ポルティア
――数十分前――
王国の警備長――ポルティアがいつもと同じく部屋で仕事をしていると、廊下から慌ただしい足音が聞こえ、ドアがノックされた
「ポルティア様!!至急報告したいことが!」
「入れ」
「失礼します!!」
入室して来た兵士はかなり急いで来た様子で、顔に汗を浮かべて入ってきた。騒々しいと思ったポルティアだが、報告と聞いて何かと尋ねる
「急ぎの報告とはなんだ?」
「ハッ!この国に初入国したいと言っている者が居るのですが、我々では判断が出来ないので一度お会いになって頂きたいです!!」
(何故私が??いつも通り話を聞いて怪しい者以外は入れればいいだろうに)
何事かと思っていたポルティアは、全然大した事のない報告がされて面倒に思った。しかし同時に疑問にも思う。普段ならば、そんな事でポルティアまで報告をしになど来ないからだ
「……判断が出来ないと言っていたが理由は?」
「ハッ!その者はお金を持っておりませんでした!」
「なら入れんだろうな……」
(通行料が払えないが入りたいということか?……それなら私まで持って来る必要はないだろうに……)
通行料が必要なのに金がない。ならば当然入れないだろうと結論付けたポルティアは、何故わざわざそんな事を報告してくるんだと思った
しかしそんなポルティアに兵士が続けて話す
「しかしその者はゴブリンの死体を保有していた様で、お金の方はそれで大丈夫だったのですが――」
「なら買い取って入れれば良かろう」
少し面倒になり早く仕事を再開したかったポルティアは、仕事に手をつけながら兵士の言葉を遮った
しかし兵士は戸惑いながらも、引き下がることなく報告を続ける
「それが見たところ百は超えているようで、その……死体も普通ではないようなんです……」
(百か……確かに多いが、ゴブリンなら高ランク冒険者が数日かければいけるだろう)
「……高ランク冒険者か。それで普通ではないとはどう言うことだ?」
「それがその……何と言いますか……」
「なんだ、ハッキリせんか!」
言いづらそうに、言葉を選んでいるかの様に言い淀んでいた兵士に、ポルティアは苛立ちを感じて怒鳴った。すると怒鳴られた兵士は背筋を伸ばし、ハキハキと言葉を喋り出した
「ハイ!!その死体は見たところ、全て胴から横に真っ二つにされております!それに断面も恐ろしく綺麗に両断されております!」
(なに?…………胴だと?)
「首ではなく胴なのか?」
胴が真っ二つという聞きなれない言葉に、ポルティアの耳が反応した。真っ二つというのもあまり聞かないが、それよりも胴というのが引っかかったのだ。それは切断するにしろ一撃で仕留めるにしろ、大体首を狙うのが一番確実で早い話だったからだ
「ハイ!!それに斬られている位置も同じように見えまして、全て同時に斬られたのではと思うほどです!」
(同時に斬られた様だと?………………)
ポルティアは兵士の報告で、それは確かに気になると思い仕事の手を止めて考える。少しの間思考してから、やはり無視できないと判断したポルティア
「その死体はどこに?」
「他の者達にも手伝わせて、一度小屋に移しました」
「私も見に行く。一緒に来い」
「ハッ!!」
ポルティアは報告に来た兵士を連れて、普通ではないと言う死体を見る為に腰を上げた。兵士に案内されながら、部屋を出て死体がある小屋へと向かった
しばらく兵士と歩き、小屋に着いたポルティアは、集められた大量のゴブリンの死体を見て言葉を失ってしまう
(なんだこの死体は……)
そこには兵士の言う通り、胴を横に切断された全て同じようなゴブリンの死体が転がっていた
(こんなに綺麗に斬れるものなのか?いや……Sランク冒険者達は皆常軌を逸していると聞く。そのくらいの実力者になれば可能なのだろうか……)
Sランク冒険者の実力を噂に聞いていたポルティアは、Sランク冒険者なら出来るのだろうと自分に言い聞かせ結論付けた
「恐ろしく凄腕の者の様だな。高ランク冒険者か……これほどの腕を持つ者を待たせるのは失礼だろう。すぐにお通ししろ」
「あの、それが……それをやった者は……その……」
「?なんだ、どうしたのだ」
通せと言ったポルティアだが、兵士はまだ言いたいことがある様だ。まだ何かあるのかとポルティアは眉を顰めて兵士に目を向けた
「それをやったと思われる者は……その……少年なのです」
「な、なんだと!?これを少年がやったというのか!?」
少年と聞いたポルティアは、今までの想像を覆されたような気分になった。高ランク冒険者ならばともかく、少年がゴブリンをこれ程倒した事も、この様に仕留めたというのも、とても信じられないのだ
「ハイ、ですからポルティア様にお会いして頂いた方が良いかと思いました。…………その、失礼なのは承知ですが、急いで向かわれた方が良いかと思います」
(急げだと?)
「何故だ?」
兵士は言いにくそうに視線を下に向け、懇願するかの様に声を出していた。しかし普段言われないような事を言われたポルティアは疑問に思った
「それが……私達も信じられず疑ってしまいまして……長々と引き止めた結果、その少年を不機嫌にしてしまいました……」
「ポッ、ポルティア様!!早くお会いになって下さい!あの者を怒らせたら俺達は……俺は殺されてしまいます!!」
「なんだ!急にどうしたのだ!?おい!この者はどうしたというのだ!!」
死体の側で、先程まで青褪めていた兵士が慌てて口を開きだした。膝をつき、ポルティアに縋り付くように喋っている兵士は酷く焦っている様で、その顔には汗が滲んでいた
「それが……その少年を怒らせた時に、恐らく殺気のようなものを向けられまして……横にいた私も恐怖で震えてしまうほどの圧でしたので、それを向けられたとなると……」
ポルティアはその兵士の焦り様に驚いた。この者は普段はこんな気弱そうな者ではなかったと記憶していたのだ。しかしポルティアの問いに答える兵士もその時のことを思い出したのか、顔を引き攣らせ身震いしている。その様子はポルティアから見ても、完全に怯えている様子なのが丸分かりだった
(なっ、その少年はそれ程なのか!?)
「……今すぐ向かおう」
ポルティアは兵士達の様子からただ事ではないと判断し、すぐさま向かう事を決断した
「早く済ますといって許してもらったので……早く入れてあげた方がいいかと……」
「そうか。……分かった」
「あと――」
「なんだ!?」
ポルティアが急いで向かおうと背中を向けると、兵士がまだ何かあるようで呼び止められた
「お金と食べ物も要求されました」
「は、はぁ!?……ッ、なんでもいいから早く準備して後から来い!私はもう向かう!!」
間の抜けたことを言われたポルティアは思わず少し取り乱してしまったが、すぐ兵士に命じてから小屋を出た
(クッ!厄日だ!!凄まじい力を持つ者が来たかと思えば少年?不機嫌にして怒らせた!?さらにはお金と食べ物を要求された!?なにがどうなっているんだ!!……
「フゥーーー」
少年が待っている部屋へと急ぎ歩いているポルティアは、溢れる程巡っていた思考を落ち着かせる
しばらくして例の少年が待っている部屋の扉が見えて来ると、さらに大股になって歩き出した
扉に手をかけ、意を決して入っていくと——
『随分遅かったね』
「失礼。待たせたようですまない」
早速椅子に寄りかかりながら少し不機嫌そうにしている少年——リベルに、早速文句を言われてしまった
ポルティアは手で合図をして、見張りに付けていた兵を下げさせる。二人きりになった部屋で、不機嫌そうなリベルの、机を挟んだ正面の椅子に座る
「ハハハ、色々とやる事が多くてね。自室からここまで来るのもかなり時間がかかるんだ。許してくれ」
嘘だ。ポルティアが普段やる事が多いのは本当だが、自室からここに来るまではそう時間が掛からない。報告が届いてすぐ来ていれば、それ程待たせる事はなかっただろう。死体を見たり兵士と話したりしていたら時間がかかってしまった訳だが、ここはこの少年を怒らせないよう謝る必要があると、ポルティアは判断していた
『…………まぁいいや。それで?早く入れてくれない?』
「あっ、ああ。もちろん入国させるとも。だがその前に、少しだけ質問をしても良いかい?」
『早く終わらせるならね』
(早く……か)
早く入国したくてたまらないリベルが
「了解した。まずはそうだな、君の名前を教えてくれるかい?」
『リベル』
ポルティアに名前を聞かれたリベルが上を向き、少し考えるようにしてから答えた
「リベル君か。良い名前だ」
『フフーン、そうでしょ?なんだ、おじさん中々分かってるね』
名前を褒められるとリベルは途端に笑顔になった
先程までの表情が影も形も感じられないような笑顔だ。ポルティアは急にご機嫌になったリベルに内心少し戸惑った
(なんだ??名前を褒めたら急に笑顔に……まぁ、喜ばしいことだろう)
「ハハハ。それは良かった。それでリベル君はどこから来たんだい?」
『めちゃくちゃ広い森。そこからこの国が見えたから向かって来たんだよ』
(広い森か。この国近辺の広い森と言うと……)
「あぁ、
先程の死体の光景を思い出しながら質問するポルティアに、リベルは元気に答えた
『そうだよ。なんか歩いてたらいっぱい来てさー、だから倒してあげたんだー。アハハハ』
ポルティアは笑顔で肯定するリベルに疑問を覚えたが、上機嫌そうなので刺激しない様に気をつけようと思った
「それで、森以前はどこから来たんだい?」
『フフッ、秘密だよ。ヒ・ミ・ツ。それにおじさんに言っても分かんないと思うしさ!』
(分からない程辺境の村から来たのか?……いずれにしろ身元不明か……まだ分からないことが多いが……このまま上機嫌で入ってもらった方がいいな)
笑顔で答えるリベルに疑問は尽きないが、質問責めにして時間を食うより、上機嫌のまま入れた方がいいと判断するポルティア。
普段ならばもう少し詳しく聞かないといけないのだが、先程の兵士達の怯えようから早く入れた方がいいと判断したのだ。ポルティアがそう考えを纏めていると、二人の兵士が焦って入って来た
「お待たせして申し訳ありません!死体を買い取ったお金を持ってきました。料理は今作っているのでまもなく出来上がります!」
『あ!!さっきの二人だ。結構遅かったねー』
「「も、申し訳ありません!!」」
『いいよいいよ。それに今は機嫌がいいからね!許してあげる』
遅くなったことを指摘された二人は途端に青褪め、自分より年下であるリベルを相手に深々と頭を下げていた
しかし上機嫌なリベルは遅くなったことなど全く気にしていないようで、椅子に座りながら声を上げて笑っている。兵士達はリベルの様子にホッとし、持っていた死体を買い取った金が入った袋を、丁寧に机に置いた
『それじゃあ、お金貰ったしそろそろ行こうかな。もう止めないよね?』
「勿論だ。しかし料理はいいのかい?」
『ここで食べたくないしもういいや。このお金あれば中で買えるでしょ?』
立ち上がったリベルが貰った袋を持ち上げ、まじまじと見ながら問いかける
「あぁ、問題ない。それでは時間を貰って悪かったね」
『うん、それじゃあバイバイ』
バタン――
「「……ハァーーーー」」
少年が手を振りながら部屋を出ると、二人の兵士は緊張が解けたように息を吐いて座り込んだ。青褪めていた顔に色が戻っていく
(そこまで萎縮するほどなのか……)
「機嫌が良かったみたいで助かった……大丈夫か?」
「あ、あぁ。一瞬死んじまうかと思ったけどな。ポルティア様のお陰だな」
「確かにそうかもな。——それにしても、どうやってあれほど上機嫌にしたんですか?」
「……私がしたわけではない」
「「??」」
「それよりあの死体はどのくらいになったのだ?」
少し眉を顰めてポルティアを見ていた兵士達に、話題を変える意味も含め気になった事を質問する
(あれほどの状態だったのだ。かなり値は付くだろうな)
「はい、全部で金貨二十枚になりました」
「金貨二十枚だと!?確かに綺麗な死体だったが……ゴブリン百匹くらいでそんなにするのか?」
兵士の言葉にポルティアは驚く。この国では金貨五枚もあれば一ヶ月は裕福に過ごせる程、金貨は価値が高かったのだ。ポルティアはいくら状態が綺麗とは言え、最弱のゴブリンの死体でそんなにするなど思っていなかった
「それが……ゴブリンの死体に埋もれて気付かなかったのですが、確認したところゴブリンキングも三体ほど混ざっていました」
「ご、ゴブリンキングだと!?」
ゴブリンキングとは稀に現れるゴブリンの上位種だ。最弱のゴブリンが異常に強くなった個体。ポルティアはリベルがゴブリンキングを討伐したことも驚いたが、それよりも狂魔の森にそんな上位種が三体もいたことの方が驚きだった
(………やはり最近の森の異常は確かだったのか。ハァー…。あの少年といい、これから荒れそうだな)
そう思ったポルティアは兵士達を仕事に戻し、
*****
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