門兵

  




 


  ある王国の門、快晴で気持ちのいい空の下——


いつもと同じように、国の入り口で門番の仕事をしている二人の門兵がいた

 

 




 「あぁーあ、暇だなぁ。なぁ、今日の仕事が終わったらまた一杯どうだ?」

 

 


 「またか!?この前行ったばかりじゃないか。」





 鎧を着て、手に槍を持ったその男は、隣にいる仕事の同僚に飲みに誘われていた――





 「お前もご褒美でもないとこんないい天気の中、一日中突っ立ってられないだろ?」

 


 

 「突っ立ってるって……ちゃんと仕事はしてるじゃないか」

 

 



 隣の同僚はいつもと同じだが、それでも退屈な仕事に不満を漏らしていた。しかし一日中立っている事に対しての不満は大抵、退屈だとか気が滅入るだとかの精神的な苦痛のみだ。何かあれば対応しなければいけないので、何もないに越したことはなかった


 



 

 「あぁ、仕事はキッチリするさ、通行証も確認するし何かあったら対応するぜ?だが長年やってると顔見知りや有名商団ばっかでもう作業みたいなもんだろ??」

 

 



 (確かにそうだが……)

 

 



 この王国は広さだけで見ても誰もが分かるような大国だった。そのうえ国自体もすごく盛えている。国からそう遠くない場所には幾つものダンジョンがあり、それを攻略しようと訪れる冒険者が多く、そのため宿や店なども数えきれない程あった。当然商売もはかどる為、いくつもの商団がこの国に訪れていた

 

 

 門番の大事な仕事は盗賊や犯罪者などが紛れ込まないように通行証を確認することだ。しかし大陸でも一、ニを争うほどの大国であるこの国に好んで自ら近づく犯罪者などそうそういるものではなかった



 

 その為門番の仕事は、通行証を一目確認するだけという単純作業と化していた






 「でも最近魔物の被害も増えてるし何かあるかもしれないぞ?狂魔きょうまの森では魔物が増えて凶暴性も増してるそうだ」

 

 

 


 しかし、最近この王国から遠目で見える狂魔の森で魔物が増え、凶暴化しているとの報告を数日前に受けていた。その為か最近、冒険者達も普段より怪我をして帰ってくる者が増えてきていた




 もし魔物がこの国に迫って来たら対応するのは門番の仕事だが、そんな事はあまりなかった。たまに数匹の魔物が来る事はあるが、対応出来ない程の魔物が来ることなどそうそうなく、二人がそんな状況に対面した事はまだ一度もなかった

 

 




 「あぁ、それは怖いこった。で??行かねーのか?」



 

 「……行く」




 「ハハッ、そうこなくちゃな!!」


 

 

 しかし同僚の言う通り、何もなければただ立っているだけのような仕事なのは明白だった。退屈じゃないのかと聞かれると退屈だったので、男は同僚の誘いを受け入れた


  


 

 (私も息抜きは欲しいしな……異常もなく終われば楽しむだけだ。……ん??今人影が……)


   

 

 


 「なんだ??どうかしたのか?」

 



 「いや、今あっちの方に人影がみえたと思ったんだが……」


 




 目を凝らして一点を見つめていた男に疑問を抱いたのか、同僚が顔を眉を顰めて声をかけた。しかし二人がその方角を眺めても、それらしきものは何も見えなかった

 





 「ホントか?……誰もいないぞ。いい天気で寝ぼけただけじゃねーか??」



 「フッ、そうかもな」

 





 (注意しておいて、実は私もボーッとしていたのかもしれないな……)





 と思った男が顔を微笑ませていると、すぐ近くからまた声をかけられる



 


 『あっちってどっち??お兄さん立ったまま寝てたの?』

 


 

 

 「アハハハ、寝てはないよ。あっちの方に人影が見えた気がしたんだけど、気のせいだったかもしれないなってだけで…………ん??」






 聞かれた男は自然に答えていたが、途中でその口調や声に違和感を感じて言葉を止めた。その口調も、声も、いつも聞いている同僚のものとは全く違うものだったからだ


 男は聞き間違いか?とも思ったが、そうではないような気がしていた




 

 (……私は誰と喋ったんだ?)


 


 

 『うーん、あっちか。俺が来た方かな?ん、あっちから来たんだっけ? ……あれ、俺どっちから来たっけ?』






 男が声の聞こえた方へ顔を向けると仕事の同僚ではなく、キョロキョロしながら一人で喋っている少年——リベルがいた。同僚も男と同じくビックリしており、既に怪訝な顔をしながらリベルに視線を向けていた




 

  「「え??」」


 

  『ん??』





 二人の視線と声が、いつの間にか横にいるリベルに対して重なる。男は突然の不思議な出来事に困惑し、リベルを見たまま思考が停止してしまった



 男の目の前ではリベルが、後ろを見てどこから来たか思い出そうとしたり、大きな門を見上げて何か言っていたが、男はそれどころではなかった


 男はリベルに対しての疑問しか浮かばず黙りこくっていたが、しばらくしてから自分に呼びかけてくる声によって現在に引き戻される

 



 

 『ねぇ、ねぇってば。お兄さーーん?』 


 

 

  「……ん?あ、あぁ。……なんだい?」




 『なんだいって……だから、早くこの国に入りたいってさっきから言ってるんだけど?早くこの門開いてよ。……あっ、もしかしてこの国では、この門を壊せる人かどうかが入国審査だったりする?実力ないと入れないとかそう言うやつ?』


 



 

 男の目の前では、リベルが早く入れろと言わんばかりの顔で耳を疑う事を言っていた



 リベルは銀色がかかったような綺麗な黒髪、女性が思わず見惚れるような整った顔立ちと鮮やかな金色の瞳をしていた。そんな瞳で男を見つめているリベルは、青年と言うのは少し早いような見た目で、背丈は男の胸元を少し超える程の背丈だった


 

 



 「君は……いつからいたんだ?」




 『え??さっきそこのおじさんが寝ぼけたんじゃねーかって言ってた時だけど?』

 




 男が同僚も思っているであろう疑問を口にした。するとリベルは、何でそんなこと聞くの?とでも言うような顔で返す

 

 


 (さっきの人影はこの少年か?いや、だとすると速すぎるか……入れてくれって事は、出て来た訳ではなさそうだが……)





 

 困惑しながら思考を巡らせている男に、リベルは腰に手を当てて前傾し、顔を覗き込む様に再度話しかける


 



 『ねぇそんなことよりさー、早く入りたいんだけど。それともやっぱり壊して入るやつ?それなら今すぐ壊すけど?』




 「あっ、ああそうか。それは悪かったね。ならここを通る時必要な通行証を見せてくれるかい?」






 困惑していた男だが、顔を顰めながら喋るリベルの声に反応して、仕事でいつもやっている時と同じよう問いかけた。門を壊すなどと恐ろしいことを言っていたが、男は冗談だろうと思いあまり引っかからなかった

 

 




 『何それ??初めて来たし持ってないよ。』


 


 「初めてかい?それじゃあ少し高いが通行料を払って貰うことになるけど、お金はあるかい?」

   

 


 『お金も持ってないんだよね、アハハハハ!』


 



 この国は多くの人が訪れているので、初めてくる者は珍しくなかった。男は特に慌てる様子も無く、これまたいつものように問いかけるが、コロコロ表情が変わるリベルは腕を組み、胸を張りながら愉快そうに笑顔でそう言い放った。見た目より少し幼いようなリベルに、男はどこか違和感を感じていた






 (何か違和感がある……口調のせいだろか?

……なんなんだこの少年は)

 

 

 



 『あっ、ねぇねぇ。これってお金になるかな?』


  

 

 ドサッ——


 


 「「!?」」





 男が思考していると、リベルは急に思い出したようにそう言って手を横にかざした。すると何を言っているんだと思った二人を他所に、空中にポッカリ開いた穴から大量の魔物の死体が出てくる






 (これはゴブリンの死体……だが、何だこの数は……)

 

 



 『どう??』





  再び顔を見ながらそう問いかけるリベルのせいで、男は本日2回目の思考停止に陥ってしまう



 しかし男が驚くのも無理はない。何故ならその数だけ見ても驚くような死体は、外傷が限りなく無いに近かった


 通常、魔物の死体には剣で斬りつけられた傷や魔法による外傷があり、その死闘の様子が窺えるものだった。相手がいくら最弱のゴブリンだと言えども、その死体は多少傷つくのが道理だったのだ


 だかリベルが出した死体にはその傷があまりない

 


 


 (こんなふうに斬れるものなのだろうか?……いや、少なくとも私には無理だろう)

 


 


 二人が退屈だと思っていた門番の仕事は、ある程度実力がないとなることが出来ない


 それは問題に対処する能力が必要な為で、男は元Cランク冒険者。門番の中では割と優秀な方だった


 しかしリベルが出したゴブリンの死体は確認できる限り全てが、それは見事に真っ二つにされている。傷口を重ねて立たせればまるで生きているかの様に見えそうな程綺麗な状態だったのだから、男が驚くのは当然のことだった

 



 


 (しかし……これをこの少年が??)

 




 「……このゴブリンは坊主がやったのか?……こんなに??」



 



 男と同じような疑問を持った同僚は、リベルに向けて問いかけた



 



 『やっぱりこれゴブリンか……いつか忘れたけど前行った世界と少し似てる世界なのかな?でもこっちの方が色々上みたい……』

  


 

 「あ??なんだって?」






 リベルの自問自答するような呟きは、二人には聞こえなかった

 





 『いや何でもないや。そうだよ、俺がやったけどなに?』


 


 「……どうやって?」




 『どうって……なんかいっぱい群がってきたから普通に斬った?』







 そう言ってとても気軽に答えるリベルに二人共疑いを隠せず、

当然信じられなかった


 しかし二人は心中全く同じ気持ちだった訳だが、聞かれているリベルの方は質問の意味が分からないような様子で答えていた






 (……信じられるわけがない……この少年が、このゴブリンを全てやっただと?)

 


 

 『それでこれはお金になるの??さっきから何回も言ってるけど、俺早く入りたいんだよね』




 



 男は同僚と少し目を合わせ、段々不機嫌そうになって行くリベルにどうしたものかと戸惑っていると、仕事をめんどくさがっていた同僚が話を進めてくれた







 「た、確かに魔物の死体は金になるが……でもな、坊主。俺達も怪しいまま入れるわけには行かねーんだよ。とりあえず中で話を聞いてもいいか?」






 通常、初入国の者はお金を持っていなければ入れない。しかし魔物の死体は商人や冒険者ギルド、他にも買い取る場所は沢山あるので、この場合は料金分の死体を引き取ればいいだけだった





 ――ちなみに初入国の通行料なら、状態にもよるがゴブリンの死体二十体程あれば大体足りる――


 



 しかしまだ少年であるリベルがやったなど未だに信じられない同僚は、話を詳しく聞く必要があると判断していた



 男も同僚のその対応が正しいだろうと思い納得する。これだけの魔物を本当にリベルが倒したかなど分からない。第一、危険だと思われる者を国に入れるわけにはいかないのだ。二人からすれば、リベルが危険人物ではないにしても、お金を持っていない時点で大分怪しかった



 しかしそんな二人の考えなど知らないリベルは眉を顰め、意味が分からないという様子で視線を二人に向けている


 




 『怪しい??俺がこれやったのが怪しいって事?』




 「「……」」

 

 



 (正直それもあるが……だか普通の少年にしか見えないこの少年はどこか……そう、どこか違和感を感じる。それが何故かは分からないが……)





 この二人はまだこちらに来て間もないリベルの、この世界と異なる存在のような感覚を僅かながら本能で感じていた。まだ若干馴染んでいないような少年の異物感を本能で感じ、それが二人に違和感という形で浮かび上がっていたのだ



最も、それがなくても怪しまれていただろうが……






 『……ウザ…………なら達の身体で証明してやろうか?』




 「「ッッッ!!!!」」


 




 リベルが不機嫌そうに言葉を発した途端ーー二人の周りの空気が凍りつく

 




 (何だ、この心臓を掴まれているかのような寒気は!!この少年の仕業か!?ま、まずい!!)


 



 「っ!す、すまない!!私達も仕事なのでやらなければならないのだ!!君を不快にさせてしまったのなら申し訳ない!どうかこれを抑えてくれないだろうか!?」



 


 『…………』






  

 男が慌てて丁寧に謝罪をすると、段々二人を覆っていた寒気が引いていった。男はあのまま圧力のようなものに覆われていたらと思い、身体が震える


 そんな男が恐る恐るリベルの顔を見ると、無表情で男を見つめていたリベルの瞳と眼が合った



 

  


 (ひ、瞳が……真っ黒だ…………)


 



 その男を見つめるリベルの顔は凍りついており、鮮やかな金色に輝いていた筈の瞳が黒く——闇に染まっていた



 男が咄嗟に視線を逸らし、今の寒気を自分よりも感じていただろう同僚を見た。すると同僚は荒い呼吸をしながら、青白くなった顔に汗を滲ませていた


鎧の下も同じ様になっているだろうと、男は見ただけで分かった。そして、とても会話が出来るような状態ではなかった


 


 


 (……私が話すしかない…………)

 




 

 男は自分を無表情で見つめるリベルを前に覚悟を決めた





 「す、すまない。で、できるだけ時間を取らせないよう上司に申し付けるので……どうか一緒に来てもらえないだろうか……」

 

 



 男の心臓の鼓動が速い。もし断られたとしてもどうにも出来ないという事は、既に理解していた


 男は断られないよう祈りながら、リベル返事を待つ……



 そして僅かな沈黙が続くと、リベルの瞳に色が戻った


 

 


 


 『……早く終わしてよね』



 

 「ッ!!あっ、ああ。約束しよう!!」


 


 (よかった……)





 

 男がそう思い、上司へ連絡をするために走り出そうとすると、リベルに呼び止められた


 




 『あと……』


 


 「?」




 『お腹空いたから美味しい食べ物。この死体もお金になるなら全部あげるから、お金も用意してくれない?』




 「承知した。ちゃんと手配してもらおう」



 



 そうして男はリベルを待機してもらう部屋へ案内してから、まだ少し震えている同僚を連れて上司に急ぎ報告する為走り出した——



 


 

 *****





 

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