第3話

かつて狐筋の家があった。一般的にその家が急に繁栄したりすると、周囲の人は「狐がついた」と思われたそうだ。しかしその狐筋の家の繁栄というのは長く続かない。例えば、狐を無下に扱った瞬間、衰退していく。

 そうじゃなくても、ある日突然理由もなく衰退していくことがあったらしい。

 その理由が今になって分かる。


「なぁ……」


「何ですか」


「いや、食べ過ぎじゃないですかね」


 彼女は頬を膨らまして、そこに大量のご飯粒をつけている。

 かれこれ、ご飯5杯目。大男でもここまで食べないだろう。僕は完全にドン引きしている。彼女、実は千葉駅の構内でラーメン2杯食べている。


 設定上、遠い親戚ということでこのクソ狐を飼っている。そしてクズハが来てから食費がかなり圧迫し始めている。由々しき問題だ。


「少しご飯の量とか減らして欲しいというか」


「何ですか。私を無下に扱うとこの家、没落しますよ」


「脅しが怖すぎる!」


 かつて狐によって没落した家なんて数えきれないほどある。だからこの子が言っているようにこの家を陥落されるのは恐らく朝飯前なんだろう。そういえば、この子と僕が喧嘩をしたことがあった。いや、喧嘩自体は日常的に起こっているのだが……

 その時はクズハが家出をした。その家出した時に限って、偶然なのか空き巣が入った。数十万単位のお金を盗まれた。

 これはヤバイ。と思い、クズハを探す。彼女は更級公園にポツンと空を見た。そして僕を見るなり、「やっぱりあなた。私が恋しくて探してくれたのですね」だなんて言って来るけどそんなわけない。自分の家の破産危機を迎えたから必死になって探しただけだ。

 僕だって高校生でホームレスになんかなりたくない。


 だからそれ以降、このクズハを怒らすと怖いことが起こると思うようになってしまった。

 触らぬ神に祟りなし。取り敢えず彼女はたくさんのご飯を食べてご満悦な様子である。だから、そのまま。食事をさせようと思う。僕は……部屋にかえろ。


 僕はため息を吐きながら自分の部屋へ帰った。

 どうしてあの狐がついてしまったのか。

 僕の部屋。机の上に置かれた天鼓。僕の祖母からもらったもの。

 これには狐が宿っている。だからポンっと叩けば、きっと天狐様が助けてくれる。天鼓だけに。だなんて、うまいことを言って。


 狐が助けてくれるのはわかった。だけれども、その狐を追い出す方法を教えてくれ。もっともそれを教える前に僕の祖母は他界してしまったが。


 木製の樽に白色の縁。そこを撫でるとガサガサとする。

 この太鼓どうしたの? と聞いたことがあった。その時、祖母が言った。


 ずっと昔十郎という祖先がいた。ひょんなことから間違って狐を射殺してしまった。それに後悔をした十郎。せめて、この皮だけは無駄にしたくない。ということでこの皮で天鼓を作る。そしてそれをポンと鳴らす。するとみるみるうちに、十郎の元にお金が集まってきた。


 それがこの天鼓が。僕からしてみればいい迷惑である。

 そのお陰で、クズハが僕に取り憑くようになってしまったし。


「ねぇ。あなた! 大変です! 大変です!」


 と半泣きでクズハが僕の部屋に入ってくる。


「おい、こら! 部屋に入って来る時はノックぐらいしろ!」


「なんで?」


「何でって、僕は男なんだぞ! もしこれであれなことやってたらどうするの!」


「あれなこと?」


「そう。あれなこと!」


「それって」


 何と聞こうとした、クズハ。ベッドの上に置かれているグラビア雑誌を見て、彼女はすぐに察したらしい。狐のくせにそこら辺の察しというのは随分と良い。


「大丈夫。あれなことの必要ないですよ」


 あれなことの正体、分かったらしい。


「はぁ?」


「だってあなたには私がいるじゃないですか」


 と自分の胸を揉むクズハ。狐のくせに、こいつはやけにグラマーだ。


「な、な、馬鹿なことを言うな!」


 本当、こいつは無意識にこんなことを言ってくる。

 僕は顔を真っ赤にしてしまった。


「そんな、あなたの性欲なんてどうでもいいのです!」


 どうでもいいわけないだろ。


「どうしたんだよ」


「いや、聞いてくださいよ。あなた。お米がないのです!」


「そりゃ、お前があれだけお米を食うからな。なくなるだろ」


「私、お腹空いて倒れそうなのです!」


「あれだけ食べておいて。お腹すいて倒れそうって」


「助けてください!」


 うるうるした瞳で僕を見る。


「それじゃ家にあるお米、新しく炊けばいいじゃないか」


「それが家中のお米もなくて」


「いやいや。あんた。どれだけ食べて」


 昨日まで10キロのお米袋が一つあったはずだ。まさか一日で全て食べ終わるとは。最近、お米の減りが早いので僕の母が「この家に妖怪でも取り憑いたのかしら」だなんて、そんなことを言っていた。間違いではない。妖狐という妖怪が取り憑いている。


「助けて、あなた。このままでは私死んでしまう。そうしたらこの家滅亡してしまう!」


 なんて脅し。卑怯だ。


「……分かったよ。それじゃ、買い物行くよ」


 するとクズハは満面の笑みを浮かべた。そして


「はい、あなた」


 クッソ。家の家計がやばいことになりそうだ。

 そして僕とクズハ近所のスーパーへ向かう。ピタリ隣で歩いている。ご飯、ご飯と口ずさんでいる。

 そのピンクの唇。もし彼女が狐じゃなくて、なおかつ大食いじゃなければ素晴らしい女の子ではある。そう思いはする。

 もし、彼女がキツネじゃなかったらなぁ。だけどキツネはダメだ。


「それで、何食べたい」

「何って」


「お米だけだと栄養が偏るだろ。お肉とか野菜とか」


「それが牛肉で」


「ダメだ。お前に牛肉与えたらすぐなくなってしまう」


 というと、彼女はぷくーっと膨れた。

 本当、これが妖狐じゃなかったらなぁ。

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キツネの正しい退治方法 実話空音 @komoronagano

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