ランダム召喚士は繰り返す
家守
第一章
第1話 女神の座
「私のことを、覚えていますか?」
少女の問う声がする。
目を開くと、一人の美しい少女が正面に立っていた。
辺りは真っ暗で、地面さえも見えない中、少女の姿だけがはっきりと見えている。
ウェーブがかった長い黒髪に、赤い瞳。
透き通るような白い肌に、しなやかな肢体。
少女は薄紫色のドレスを着用しており、その細い腕は長手袋に包まれていた。
少女の年齢は、俺と同じ17歳くらいだろうか。
俺はこの少女のことを……何も覚えていない。
それどころか、俺は自分のこともほとんど思い出せなくなっていた。
かろうじて思い出せるのは、自分の名前が『
「……やはり、改変前の記憶の引き継ぎには失敗したようですね」
「え……?」
少女が何を言っているのか、わからない。
しかしその悲しげな表情を見ていると、胸の辺りが締め付けられるように苦しくなった。
「あまり時間がありません。これからあなたが何をするべきなのか、説明します」
俺の返答を待たず、少女は話し続ける。
「明日――満月の夜に、
「はめつ、らせん……?」
「破滅螺旋とは、螺旋教の生み出した大規模魔法のことです。破滅螺旋が発動されると、結果的に世界の時が巻き戻ります。あなたはそれを、阻止しなければいけません」
「阻止って、俺にそんなこと――」
できるとは、とても思えなかった。
そもそも時が巻き戻ること自体、信じられない。
「もちろん、あなただけでは破滅螺旋の発動を阻止することはできません。破滅螺旋の発動を阻止するには、封印者と守護者の協力が必要です」
「封印者と、守護者……?」
「守護者は3人の中から毎日1人、ランダムで召喚されます。守護者の力は、きっとあなたの大きな助けになるでしょう」
3人の中から毎日1人。
守護者が何なのかよくわからないが、守護者は全員で3人いるらしい。
「そして、これがもっとも重要なことになりますが……。二度と記憶を失わないために、あなたには記憶保持の力を与えます」
「二度とって、君は記憶を失う前の俺を知っているのか?」
俺の問いを受け、少女はまた悲しげな表情を浮かべる。
その反応は、少女が俺のことを知っていると表しているようなものだった。
「……申し訳ありませんが、詳しいことは何も話せません。この場合、話したくても話せないといった方が正しいですが」
「話したくても話せない?」
「私が改変前の話をすることで、何かしらの不具合が発生する恐れがあるのです。今のこの状況は、奇跡の上に成り立っているので……」
話せないと言われた以上、しつこく問いただすわけにもいかない。
「話せない理由はわかったよ。それで、記憶保持の力ってのは?」
「言葉通り、あなたの記憶をあらゆる現象から守り、保持してくれる力です。しかしこの力には、注意点が一つ存在します」
「注意点?」
「はい。どうかあなたに注意して欲しい、大事なことです」
少女はこちらをまっすぐに見つめ、言葉を続ける。
「記憶保持の力は、あなただけに許された力。“あなただけ”という前提があって成り立つものなのです」
「前提があって成り立つ……。じゃあ、その前提が崩れたら駄目ってことか?」
「そういうことです。前提が崩れた時、不具合を正すために時間が巻き戻ってしまうのです」
不具合を正すために時間が巻き戻る。
時間を巻き戻し、不具合の発生など最初から存在しなかったことにする。
まるで、オンラインゲームのロールバックのようだ。
「幸い、仮に時間が巻き戻ったとしても、あなたの記憶が失われることはないでしょう。ですが……」
「時間が巻き戻ることは君にとって都合が悪い。そうなんだろ?」
「はい……。理解が早くて助かります」
記憶保持の力が、俺だけに許された特別なものであることはわかった。
つまり、記憶保持により俺しか知り得ない情報を、他人に知らせてはならないのだろう。
記憶保持により得られるメリットは、俺だけに許されている。
それが大前提であり、その前提を崩すことは不具合と見なされるわけだ。
だが、それは……。
「……ちょっと待ってくれ。記憶保持は俺だけに許された力。その前提が崩れるようなことをすると、時間が巻き戻る。君はそう言ったけど――」
前提が崩れるには何が必要か。
……俺だけが記憶を保持し、俺以外が記憶を失う。
つまり、それの意味することは、
「――時間が巻き戻りでもしないと、前提が崩れるような事態にはならないんじゃないか?」
「それ、は……」
少女は口ごもり、視線を下に向ける。
困惑しきった表情を浮かべ、しばらく沈黙を続ける少女だったが、
「……あなたには、過酷な運命を強いることになるかもしれません。ですが、私や守護者もあらゆる手を使い、全力を尽くしてあなたを支援します。決して、あなた一人だけに戦わせません。共に、困難を乗り越えましょう」
視線を戻し、強い決意を込めて、少女は言った。
そのあまりにも真剣な眼差しを向けられ、俺は何も言い返せなくなる。
「……もう時間のようですね」
「え……?」
気づけば真っ暗だったこの空間が、崩れるように白く塗り潰され始めていた。
そして俺の体は、少女から遠ざかっていき――。
「繰り返しになりますが、満月の夜は明日です。どうか、破滅螺旋を阻止してください」
「まっ……、待ってくれ! 俺はまだ、君の名前を――」
そうだ。俺はこの少女の名前を知らない。
――いや、より正確には、思い出せないんだ。
だから二度と忘れないよう、少女の名前を知っておかなければいけない気がした。
そんな俺の思いが届いたのか。
互いの距離が遠ざかっていく中、少女は消え入るような声で、確かに言った。
「リディア……。私の名前は、リディアと言います」
「リディ、ア……」
周囲はすべて真っ白に染まり、薄紫色のドレスを着た少女――リディアの姿も見えなくなる。
眠りに落ちるよう、薄らいでいく意識。
体の感覚も徐々に失っていき――。
「ここ、は……?」
次に意識を取り戻した時、俺は見知らぬ森の中にいた。
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