しかける。
クリスは軽やかな足取りで歩きながら、
「ええ、終わったわ。ここから西側には魔境蜂はいないみたい」
「となると、村人の話通りか。森の東側のガザン山麓に、魔境蜂は巣を作っているようだな……」
「そうね、巣の場所については村人を信用してもいいと思うわ」
と言って、クリスは魔境蜂の死骸へと近づき、その様子を観察し始める。
「私が矢で貫いたお腹のところ、毒針が飛び出ているわね」
「それどころか、毒液まで垂れ流しになっていますね……」
「おいおい、お前らそんなに近づいてよく平気だな。ここからでもスゲー臭い匂いが漂ってきて、鼻が曲がりそうになるって言うのによ」
死骸から少し離れたところに立つアッシュが、自身の鼻を摘んで嫌そうな顔を見せる。
アッシュの言う通り、魔境蜂の腹部から漏れ出た毒液は、強烈な臭気を放っていた。
例えるならば、温度の高い場所に長時間放置された生ゴミと、柑橘系の香水が混ざったような匂い。
「確かに、まともにこの匂いを嗅いだら吐くわね。とんでもない臭さだわ」
「これほど匂いが強烈ってことは、それだけ毒も強いってことでしょうか?」
「……いや、まさか……」
死骸の前に立ったまま、思案顔で俯くティーダ。
その額にはじっとりと汗が滲み出ており、こころなしか顔色が青褪めて見える。
「どうしたんだよティーダ。顔色が悪いぜ?」
「…………かもしれない」
「はぁ? よく聞こえ――」
「仲間に居場所を、知らせているのかもしれない……!」
その言葉を合図にしたかのように、周囲から無数の羽音が聞こえ始めた。
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