スタンド・ラブ・ミサイル

鬼頭星之衛

第1話




 薄い朝日と部屋の物音で目が覚める。

 気怠い体と重たい頭を抱えて、ベッドから起き上がる気になれない。

 連休とは怠けていけない、しかし、惰眠を貪れるのも連休ならではだ。

 思考するほどに意識は徐々に覚醒しつつあるが、瞼は未だ蓋をしたままだ。

 しかし、このままだと二度寝しそうだったので、それは流石にマズいと思い、体を反転させ、キッチンへと視線を向けた。


「今日仕事だっけ?」


 短い返事で肯定する彼女は朝の支度で忙しい。

 洗面台とキッチンを往復する彼女は器用に朝飯と出掛ける支度をしている。

 そういえば、正月の雑煮とかは食べ終えたんだったかな。

 急に正月に仕事が入った彼女の為に朝食ぐらい俺が作った方がいいとは思うが、連日のアルコール漬けの体にはベッドに横になりながら、彼女の様子を見守るのが精一杯であった。

 彼女の職場のアルバイトの子が急に熱が出てとかで、昨晩に連絡が入って、本来は正月休みのはずが、出勤になってしまった。

 発熱して仕事を休むのは今の世の中よくあることだ。

 フォローし合うというのは大事なことだが、貴重な休日が潰れた事実は変わらない。

 仕方ないと言う感情とは別のもどかしさがある。

 ベッドから腕を伸ばし、テレビをリモコンでスイッチを入れる。

 テレビの音で目が覚めるだろうと思い、見たくもないお笑い番組をザッピングする。

 しかし、正月だというのに、垂れ流しのお笑い番組が見つからない。

 その代わり、どこの局もニュース番組を流していた。

 ニュースキャスターは神妙な面持ちで矢継ぎ早に同じようなことを繰り返していた。


「なんか隣の国がミサイルを発射したらしいよ」


「ミサイル?それなら去年もいっぱい撃ってたじゃない」


「いや、また別のお隣さん」


 神妙な面持ちのキャスターとミサイルの発射映像が交互に流れているが現実感がない。

 彼女もそれよりも身支度に忙しく、適当な相槌だけ返ってきた。

 俺も興味がなくなったので、スマホに手を伸ばしたが、充電し忘れていたみたいで電源が点かない。

 正月のイベントクエできねえじゃん、と悪態を付きつつ、スマホを充電器に差し込んだ。

 ある程度充電できるのにしばらく時間がかかるし、暇だ。


「………ミサイルか、女の子になら愛のミサイル何発でも打ち込んでもらいたいなぁ」


 さっきまで忙しなく動いていた彼女の手が止まって、ギロッと俺の方を向いて、大きなため息をついた。


「はあ………私達まだ20代よ?そんなおじさんみたいな事言わないでよ」


 軽口で朝の慌ただしい雰囲気を和まそうとしたが、逆効果だったみたいだ。

 深く考えての発言ではなかったから、今思えば軽率だった気がする。

 彼女は俺の発言に呆れつつも、俺の分の朝食を用意してくれていた。

 俺の行ないと彼女の行ないを比較すると申し訳ない気持ちになってくる。

 朝食も忙しなく胃袋に流し込み、彼女は俺の頬へ軽くキスをして出かけて行った。

 一人になると部屋が急に静かになり、テレビの音が妙にうるさく感じたので、リモコンでオフにした。

 ベッドの中でゴロゴロしていると二度寝していたみたいで、気がつけば昼前になっていた。

 正月休みだからといつまでも怠けているのも駄目だと思い、意を決してベッドから出た。

 部屋の温度は少し低く、温かい布団からの脱出後には堪える寒さだ。

 ポットでお湯を沸かし、インスタントスープで冷えた体を温め、連日の暴飲暴食で荒れた胃袋もこれなら許容できた。

 忘れていたスマホの電源を入れたが、ソシャゲをする気にもなれず、彼女へ連絡をいれた。

 ちょうど休み時間だったらしくすぐに返事が返ってきた。

 俺はそれに「じゃ、15時前に迎えに行くよ」とだけ返した。

 ハートのスタンプだけの返事を見て、ほっこりしたのと、何だかやる気が出てきた。

 正月休みで荒れた部屋を片付け、ゴミをまとめる。

 決められた曜日以外にゴミ袋を置くと怒られるので、玄関先にまとめて置くが見栄えが悪いが、気分は悪くない。

 一仕事終えて、一息つくためにコーヒーを淹れる。

 平穏な時が部屋を満たし、今朝のニュースの事なんて頭の中から消え失せた。

 気がつけば彼女を迎えに行く時間が迫っていたので、外着に着替えて玄関を施錠した。

 今季の冬は骨身にしみる寒さだが、嫌な気はしない。

 きっと怠け者に対する喝なんだろう。

 外は寒いから暖かい部屋の中でダラダラしたくなる。

 怠けた分、後から罪悪感がやってきて、怠け者のケツを叩く。

 これも一種の浄化作用なんじゃないかと思う。

 その証拠に今の俺の気分は軽い。

 そんな事を考えていると彼女の職場に着いた。

 全国展開しているコーヒーショップの敷地に入るとちょうど彼女が裏口から出てきた。


「正月でお客さん少なかったから早めにあがらせてもらっちゃった」


 軽やかな俺の心と同じく彼女の笑顔も軽やかだった。

 二人並んで歩き出し、帰路の途中にあるスーパーに立ち寄った。

 

「今夜は俺が作るよ」


「………どうせ、鍋でしょ?」


 大して難しくない問題を的中され、俺は正に図星でぐうの音も出なかったが、彼女は小さく笑いながら、ありがとう、と言った。

 野菜売り場から肉売り場へ、今夜食べる食材を吟味しながら、他愛もない会話を楽しめるのは心に余裕がある証拠なんだろう。

 会計を済ませて、再び仰ぐ寒空には星が満ちていた。

 手袋越しに感じる彼女の手の暖かさはいつもより熱い気がする。

 信号のない脇道には小さな鳥居があり、奥に神社がある事を示していた。

 何度も通った事のある道なので、神社がある事は知っていたが、立ち寄った記憶はない。

 彼女もどうやら同じようだ。


「ねぇ、マサ君。寄って行かない?」


 初詣まだだし、と言われ、たしかに、と思った。

 狭い敷地に小さな社が建つそれには全国的に有名な神社の威厳はなかった。

 しかし、不思議と心が落ち着く気がした。

 単純に人が少なく、静かなだけかもしれないが、こういったものは勘違いでも何でもいい。

 賽銭箱へ小銭を投げ入れ、二人並んでお参りをした。


「華恋は何をお願いしたんだ?」


「うーん?家族の無病息災。みんないつまでも健康でいられますようにって。マサ君は?」


「俺は………世界平和かな」


 クスっと小馬鹿にしたような笑いを浮かべた彼女を見て、俺もクスッと笑った。

 そんな俺たちの頭上にはいくつもの流れ星が流れた。

 

 

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