第2話〈騎士パトリアスの告白〉
今日は、シュテンブルの歴史について精査する重要な日である。
半月に一度、国の状況を把握するための議会が開かれるために、身重に書物に目を通す。
広大な書庫の、壁際の卓の上に、分厚い書物をいくつも重ねて読み耽るうちに、時は瞬く間に過ぎ去る。
椅子に落ちつけた腰が痛みを訴えたが、文字から目を離す気にはなれず、動くのが億劫で集中が続く限り、議会で使用する資料を羊皮紙に記述した。
背中に痛みが走ったので渋々両腕を伸ばすと、節々が軋むような感覚がして顔が歪む。
その時、傍にぶら下げている鳥籠の中で、こうもりの魔物がけたたましい声で笑った。
でっぷりと丸い身体を逆さまにして、耳障りな声で話しかけてくる。
『キヒヒヒ! 今日も愛しい陛下を想いながらこそこそ恋文を書いてるのかぁ』
「黙れ減らず口め!」
こうもり魔物が入った鳥籠を激しく揺さぶってやると、奴はあわてふためいて羽を羽ばたかせた。
なおもわめきながら、ノーマンドをからかう。
『初めから陛下への恋慕は叶わないと分かっている、だからせめて、お傍でお仕えしたいのだ、ってか!』
その言葉はかつて、ノーマンドが王への恋文をしたためた際に、呟いた言葉である。
若気の至りとはいえ、こいつを傍らに置いて、文をしたためていたのはとんだ失態だった。
額に手を押し付けて、盛大なため息をつく。
羽ペンを置いて腰を上げた。
一息つこうとしたのだが、扉が開いた音がした。誰かが書庫に入ってきたようだ。近づく足音と共に、ランプの明かりで埃が舞う様がよく見える。
棚同士の間から、長身の茶髪の美青年が現れた。騎士パトリアスである。
鎧を脱ぎ捨てた軽装姿だが、腰には剣を携えていた。
ノーマンドを見据えながら前に歩いてくると、おもむろに口を開いた。
「やはり、陛下を想われているのですね」
ノーマンドは顔を背けて椅子に座り直す。視線が泳いでしまう。
前々からパトリアスが、ノーマンドの王への恋慕に気づいていた様子なのもあり、油断できぬと警戒していた。
ふいに手の甲が温もりに包み込まれ、顔を上げる。
パトリアスの熱い眼差しに射抜かれて、呼吸が一瞬止まったような気がした。
視線が絡まり、青く澄んだ瞳から逃げられない。
「貴方が陛下を想うのはかまわない。ですから、どうか私が貴男に愛を注ぐのを許してください」
――!
きつく手のひらを握りしめられてしまい、目を見開いた。
振りほどこうにも、鉄枷にはめられたかのようで頭を振る。
パトリアスの言葉からは、本心としか思えない真摯さを感じ取れた。
こうもり魔物がはやしたてる。
『付きあっちまえよノーマンド! しっかしこんなおっさんがイイなんて変態ヤロウだなあ! この騎士さまはよぉ!』
「だ、だまれ」
馬鹿にした言葉に怒るが、ノーマンドも内心で、パトリアスが若気の至りで、間違った恋慕に振り回されているのだと呆れていた。
適当にやり過ごそう。
そう考えてしばらくはパトリアスに付きあってやったのだが、これがどうして、彼といると楽しいひと時を過ごせて、つい声を上げて笑ってしまう。
王を交えた重要な議会の後に、ノーマンドが回廊を歩いていると、パトリアスが走りよって来て労いつつ、食事に誘ってきた。
「分かった、行こう」
「ありがとうございます!」
そこに、思わぬ人物が通りがかる。
王であるウィルマーだ。
金髪長髪を揺らし、赤い瞳を細めて二人に歩み寄った。
ノーマンドとパトリアスを交互に見やると、鼻を鳴らす。
ノーマンドは頭を垂れて挨拶をした。
「先程は貴重なご意見を頂きまして、誠にありがとうございました」
「陛下」
パトリアスも頭を下げて、王に敬意を示す。
王が口元をつりあげて、パトリアスの肩に手を置いた。
「ノーマンドと付きあっているのか」
ノーマンドの四肢が跳ねる。
パトリアスも身体を震わせて顔を上げた。
予想できぬ問いかけに、パトリアスはどう返すのだろうか。
戸惑うような目を、ノーマンドに寄越してから、少しの間の後、王に視線を戻して声高に叫んだ。
「はい! お付き合いさせて頂いております!」
王は目を見開いた。ゆっくりとノーマンドを見据える。
「……っ」
鋭い眼光に、ノーマンドの胸は切なく疼いた。
王が冷たい声音で言い放つ。
「ノーマンド、貴様! 俺を愛していたのではないのか!?」
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