王を愛した宰相の大罪

青頼花

第1話〈宰相ノーマンドの恋慕〉

 神の加護を受ける大国シュテンブルは、まさに栄華を極めている。

 現国王ウィルマーは、人々を魔物の軍団から守り抜いた功績を残しており、臣下、国民、誰もが敬意を示す大英雄だ。

 そんな誇り高き王の片腕たる宰相ノーマンドは、叶わぬ想いを王に抱いている。

 筋骨隆々とした体躯、獲物を射抜く眼光に胸をときめかせながら、王の相談役を立派に勤め上げていた。


 魔物を狩った戦場から戻った王は、鎧を脱ぎ捨てると、上半身を晒して火照る厚い胸板を堂々と晒す。

 ノーマンドは瞳を逸しつつ、王を労う言葉をかけた。


「こたびも立派な戦でございました。騎士達のためにも宴を開くのはいかがでしょうか」

「うむ。ならば、その前に俺の身体を洗え」

「は、はい」


 心臓が跳ねるが、唇を噛み締めて顔を背ける。

 肩まで伸ばした黒髪で顔は隠れているはず。

 王は獅子のような黄金の長髪を雑に撫でつけて、石床を踏み鳴らしながら浴場へと向かった。

 その後にノーマンドは静かに続く。

 地下には王専用の大浴場が設えてあるのだが、このような戦場帰りの場合、騎士達にも解放されているのだ。


 ノーマンドはいつも手足の衣をたくし上げて、王の身体を洗っている。

 王はそれを気に食わないようなのだが、毎回どうにかごまかした。

 だが、今宵はそうはいかなった。

 浴場には、多数の騎士の男がたくましい裸体をさらけ出しており、ノーマンドはとうとう服を脱がなくてはならなくなる。


 騎士のパトリアスが近寄ってきて、王に丁寧に挨拶をすると、ノーマンドに声をかけてきた。

 パトリアスは、柔らかな茶の髪をすでに湯で濡らしており、程よく引き締まる肉体からは湯気が出ている。


 ノーマンドは今まさに裸体をさらけ出した所であり、パトリアスの視線が痛い。

 パトリアスはほうけたように頬を赤く染めて呟く。


「ノーマンド様は、四十になろうかというのに、白い肌には艶がある。まるでエルフのようだ」


 そんな戯言に冷静に対応できるはずもなく、ノーマンドは咳き込んで語気を荒らげた。


「ば、馬鹿なことを! 私がかような聖なる存在と同じなものか!」

「……ノーマンド、はやく俺の身体を洗え」

「は、はい!」


 ノーマンドは、王の日焼けした、匂いたつ雄の肉体に心の臓を早鐘のごとく鳴らしながらも、背後から注がれるパトリアスの熱い視線を、どうしても無視できなかった。

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