第3話〈王の灼熱たる執着〉

 王の剣幕には、普段冷静さを心がけているノーマンドも流石に焦りを覚えた。

 このように目を血走らせる様は、戦場で剣を振るう姿を連想させる。

 腕を伸ばしたその手が、ノーマンドの胸ぐらをつかむ。


「離して下さい!」


 パトリアスが叫び、王の手を掴み、ノーマンドの胸元から強引に引きはがす。

 衝撃で咽たノーマンドは、パトリアスに抱き抱えられて否応なく走り出した。


「ノーマンドは俺の物だ! パトリアスめ! 殺してやる!!」


 絶叫しながら王は剣を鞘抜いて振り回している。

 いくら若いとはいえ、足の速さも体力もパトリアスは王には敵わない。

 ノーマンドはパトリアスに、隠し部屋への扉について小声で告げた。

 角を曲がり、王の死角の壁を押し込めば、隠し部屋への通路へ繋がる扉が開かれる。

 パトリアスがノーマンドの腰を抱いて飛び込んだ。

 扉が閉まり、壁として元に戻る。

 王が把握していない部屋だが、いつ見つかるかは予想できない。

 ノーマンドはパトリアスの先を歩いて先導する。

 行き着いたのは、大人三人が限界の小部屋だ。

 ランプに火を灯して、お互いに顔を見合わせた。

 パトリアスは汗で顔がぐっしょりで、ノーマンドも額から滴る汗を手の甲で拭う。二つある椅子の一つに腰を落ち着けるが、呼吸はまだまだ忙しない。

 瞳を伏せて、重い口を開いた。


「何故、陛下の怒りを買ったのかわかるか」


 パトリアスは無言で頷く。

 その様子を見て、ノーマンドは頭を振る。

 ため息と共に後悔の念を吐露してしまう。


「私は、お傍にいながら陛下のお気持ちを理解できなかった。無念だ」


 パトリアスが息を呑む。いきなり両肩を大きな手のひらで掴まれて、問い詰められる。


「それは陛下の気持ちを知っていたなら、私の愛を受け入れなかったという意味ですか!?」

「ぱ、パトリアス落ちつけ」

「落ちつけませんっ、だ、第一、同性でしかも臣下と主君が愛しあうなどと、前代未聞だ! も、もし陛下の愛を受け入れたなら、ノーマンド様は死罪ですよ!?」

「……っ」


 パトリアスの話しは事実である。

 椅子の背もたれにより掛り、なんどめかもわからないため息を吐きながら、この国の忌まわしい掟に想いを巡らせた。


 シュテンブルの守護神は、戦神シュティズであり、“禁断の愛”によって、かつて守護していた国を滅ぼしたと言われている。

 二度と過ちを冒さぬよう、神は正道なる愛しか認めず、違えた者には罰を与えるのだ。

 中でも、王族の場合には、厄災が降りかかるという言い伝えがある。


 ノーマンドは視線をパトリアスに戻して、冷淡な声音で告げた。


「我らは陛下の忠実な臣下である。陛下から逃げるなど許されん」

「ノーマンド様」


 パトリアスの息遣いは落ち着きを伴っており、ようやく正気を取り戻したと知れた。

 ノーマンドは立ち上がると、先に陛下と顔を合わせるので、声をかけるまで出ないように言い含めた。

 パトリアスは顔を曇らせて押し黙る。


 隠し部屋から通路へ出た途端、逞しい腕に引き寄せられ、抱きこまれた。

 ノーマンドは厚い胸板に顔を押し付けられて、つま先から脳天まで甘い震えを感じて、瞳をゆるゆると閉じた。小さな声を上げて身じろぐ。


「逃がさんぞ、ノーマンド」


 耳元で囁かれる低い声音に、意識が朦朧とする。


「へ、陛下……お赦しください……」


 愛する王に抱きすくめられ、己の心臓が爆ぜそうなほどに脈打つのを聞きながら、ノーマンドは呼吸さえままならない。

 王は宰相の懇願などお構いなしに、唇を奪う。


「ん、むぅううう」


 ――陛下の唇が、あ、あつい……ああ……っ!


 つい目を開いてしまえば、眼前は王の顔でいっぱいで、鋭い光を放つ目に心を射抜かれる。

 執拗に厚い舌を絡められて、舌先から付け根まで王の体温が伝わり、両腕を伸ばして背中に回してしまった。

 くぐもる甘ったるい声でうめきながら、口づけに夢中になる。


 気が遠くなる程の深い口づけに、ノーマンドの胸は幸福に満たされて、王から離れられない。

 無骨な手のひらで頭を撫でられながら、恍惚と身を擦り寄せて微笑む。


「陛下ぁ」

「お前を娶る。我が国の掟など知るものか」


 ノーマンドは王の頑なな言葉に、頭から冷水を浴びせられたような心情となった。


 ――いかん!


 両腕を突き出し、王から身を離す。足がもつれて背中から床に倒れかけた所を、誰かに支えられて目を見開いた。

 息を切らせたパトリアスだった。

 怒りに満ちた目を、王に向けている。

 ノーマンドは不穏さを感じ取り、たしなめようと声をかける。


「パトリアスよ、やめるのだ」

「何をですか? 私は、陛下が、我が国の神を裏切る行為を見逃せないのです!」


 無礼極まりない態度に、ノーマンドは目を瞠るが、何よりも王の反応が気がかりだ。

 王は床を靴裏で蹴り上げて、吐き捨てた。


「パトリアス貴様! お前も掟を破っているだろうが! 俺は必ずノーマンドを手に入れるぞ! 覚悟しておけ! ノーマンド!」

「……っ」


 舌なめずりする王の様に、ノーマンドは甘くとろけるような想いに、胸を切なくときめかせた。



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