後悔







 国の奥に聳え立つ王城内——謁見の間には、王とその臣下数人が集まっていた



 その後方に位置する見るからに高級そうなイスに座っている男こそ、このパルメシア王国の国王――レクス=クリムハート=パルメシアである




 その男は国王にしては随分と若く、まだ二十代という若き国王であった。しかし、王の威厳はちゃんと備えており、勿論風格も兼ね備えていた。レクスは幼き時に王位を継承し、それから若い身でありながらこの国を発展させていった、セシル達が仕えたいと思える程の男だったのだ




 そんなレクスは、先程まで映像が映し出されていた筈の何もない空間を臣下共々黙って眺めていたが、長く感じる間の静寂を自身で破った








 「あの少年……確か名はリベルと言ったか。まさか最初から、見られていた事に気付いていたとは……」

 




 (レベルの高い強者なら……それこそSSランク程の実力者ならば容易に気付いてしまうだろうと言ったセシルの忠告通りになったか……しかも――)





 「あの者、確かに凄まじい実力者のようですな。私と致しましても、まさか気付いていたとは驚きでした。……しかし、最後の陛下へ対するあの態度はいかがなものかと思いますな。どうなされますか?陛下」




 「どうするも何も……敵対出来ないことなど、

あの戦いを観ていた者達ならば皆分かっているだろう。皮肉な事を言うでない」




「ホッホッホッ、これは失礼致しました。随分と怖い顔をされていたので尋ねたまでの事です。元に戻った様で何よりです」







 そう言って笑っているのは、王が子供の頃より側で支えており、信頼が一番厚い宰相だった。宰相は王が幼い頃よりよく相談相手となり、王と一番長い付き合いの臣下だったのだ




 宰相と言葉を交わしたレクスは自分の顔が強張っていたのかと自覚し、片手で顔に触れて溜め息を吐いていた






 

 (顔にまで出ていたのか……これは宰相に救われた様だな)





 「すまないな。あのリベルという少年に嫌われてしまったようで、セシルの忠告を聞いておけばと今更後悔していたのだ」


 

 



 (戦闘中は気付いた様子など見せていなかった筈だが……戦闘に集中していて見逃していたのか?…………いや、恐らくあの時も、見逃してもらっていたのだろうな)





 「……これは私の失態だな。私がセシルに無理を言ったせいで……まだ正式なSSランクにした訳ではないが、それ相応の力を持ったあのリベルという少年に嫌われてしまった。どうした事か……」



 

 「それは私達の失態でもあります故、どうか余りご自分を責めないでください」




 

 宰相にはそう言われてすかさずフォローされたレクスだったが、自身を責める気分は晴れなかった


 

 ——レクスは王の威厳はあるもののの、今この場に集まっていた長く仕えてくれている宰相や臣下達は最早役職だけの関係では無くなっており、随分と気を許して接していた。その為臣下達からの信頼も厚く、皆陛下の為に陛下の為にと必死に頑張ってくれた結果が今のこの国だった



 以前から大きくはあったものの、ここまで商人が来るよう栄えさせたのは紛れもないレクスだったのだ

 


 

 しかしそんなレクスは現在後悔からか浮かない顔をしており、皆がレクスを心配していた







 「陛下、何もそこまで落ち込まれなくても大丈夫かと思います。それに、現状あの者の事はセシル殿達に任せるのが一番でしょう」




 

 (確かにそうなのだが……それとは違う事なのだ)

 




 「……皆、少し前から私の娘の——シルヴィアの具合が悪いのは知っているな?」

 




 「それは勿論ですとも。しかし、具合は良くなるどころか悪くなる一方だとか……」




 「それに加え、最近ではすっかり食欲も湧かなくなってきているそうで……。魔術師の者によると、このままでは命が危ないとの事でした」







 実は現在、レクスの娘であるシルヴィアが原因不明の病に冒されており寝込んでいたのだった



 レクスの娘——……つまりマグナの姉であり、この国の王女である



 そんなシルヴィア王女が病床に伏したとあれば、騒ぎにならないはずが無かった。他国の謀略か?

などと騒ぐ者がいたが、レクスは王である前に親であった。その為娘の心配をしないでいられるはずもなく、すぐさま回復魔法を使える魔術師達を呼び付け診てもらったのだが、未だ原因すら分からないのが現状であったのだ




 


 

 「ですが、何故今その話を?…………もしや、あのリベルという者がシルヴィア様と病に関わっていると推測をしているのですか?」



 「そうではない。あの者は病の件については、全く持って無関係だろう」






 そう。リベルはシルヴィアの病になど全くの無関係で、そもそもそんな事をするはずが無かった。何せリベルはシルヴィアの事など全く知らず、また、知っていたとしてもわざわざ体調を悪くする必要など何処にも無かったのだ


 リベルがもし仮に、シルヴィアに害を与えたいと思ったのならば直接与えれば良いまでのこと。身分など意に介さず実力のあるリベルは、そんな小細工をするハズが無かった





 なのでレクスもそんな心配はしておらず、気にしていたのはリベルの力についてだった

 

 

 レクスは先日、息子であるマグナから、吉報とも言える話を聞かされていたのだ—…







 「ただ、先日マグナから、あのリベルという少年について気になる話を聞いたのだ。マグナによると、あの少年はマグナの友人の母親を——元々病弱な上に足を失くしてしまい寝込んでいた者を、いとも簡単に治して見せたそうなのだ。その上、後程

治された者に尋ねると、病弱だったハズの身体は以前よりも遥かに健康になったと言っていたそうなのだ」




 「なっ!!それは本当ですか!?」



 「なんと……あの者、あれ程の実力を持つ上に回復魔法まで使えるとは……。ハッ!!も、もしやあの者ならば、シルヴィア様の容態も治せるのでは!?」







 リベルの力を聞いた臣下達は驚き、お互いに騒ぎ出していたが、宰相がそう言ったことで皆がその考えに思い至っていた

 

 そして、そしてがまさしく、レクスが自分の行動を責めていた原因だった


 





 「そうだ。それを聞いた私もそう思い、そのリベルという少年を見てみたいと思っていたのだが……その結果は皆も分かっている通りだ。マグナは学園が再び始まったら頼んでみると言っていたが、これが原因で断られてしまうのではないかと、私は心配なのだ」






 王の言葉に、宰相を含めた臣下達が黙り込んでしまう



 ここでリベルの様子を見ていた者達は皆リベルがあからさまに不機嫌になった様子を確認しており、そんな自分達に対してリベルがいい感情を持っていないだろうと言うことは全員自覚していたのだ



 現にそれは正解で、リベルはカレンに止められなけらればここにいる者達を本当に殺していただろう。皆が心配していた通り、リベルの王や臣下達に対する第一印象は最悪だったのだ



 その事が理解出来た臣下達は今更事の重大さを理解して黙り込んでしまったが、セシルとアルフレッドが戻って来た事で少し空気が和らいだ


 そして二人は、特に王から呼んで来いと言われた訳ではないが、リベルの件について随分前から関係していたアーグも連れて来ていたので、人数は三人だった。三人はレクスの元へ行くとすぐさま頭を下げて挨拶をしたが、レクスが堅苦しくなくて良いと言って話し始めた






 「二人共、まずは私の我儘のせいで迷惑を掛けた事を謝罪させてくれ。すまなかった」




 「レクスさん、どうか一人で責任を感じないでください。リベルのことが気になるというレクスさんの考えは、仕方がない事です」




 「だね。それに、この国の王として実力の底も分からないようなリベル君を気にするのは当然だろう?リベル君にはあの後、ちゃんと私達が謝っておいたから大丈夫だよ」

 


 



 

 アルフレッドは、王であるレクスに普段通り接している

 

 これは、アルフレッドとレクスが若い頃からの友人である為だった



 名前で呼び合うような仲だったアルフレッドは、レクスが王になった際、口調を変えた方がいいかい?——と尋ねたが、立場上友人が少ないレクスはそれを望まなかったのだ。その為アルフレッドは普段通り接する事を続けており、これは既に周りも周知の事だった



 それに、SランクやSSランクの者達は敬語など使わない者達が殆どだったので、今更だった。レクス自身も堅苦しいのは好きでなかったので、その辺りは特に気にしていなかったのだ





 ——ちなみにレクスは、セシルにも敬称は不要だと伝えたのだが、無理です——と言って、セシルはそれを受け入れなかった。

だが堅苦しいのが嫌なレクスはその代わりにと、陛下ではなく名前ででも呼んでくれと頼んでいたのだ


 

 




 「アルフレッド、その事は心から感謝しているのだが……実は問題は深刻な事かもしれないんだ」

 

 


 「??それはどう言う事だい?」



 

 「実は——」






 アルフレッド達は皆レクスを見て不思議そうな顔をしていたので、レクスは先程臣下達と話した事をアルフレッド達に詳しく説明した。アルフレッド達はシルヴィアの病気の事は既に知っていたが、更に容態が良くないこと。リベルがマグナの友人——ソフィアの母を簡単に治して見せたらしい事を説明した



 すると、その話を聞いたアルフレッドとアーグは何かを思い出した様に反応し、顔を見合わせた


 レクスがどうしたのかと尋ねると、アルフレッドがリベルと戦った時に一瞬で傷が消えたことを報告した為、マグナの言った話が本当なのだとこの場にいる皆が確信し始めていた





 「ならばやはり、マグナの話は確かなのだろうな……」



 「……成程。それであの時、リベル君は起きていた訳か……」



 「それは……確かにまずいかもしれませんね」








 二人はリベルが回復魔法を使ったという話には凄く驚いたものの、臣下達同様事の重大さを理解すると、すっかり考え込んでしまっていた



 




 「アルフレッド、正直に思った事を答えてくれ。リベルという少年にシルヴィアを治してくれと、

私やマグナが頼んだとして……あの少年は引き受けてくれると思うか?」




 「…………あの様子だと、残念だがリベル君がそれを引き受けるとは全く思えないね」




 「セシルもか?」




 「は、はい……。それに、リベルは元々王族自体を酷くめんどくさがっていたような様子だったので……今はかなり難しいかと」




 「そうか……。もし、その際でもしシルヴィアが手遅れになってしまったらと思うと……私は自分を責める事気持ちで胸がいっぱいなんだ。あの少年がどのような人物なのかを確かめたいからと、私は本当に愚かな事をした」






 

 そう言ったレクスは酷く後悔している様子が窺えるような、とても弱々しい物言いだった


 自分が娘を救う希望を振り払ってしまったのではないかと、レクスの頭と心は後悔の念に染まっていたのだ






 「……レクス。私もマグナ君と一緒に頼んでみるから、そう自分を責めないでくれ」



 「そ、そうですよ。私からもリベルに頼んでみるので、どうかその事は私達に任せてください。それに、【聖女】にも頼んでいるって前言ってましたよね?それはどうなったんですか?」



 「Sランクの【聖女】は各地を巡っており多忙を極めているが、現在向かってくれてはいるそうなんだ。しかしいつこの国に着くか、こちらからは全く分からない。……今診てもらっている者が言うには、その前にシルヴィアの容態が悪化する可能性は十分あり得るそうだ」








 突き付けられた現状の事実に、セシル達は少し焦った


 【聖女】はSランクの回復魔法を使える者ということもあり当然忙しく、レクスから連絡を受けた時にどこまで行っていたのかすら分からない。その為、今現在シルヴィアを救える者など、先程の話が本当ならやはりリベルしか思い当たらなかったのだ



 


 


「……分かった。リベル君に何とかしてもらえるよう、私達から辛抱強く頼んでみよう」





 「アルフレッド。親として、私はこの頭を下げてでも頼みに行きたいのだが……私が行ったら逆効果だと思うか?」








 だが聡明でもあったレクスは、自分が今どう思われている立場なのかという事をハッキリと理解していた







 「そうだね……。リベル君を刺激して、それがこの件だけに留まらず逆効果になる可能性がある。だが逆に、レクスではなくマグナ君に頼まれたから治すという可能性もある。だから今は、そんなに自分を責めず私達に任せてくれ」




 「あぁ、本当にすまない、アルフレッド」




 「ハハハ、照れるからよしてくれ。……今日はアーグも入れてリベル君の話を遡って行こうと思ったんだが、どうやらそんな気分じゃないやつだね。また今度にしようか」




 「そうしてくれるとありがたい。……アーグ、すまないがそれでもいいか?」




「レクス陛下。俺の事は気にせずとも大丈夫です。それより、今はご自分とシルヴィア王女の事を優先してください」






 アーグはギルドマスターという立場上レクスとの対面は初めてでもなかったので、普段レクスと話すような丁寧な口調で答えた。

この国の王であるレクスは、アーグが敬語を使う数少ない人物だったのだ






 「すまぬな。——宰相や他の者達にも、随分見苦しい姿を見せた。許してくれ」




 「陛下、我が子を心配するのは親ならば皆同じことです。なので、どうか見苦しいなど仰らないでください」

 





 そう言ったのは宰相だったが、その場に呼ばれる程信頼関係を築いていた臣下達の目は、宰相と全く同じことを思っている様な目だった






 「皆、いつも私を支えてくれている事、改めて感謝する。そして、どうかこれからも私を支えてくれ」




 「「もちろんです!!」」






 

 レクスの言葉に、臣下達の大きく揃った声が謁見の間に響いた。そしてそれを以てその日は解散となり、アルフレッド達や臣下達はレクスにお辞儀をしてから皆部屋を出て行く



 一人謁見の間に残ったレクスは椅子に寄りかかってから少し考え事をしたが、アルフレッド達に言われた通り今は考えても無駄な事だったので、娘であるシルヴィアの様子を見るために皆より遅れて謁見の間を出た——







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