49・慣れてないから

 朝ごはんを食べ終わったはいいが、ここで一つ問題がある。今日はノープランなのだ。

 うちの家にはゲームの類は置いていない。というか、圧倒的にエンタメが不足している。私の娯楽一位の百合は今はクローゼットの中だし、お見せ出来るはずもないので、楽しんでもらえそうなものが本当に何もない。


「というわけなんだけど、外に遊びに行く?」

「それでもいいけど、どこ行くの?」


 夏休みなんてどこも混んでるし、特に行きたい場所もない。もちろん、紗良と二人ならどこに行っても楽しいのは間違いないけれど、それなら家にいてもいいわけで。


「行きたい場所があるわけじゃないなら、おうちでゆっくりしようよ。詩織さんが良ければだけど」

「もちろん良いわよ。そうね、遊びに行くのはいつでも行けるし、せっかく来てもらったからにはおもてなししないと」

「あはは、そんな気負わなくて良いよ。普段一人だから、一緒にご飯食べたりお話しするだけでも楽しいし」

「ふふっ、お母さんにそれ言ったら、うちに住みなさいって言われるわよ」


 うちのお母さんは、もはや紗良にメロメロだ。昨日も夕飯を食べながら、「本当に可愛いわね」「こんなに可愛くて、頭も良いなんて」と褒めちぎっていた。ついでに「本当に詩織が勉強教えてるの? 椿ヶ丘の子に?」と心配までされる始末だった。言いたいことはわかるけど。

 お父さんは娘ラブが限界突破しているので、隣で「詩織だって可愛いぞ!」「詩織だって学年首席だもんな!」とフォローを入れてくれていたが、友達の――好きな人の前でそれをされるのは、気持ちは嬉しいけれど恥ずかしいのでやめてほしい。

 そんな感じだったので、お母さんなら夏休み中うちにいれば良いなどと言い出しそうだが、夏休みが終わるより先に私の限界が来てしまうので推奨はしない。


「おうちでの詩織さんが見れたのも、ちょっと面白かったよ。末っ子だって聞いた時は、えー!? って思ったけど、なんか納得したし」

「何それ、嬉しくない……」

「そう? 可愛いのに」

「かわ……っ」


 この天然小悪魔め。不意打ちでそういうこと言ってくるから油断がならない。

 思わず言葉に詰まったら、ニヤーッと楽しそうに目が細められる。くっ、こんな顔まで様になってるなんてズルい。これだから美少女は!


「詩織さん、もしかして照れてる? ねえ、照れちゃった?」

「てっ、照れてないわよ!」

「またまたー、顔赤いよ? かっわいー!」

「それはっ……!」


 可愛いと言われたのもあるけど、紗良がぐいぐい近づいて顔が間近に迫ってきたせいで昨日の夜のことを思い出したから、とはさすがに言えない。お願いだから、私をもっと警戒してくれないだろうか。

 これが百合ゲーのお泊まりイベントなら、お母さんがいない間にあれやこれやが起こって関係が進み、肌色スチルが一枚追加されているところだ。

 なんて羨ましい。私もそんな順調に事が運ぶ恋がしたかった!


「もう、いいでしょ。可愛いは言われ慣れてないのよ」

「ああ、確かに第一印象は綺麗なお姉さんって感じだもんね。でも、今の印象は可愛いの方が合ってるかな。私、今なら詩織さんのお父さんと詩織さんの可愛さについて語り合える気がするもん」

「お願いだから、それはやめて……」


 そんなことになったら、嬉々としていろいろと昔の話を始めそうで恐ろしい。というか、絶対にやる。お母さんまで便乗して暴露大会になる未来しか見えない。

 大人っぽい容姿にしっかり者の性格。それは前世も今世も変わらず、昔から他人に頼ったり甘えたりするのは苦手だったし、幸か不幸か頼らず自力で解決する能力もあった。

 おかげさまで、何かと褒められることは多くても『可愛い』という形容詞とはとんと無縁に生きてきたわけなのだが、ここにきてよりにもよって好きな相手から可愛いと言われてしまうことになるとは。

 無理。耐性がなさすぎて、どう反応して良いかわからない。耳まで熱くなってるこの状態を抑える方法も、私は知らない。


「詩織さんって、自分から押し倒したりする時は平気な顔してるのに、自分がされるのは弱いタイプだよね」

「もう、そういうのは気づいても口にしないでよ」

「あはは、ごめんねー」


 謝りながら、「でも、そういうとこも可愛い」と頭を撫でられる。もはや年上の威厳は完全になくなってしまった。別にいいけど。

 そういえば、ゲームでの『詩織』も最初はしっかり者のおちゃめなお姉さんだったはずが、中盤以降は少しずつポンコツな一面も見せて年上甘えんぼキャラになっていた。

 ゲームの私と今の私はもう別人格だと思っていたが、もしかしたらこんな感じだったのだろうか。私だって、恋をしただけで自分がこんなふうになるなんて信じられないが、慣れない恋に振り回されてポンコツ化したゲームの『詩織』は、前世の記憶がないだけでやはり私なのだろう。

 今更『本当の私』なんて甘酸っぱいことを言うつもりはないけれど、こんな情けない状態の私でも紗良が可愛いと言ってくれるのなら、それも悪くないかもしれない。


「私、お姉さんな詩織さんも好きだけど、可愛い詩織さんの方が好きだな」

「だからね……もう、慣れてないんだってば」


 天然小悪魔の無自覚で容赦のない好意で首まで赤く染まっているのも、涙目になっているのも全てを慣れていないせいにして、私はついにテーブルに突っ伏して顔を隠した。

 そんな私にまた「そういうとこも可愛い」なんて言ってくるものだから、それから顔を上げるまではしばらくかかった。

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