33・懺悔

 学校を舞台にしたR18コンテンツで、教室や保健室、体育倉庫などはよくそういったシーンに使われるが、実は私はその場面でいつもモヤモヤしていた。だって、第一に衛生的でない。シャワーも浴びず、下手したら直前まで体育倉庫に置いてる埃まみれの用具に触った手で大事な人を抱くのかと、まずそれを考えてしまうのだ。

 そして、いつ誰が来るかもわからない場所でおっ始めてしまう危険性。せめてキスまでにして欲しい。それなら思う存分萌えられるから。

 とはいえ、ゲームなら『フィクションだから』と片付けることも出来たが、現実に目の前でそれをされてしまえば、さすがにどうぞどうぞとは言えないものだ。

 先ほどから、部屋の中からは窓を開けたり消臭スプレーを使ったりしている音が聞こえてきて、生々しいなぁと思うと同時に、手慣れた感じも伝わってくる。きっと、今回が初めてというわけではないのだろう。


「ごめん、お待たせ」


 開け放した扉から陽子が顔を覗かせ、部屋へと手招きされる。中に入るのは少し躊躇われたが、入らないわけにはいくまい。言われるがままに入ると、いつもの定位置で会長が所在なさげに座っていて、私と目が合うと、力なく苦笑いを浮かべた。


「ごめんね、杉村さん。みっともないとこ見せちゃって」

「いえ、見てはないですけど。でも、ここでするのはやめた方がいいですよ。あと、誰かに言うつもりもないです」

「ありがとう。……そうね、もうやめるわ」


 途端、隣にいた陽子が息を飲んだ気がした。どうしたのかとそちらを向くと、顔色を悪くした彼女が会長をじっと見つめている。もうここでしないと言われるのは、そんなにも動揺するようなことだろうか。ごく当たり前の話だと思うのだけれど。

 陽子の視線に気づいているのかいないのか、会長は少し俯いて、そちらを見ようとはしない。しばらくそれを見つめていた陽子は、諦めたように小さく息を吐いた。


「会長、そろそろ出ないといけない時間じゃないですか?」

「え? ……ああ、でもこんな時だし少しくらい」


 チラリと時計を見た会長が、迷ったように時計と私を交互に眺め、ここに残ろうとした。

 何か用事があったのだろうか。


「会長、私のことは気にせず、用事があるなら行って下さい。特に話すようなことも、もうありませんから」

「そうですよ。あとは私が口止めしておきます」

「……陽子はもう少し反省して」


 行ってくれと言う私達に少しだけ笑って、「じゃあ、杉村さんとはまた改めてお話ししよう。今日は本当にごめん」と告げ、荷物を持って部屋から出て行った。

 部屋に残された私と陽子は、しばらくじっと扉を見つめ、遠ざかっていく会長の足音を聞いていた。


「……びっくりした?」

「したわよ。まさか生徒会室であんなことしてるなんて」

「あ、びっくりしたのってソコ?」


 気が抜けたような声で、陽子が言った。


「普通、まず女同士でってとこに驚くんじゃないの?」

「別にそこは気にしないわ。時と場所さえ選べば、好きなだけしたらいいじゃない」


 むしろ、推奨する。百合オタとして。

 思いっきり、心ゆくまで愛し合えばいい。そして、私はそんな2人を見守るモブになりたい。


「あはは、反応がちょっと予想外だったけど、まあ、詩織だしね。紗良ちゃんもいるしね」

「なんでそこで紗良が出てくるのよ」

「好きなんじゃないかと思って」

「友達として、人として、よ。恋愛感情はないわ」


 こはるといい、陽子といい、今日はよく誤解される日だ。いや、誤解されてることがわかった、というべきか。


「私のことはいいのよ。今回は見つけたのが私だったから良かったけど、先生に見つかってたら大事になるとこだったんだから。愛し合うなら、場所を考えなさい」

「あー、うん。そうだね、詩織で良かった。……でも、大丈夫。会長を抱くことは、多分もうないから」

「え?」


 どうしてそうなる? 学校で出来なくなったらもうしないって、極論すぎない?

 確かに、高校生カップルは愛し合う場所に苦労するだろう。自宅に親兄弟がいる場合が多いし、ホテルも利用出来ない。女同士なら特に難しいだろう。

 でも、それでもう抱くことがなくなるというのは、言い過ぎだと思うのだけど。


「せっかくだし、聞いてよ。私の懺悔」

「懺悔?」

「そう、ずっと誰にも言えなかったからさ……抱え込むのも疲れちゃったよ」


 陽子らしくもない、力ない笑み。

 こんな話、偶然居合わせてしまっただけの私が聞いてもいいのだろうか。聞きたくないと言えば嘘になるが、秘密を打ち明けられるということは、秘密を一緒に抱え込むということでもある。

 怖い。しかし、聞いておいた方がいいように思う。私のためにも、陽子のためにも。


「いいわ、聞く」

「ありがと……と言っても、どこから話せばいいかなぁ」


 腕を組んで、悩むように陽子が天井を見上げる。その様子を見ながら黙って待っていると、しばらくして整理がついたのか、腕を解いてこっちを向き、こう言った。


「まず、詩織は私と会長が付き合ってると思ってるんだろうけど、違うんだ」


 え、と思わず声が漏れた。

 愛し合う二人が場所を求めてここでしていたとばかり思い込んでいた私には、予想外の事実だ。付き合ってないということは、セフレか。そう納得しかけた私に、陽子の次の一言が追撃した。


「会長、彼氏がいるんだよ。この後の用事も、彼氏に会いに行ってる」


 ごめんなさい、ちょっと私の理解が追いつかないので、もう少し順を追って話してもらってもよろしいでしょうか。

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