65・【番外編】夏の約束

 夏になって、困っていることが一つある。

 いや、本音では大して困ってないし、むしろ喜んでる。困っているのは、目のやり場だ。


「詩織さん、今日暑かったでしょ。アイス食べる?」


 そう言って紗良が差し出すアイス――ではなく、その向こうにチラリと見える二つの丘が作る影に、一瞬で釘付けになる私の目。うむ、大変正直でよろしくない。毎回、さりげなく逸らすように努力しているが、いつバレるかとヒヤヒヤさせられている。

 そう、どうやら紗良は暑がりらしく、夏になってからというもの部屋での服装がかなり、その、露出が多いのだ。オフショルダーだったり、キャミだったり、ショーパンだったり、透け感があるシャツだったり! 肌が! 谷間が! 太ももが! と、私の中で大騒ぎする思春期男子を宥める苦労を少しは慮ってほしい。

 しかも、それが時々ならともかく、私が部屋を訪れる時は必ずと言っていい程に薄着なのだ。誘ってるの!? 誘われてるの!? ねえ、どっちなの!!?

 今も必死で涼しい顔をしているが、先程の眩しい谷間が目に焼き付いてなかなか消えてくれない。どうしてくれよう。

 あまりボリュームはない紗良の胸だが、好きな女の子の谷間というのは、それだけで絶景で神聖で尊いものなのだ。どんなに見たくとも、じっくりと直視出来ないほどに。

 しかも、だ。紗良は何故か、外出時には大人しめの服を着る。

 最初は冷房対策かと思ったけれど、どうやらそういうわけでもないらしい。ちょっとコンビニに行くだけでも、部屋で着ていたオフショルダーから、わざわざ襟のついた半袖シャツに着替えていた。部屋での服装でも、十分そのまま出かけられる格好なのに。……解せぬ。

 いやいや、待って。嫌だって言ってるわけじゃない。むしろ嬉しいし、眼福だ。更に言わせてもらうと、見知らぬ誰かにも見知った誰かにも紗良の柔肌を拝ませたくないから、外で露出を控えるのは大賛成です。

 ええ、わかってる。彼女でも何でもないのに、紗良の服装についてどうこう言う資格がないのは、よーくわかってる。自分の立場くらいわかっていますとも。

 でも、それはそれとして、やはり気になるわけだ。何故、紗良は部屋では露出が多めなのか。私がいない時も、同じような服を着ているのか。それとも、私が来ている時だけが特別なのか。

 ――というわけで、思い切って本人に聞いてみた。


「ねえ、紗良の部屋着って薄着よね」


 どう聞くか悩んだ末、もはやどう頑張ってもエロ親父感は隠せないと諦めた私は、ド直球で聞いた。

 だって、今の紗良の服装ってば、オフショルダーのブラウスにショーパンにエプロンなんだもの。パッと見、裸エプロンなんだもの。百歩譲って薄着なだけならまだしも、これは目に猛毒だ。理由くらい聞いておかないと、超高速で擦り減った私の理性が間違いなく限界を迎える。断言してもいい。


「え、一人の時はもっとゆるい格好だよ。こういう服は詩織さんが来た時だけ」

「…………へえ」


 おお、神よ。今、私の理性が貴方のもとへと召されようとしています、アーメン。


「前に店員さんに『オススメですよ~』って言われて、流行りだし買ったはいいけど、こういう服って外に着ていくのちょっと恥ずかしくて」

「そうね」

「でも、着ないのも勿体ないんだよね。詩織さんが来る時はいつもより小綺麗にするし、せっかくだから詩織さんが来る日だけでも着ようかなーって。変かな?」

「……似合ってるわよ」

「良かった!」


 理性、無事生還。おかえりなさい。

 思っていた以上に普通すぎる理由で、誘われてるのでは!? と淡い期待を抱いていた自分がちょっぴり恥ずかしい。まあ、そんなものよね、うん。……うん。


「あと、この服、詩織さんみたいな体にメリハリのある人の方が私より似合うと思うんだよね」

「紗良だってよく似合ってるわよ。スラッとしててスタイルいいし」

「ありがとう。でも、やっぱり詩織さんが着たとこも見てみたいなー。ねえ、着てみてよ」

「えぇ~?」


 この類の服は、私も試着までならしたことがあるから、どういう感じなのかはわかっている。紗良の言うように、我ながらとてもよく似合っていた。むしろ、似合いすぎていた。

 紗良の可愛いおねだりには勝てず、言われるがまま彼女が身に着けていたオフショルダーのブラウスを着てみたけれど、予想通りこれは間違いなくアウトだ。


「えっと、詩織さん、なんていうか……色気が過剰に放出されてて、とてもじゃないけど表に出せる状態じゃないっていうか、もはや犯罪っていうか。……着替えようか」

「ええ」


 見事に赤面した紗良が、なぜか「ごめんなさい」と謝りながら、私の服を差し出す。

 時々忘れそうになるが、これでも百合ゲーのお色気担当キャラだ。セクシー系の服を着れば、それはもう効果覿面ですとも。鬼に金棒、虎に翼、杉村詩織にオフショルダーですよ。

 今は特に、まだ紗良の体温の残る服を着たことで、余計に色々溢れてたとしても仕方がない。主に女性ホルモンとかフェロモンとかドーパミンとか。


「詩織さん、人前での露出はぜっっったい控えてね! 約束だからね!!」


 着替えた後、見たことないような本気の顔で迫る紗良に、私は何度も頷いて約束した。

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