溜まる不満
リベルが学園に通い始めてから数日後——
学園長室に座るセシルは、学園職員から集めた
リベルの報告書に頭を悩ませていた
学園で過ごすリベルは自由そのもので、入学した次の日から寝坊をしていた
その日はセシルが後でしっかり来たので然程問題ではないのだが、それだけではなかった
現在セシルの前にはリベルが起こしたことの報告書が集められているのだが、数日のものにしては多かった
報告書には――
・挑発されて学園の壁を破壊(教師達が協力して直しました)
・校舎の敷地内で剣を振り、木を切ってました。何をしているのか聞いたら、暇だから剣の切れ味の確認と言っていました。このままでは木がなくなってしまうのでよろしくお願いします
・授業中(座学)の時寝ていて大変です。俺は大丈夫なのですが周りがそろそろやばいです。どうにかしてください
・授業中(座学)の時いきなり教室を出て行ったりします。俺は大丈夫なのですが周りがそろそろやばいです。どうにかしてください
・寝ぼけたリベルに腹を殴られました
・最近戦おうと誘われ続けています。俺が死んでしまう前に助けてください。お願いします
と書かれていた
これは全てダルフのもので、個人的な助けを求めるようなものもあったが、当然これだけではなかった
他の教師達からもリベルに対する報告が来ており、更には食堂の方でも問題が起きていた
Sクラスは一日三食以上いつでも食べていい事になっていたが、問題はリベルが食べ過ぎていたことである
その報告書には――
・授業の時間に食堂でずっとご飯を食べたりしています。それ自体は別に大丈夫なのですが、最近の問題も重なって食材がそろそろ足りなくなりそうです
と書いてあった
実は最近、狂魔の森で異常が多く見られる為魔物を倒しに行く冒険者が減り、その結果魔物の肉などの食材が不足していたのだ
そこに、そんな事気にせず料理を食べまくるリベルが合わされば、食材の在庫が無くなってしまうのは当然のことだった
しかしリベルに悪意がないことを何より知っていたセシルは、どうしたものかと頭を悩ませていたのだ
しばらく悩み報告書を見ていられなくなったセシルは、とにかくSクラスに向かうことにした
現在は座学をしているSクラスだが、それが終われば実技だったので少し早めに向かおうと思ったのだ
Sクラスに着いたセシルがドアを開けて入ると、生徒達――主にアリスの喜ぶ声が上がる
「セシル様!!また来てくれたんですね!」
「えぇ。次は実技だし――ついでにリベルが馴染んでいるか見に来たんだけど……」
「学園長!!コイツは授業中、ずっとこのままなんですよ!?叱ってやってください!」
数日間リベルに食いかかっていなかったメイナードが、セシルを目にして声を上げ出した
ダルフに言っても、あーなんと言うか……リベルはいいんだ――と言われるだけで、自分も一撃でリベルに負けてしまったこともあり大人しくしていたメイナード
しかしセシルが来たことで、メイナードは数日間溜まっていた不満が遂に溢れてしまったようだ
セシルは指を差されているリベルを見て、ダルフの報告内容を思い出させられた
何せ文句を言われている張本人のリベルは、机に突っ伏して気持ちよさそうに寝ていたのだ
(……ハァー。メイナードはそろそろ限界そうね。どうしたことかしら)
「リベル??起きて。少し早いけど実技の訓練場に移動しましょ?」
『うーーん……あ、セシルさん。おはよ』
「おはようリベル。一緒に訓練場に行きましょ?」
「学園長!!そいつを許すんですか!?」
目の前でのやり取りに当然納得出来ないメイナードは、席を立ち上がり文句を言う
「……ハァー。メイナード、落ち着いて。ちゃんとみんなにも説明するから。ダルフ先生、座学はもう終わりですか?」
「あー…はい、そうですね。今日の分は終わったのでもう終わりにします。全員、そう言うことだから実技の訓練場に向かうように」
セシルの考えを理解したダルフは授業を切り上げた
今日の分が終わっていたのは本当だが、リベルだけ抜けた後続けるのは困難だろうと判断したのだ。メイナードなど到底不可能そうだったので、いい判断だっただろう
「うぉーー!!やっと終わったー!」
「今日もセシル様に良いところ見せないと!」
「俺はリベルの突きに近づく為に頑張らねーとな」
ダルフの言葉を合図に、皆が席を立った
セシルが眠そうに目を擦るリベルを連れて歩くと、皆後をつけて来るように並んで移動を始めた
楽しみなディーン達が騒いでいるのを聞きながらセシルはしばらく歩き、訓練場に着くと皆を並べて実技の内容を説明していた――
「それじゃあ今日は、全員中級のゴーレムを相手にしてみましょう。何人かのペアでやってもらうから、ペアを組んで挑んでね」
そう言ったセシルの言葉を聞き、生徒達はワクワクしながらペアを組んだ
現在セシルが生成した中級ゴーレムに、ランダ、アリス、リエン、ディーンが挑んでいた。四人は協力して、確実に少しずつ削っているようだった
Sクラスと言えども、やはり学生。ランダ達は冒険者で言えばCランクか、良くてソフィアとマグナがBランクと言った所だろう
もちろんこの歳でそのレベルなのは高いことだが、セシルの中級ゴーレムは単体でBランク相当の強さなので、ランダ達が一人で倒すのは困難だろうとセシルは見ていたのだ
そんなセシルは、ランダ達の戦闘に全く興味が無さそうに自分の膝の上で寝ているリベルと会話をしていた
「ねぇリベル。あの四人は勝てると思う?」
『んー…、あのまま四人でちょこちょこやってれば勝てるんじゃない?』
(ちょこちょこって……まぁ、リベルはそんなふうに戦わないんだろうけど——)
「あ、それでねリベル。あそこにいる男の子は
マグナって名前なんだけどね。なんと言うか……あの子はこの国の王子だから、絶対に戦っちゃダメよ?いい??」
ここでセシルは、リベルに言っていなかったことを思い出して伝えた
セシルは報告書通り自由なリベルに振り回され、マグナの件をすっかり伝えそびれていたのだ
『王子??それって王の子供ってこと?』
「えぇ、そうよ。どう??ビックリした?」
『んー…ビックリはしなかったかな。だってそんな事どうでもいいからね』
「ア、アハハハ。やっぱりリベルは……そうよね」
セシル達の予想を全く外れない態度のリベルは、やはり身分の事など全く気にしていない様子だった
王子と聞いてマグナを一瞥しただけで、後は四人の戦闘に目を向けている
セシルは他にも授業中のことなどをリベルに注意しようか迷ったが、やめておいた
無理だと分かっていたからだ
その代わり、暇だからとダルフだけでなく他の教師達にも戦いを挑み出していたリベルに、教師とは絶対戦っちゃダメよ?——とだけ伝えておいた
暇になったらアルフレッドか自分の元へ来てくれと言うと、リベルも納得してくれた
『あ、勝ったね』
「えぇ、そうみたいね」
話が終わり、そう呟く二人の視線の先でランダ達が中級ゴーレムを倒していた
「ハッハッー!!勝ったぜ!」
「うぉーー!!自分の成長を感じる!」
「セシル様見てましたか――って、また!?リベルばっかりずるいわよ!」
「学園長。どうしてリベルには甘いんですか?」
戦闘が終わった四人がセシルの元へ戻って来る
そしてセシルの膝のでまた寝転んでいるリベルを発見し、アリスとリエンが詰め寄って文句を言っていた
「えーっと、それは――」
『お疲れー。四人で頑張ってゴーレムを倒せたみたいだね。まぁ、あの程度のゴーレムを――だけどね?アハハハハ』
「なっ!あの程度ですって!?」
リベルが挑発するようなことを言ってしまい、アリスとリエンが反応する。ランダは既にリベルの実力を認めていたので、笑って見ているだけだった
ディーンなどその横で、流石リベル君。俺も負けないぞー!!――などと叫んでいる
セシルが目の前で騒ぐアリス達を見てどうしたものかと悩んでいると、男が声をかけながら近づいて来た
「やぁやぁ、随分と賑やかだね。私も混ぜてくれないかい?」
「「!!」」
『あっ、アルフレッドさんだ』
Sクラス全員の視線が、喋りながら近づいて来るその男――アルフレッドに集まっていた
「アルフレッド……」
アルフレッドはいつも通りのきちんと整った服装に身を包み、笑顔を向けながらセシルの元までやって来た
「やぁ、リベル君。アハハハ、まさかセシルに膝枕してもらっているなんてね。随分心地よさそうだけど、お気に召したのかな?」
『うん、お気に召した』
言葉を真似るように返事をするリベルは、セシルの膝の上からアルフレッドに目を向けていた
「やっと来たの?アンタ今日が初めてじゃない」
「いやー、すまないね。これでも急いで仕事を片付けたんだよ。許してくれ」
「アルフレッドさんまで来てくれるなんて、今日は凄く幸運だ!是非俺と戦ってください!!」
「バカ!!アンタなんかと戦うわけないでしょ!?失礼なこと言うんじゃないわよ!」
アルフレッドの登場によって、何やら見覚えのあるやり取りをするディーンとアリス
——セシルは学園長という立場だが、アルフレッドは別段そういう役職に就いていなかった為名前で呼ばれることがほとんどだった
しかしそれは本人が拒否したからであり、アルフレッドも一応代表なので立場としてはセシル同様
一番上だ
「アハハハ。ディーン君は元気がいいね。それで見た所ゴーレムと戦っていたようだが、もう終わったのかい?」
「まだ始まったばかりよ。——はい、それじゃあ次のペアも準備が出来たら挑んでね」
セシルがそう言ってゴーレムを生成すると、メイナード、ソフィア、マグナがゴーレムに挑んでいった
その際メイナードはリベルを睨みつけていたが、やはりリベルは気にしていなかった
というより、気付いていないのかもしれない
何せリベルはメイナードに興味など全く無く、リベルからメイナードを見ることなど一度もなかったのだ
そしてソフィア達がゴーレムと戦闘を始めた
三人で挑んでいるが、やはりソフィアとマグナがいる分ディーン達より早く倒しそうだった
その戦いを眺めながら、セシル達は三人で話している
「メイナードもいいけど、やっぱりソフィアは魔法の扱いが特に上手いわね。それにソフィアの氷魔法は、ゴーレムに相性がいいみたいだしね」
「それに、マグナ君も入学時より随分成長している。あれは本人の努力の賜物だね」
『ふーん。…………うん!!やっぱりカレンさんが焼いた肉は美味しいな!二人も食べる?』
評価をしている二人の話を、リベルはアイテムボックスから取り出した肉を食べながら聞いていた。いや、聞き流していたと言った方がいいだろう
何故なら既にリベルは、今のセシル達の会話は頭から抜けているのだ
現在リベルは、カレンさんから買った肉が無くなってきたから、後でまた買いに行こ――と考えていただけだった
「え?あ、そ、それじゃあ頂こうかしら」
「そうだね。それに私も、カレンさんが焼いた肉を食べてみたいからね」
セシルはいつの間にか肉を食べているリベルに驚いたが、差し出された肉を受け取った
二人がリベルから貰った肉を食べていると、匂いを嗅ぎつけたアリス達が自分も食べたいと近寄って来る。そこに戦闘が終わったソフィア達が戻って来たので、全員がセシルの元に集まる形になった
リベルは残り少ないが、どうせ買いに行くと思ったので立ち上がって肉を分ける
皆美味しいと言って食べているが、一人だけそれを受け取らず、不満を言う者がいた
「どこぞの平民が焼いたかも分からない肉など食えるか!」
『うわー、やっぱり君は【奇族】だね。別にそれなら俺が食べるからいいよ。——うん、美味しい』
メイナードはリベルに声を荒げて突っかかっていた
アルフレッド達も前々から、メイナードの平民へ対する態度には頭を悩ませていたが、リベルとメイナードのやり取りが危なくなったら止めようと思い、今は黙って眺めている
「私は
『誰に選ばれたの?』
「……なんだと?」
『だから、誰に選ばれたのさ』
メイナードの言葉を遮ったリベルは、別に怒っている様子ではなかった
もし怒っていたなら、アルフレッド達が早急に止めていたただろう
リベルは単純に気になっているような顔でセシルに問いかける
『ねぇ、セシルさん。俺よく分かんないんだけどさ、コイツが言ってる貴族ってどうやってなるの?』
「き、貴族に?…………そうねー…国に貢献したり、活躍を王様に認められると——かしら。まぁ、凄く貢献しないと無理だし、そうそうならないけどね」
『ふーん……なら、君は自分が王に認められて
貴族になったって言ってるの?』
「そ、そうだ!私の先祖はこの国の王様に認められたのだ。その子孫である私も、当然選ばれた者に決まっている!」
『え??俺は君が認められたのかって聞いてるんだけど?別に先祖が認められて貴族になったからって、君が認められたことにはならないでしょ』
「「…………」」
思ったことをズバズバ言っているリベルの言葉に、皆聞き入っていた
全員リベルの言っている意味が分かってしまう為、黙って見つめながら耳を傾けていた
「き、貴様はなにを……」
『だーかーらー、君が認められたわけじゃないじゃん。国に貢献して認められたって言うなら、この国の人達にでも聞いてくれば?僕をみんな認めていますか?——って。俺は、誰も君のこと認めた訳じゃないと思うけどなー』
リベルは思ったことを何も考えず口に出しているだけだったが、その言葉に、アルフレッドもセシルも黙り込んで聞いていた
何も取り繕わないからこそ、リベルの言葉がストレートで正しい事だと理解出来るし、実際正しかった
「……確かに」
「なぁ、ディーン。リベルの言ってることって……別に間違ってないよな?」
「俺は難しいことは分からないが、リベル君の言葉が一理あると言うことだけは分かったよ!」
リベルの言葉に、生徒達もボソボソと反応を示し出した
貴族でもなんでもない者からすれば、まさにリベルの言う通りだったのだ
しかしメイナードは戸惑ったものの、この状況をプライドが許さなかった
「だ、黙れ!!が、学園長とアルフレッド様は何故この者を甘やかしているのですか!?この学園に、このような者は相応しくありません!」
「メイナード君。君が貴族ということに誇りを持っているのは分かるが、それは君が決めることではないだろう?それに、この身分関係なく実力で入れる学園に、リベル君の実力は相応しくないと思うのかい?君も負けたと聞いていたんだが……分からなかったのかい?」
「しかし……こ、この者だけ途中で入学し、授業中の態度も注意されません!これではまるで、この者だけ特別扱いの様ではないですか!!」
メイナードの言葉に、Sクラスの生徒が黙りながらアルフレッドの答えを待っていた
皆メイナード程不満には思ってはいなかったが、リベルの特別扱いには気付いていたのだ
リベルが入学してからセシル達が来るようになり、リベルは授業中何をしても注意されず、更にはセシルから膝枕をしてもらい、食事にまで行くとなれば、特別扱いに気付くのも仕方のないことだろう
メイナード以外の皆は、リベルに不満と言うよりも、疑問が多かったのだ。何故あれで注意もされないのか、皆不思議に思っていた
「まぁ……みんながそこを気にしているのは分かるよ。どうだろう、リベル君。セシルの
『フフッ、つまり食事前の運動ってことだね?
確かに運動の後の食事は美味しいからね。ゴーレムと戦ってあげようじゃないか!』
そう言ったリベルは腕をグルグル回して準備運動のようなことを始めたが、生徒達には動揺が走っていた——
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