32・どうしてこうなった!

 こはると話すのは、もしかしたら時期尚早だったのかもしれないし、これで良かったのかもしれない。こればかりは、今後どう転がるかを見るまではわからない。わかったのは、葵が私に興味を持っているのはほぼ確実で、こはるはやはりそれを受け入れられていないということ。

 私がこはるの恋敵になるつもりがなくても、葵から近づこうとしてくるのであれば、それはあまり意味がないのだろう。少なくともこはるにとっては。

 可能なら和解しておきたかったという気持ちはあるが、今の状態では無理なのも理解できる。現状把握できたという点だけにおいて、今日の話し合いは有意義だったと言えよう。


「そういえば、日曜に先輩を見た時、別人かと思いました」


 そろそろ解散かというタイミングで、こはるが思い出したように言った。それ、会った時に葵も言ってたわね。


「ああ、私服だったし、髪型も違ったものね」

「それもあるんですけど、雰囲気が学校と全然違ってたから。恋人の前だと、こんな感じなんだなって」


 ん? …………恋人?


「えっと、一緒にいた子のことを言ってるなら、恋人じゃないわよ?」

「は!?」


 えー、そんなに驚く? 別にベタベタイチャイチャしてないし、どう見ても仲のいい友達でしょうに。こはるの百合フィルター、誤作動起こしてるんじゃないの?


「あんなお揃いの髪型にシュシュつけて、激甘な空気振りまいておいて、友達って何なんですか!? 手も繋いでましたよね?」

「激甘って……髪型とシュシュは、会う直前にお揃いでシュシュ買ったから、せっかくだからつけようって思っただけだし。手を繋いだのはあの場から早く離れるために手を引いただけよ」

「特別って言ってたのは……」

「あの日は、あの子の誕生日だったから」


もっとも、誕生日じゃなくても紗良とならいつでもしたとは思うが。


「えーっ、何それ。私、てっきり……。じゃあ、先輩の片思いってことですか?」

「仲は良いけど、お互いに友達よ」

「…………あれで?」


 納得がいかないと顔に書いてあるけど、友達なものは友達だ。推しだし、友達と呼ぶには入れ込みすぎてる自覚もある。便宜的に友達と言っているのは、それ以外に私達の関係性をわかりやすく伝える言葉がないからだ。

 ただし、どちらにせよ今の時点で紗良が私にとって特別だとこはるに伝えるのは躊躇われた。


「私、やっぱり先輩のことはよくわからないです」

「それは残念ね。――でも、ひとつだけ。私が島本さんと付き合うことはないわ。だから、島本さんには悪いけど、私は貴女を応援してる」

「……わかりました」


 ほっと息が漏れた。これを伝えられただけで、今日この場を設けた甲斐があったかもしれない。

 というか、まさか紗良と付き合っていると思われていたとは。こはるが完全にそう思い込んでたくらいだし、もしかして葵も勘違いしてるのだろうか。

 聞かれもしないのに否定するのも変だし、そもそも葵に紗良の話なんてしたくないし。ああ、なんだかもう面倒だなぁ。どうしてこうなった!!



※  ※  ※  ※



 こはると一緒に帰るのは何か違う、というより嫌がられそうなので、先に帰して私だけが礼拝堂に残っていると、背後でガチャリと入口が開く音がした。

 こはるが帰ってきたのかと振り返ると、入ってきたのは生徒会顧問の先生だった。顧問と言っても名ばかりで、職員会議と生徒会のつなぎ役しかしてくれないと、会長が文句を言っていたけれど。

 年はおそらく20代後半。縁無しの眼鏡をかけていて、いつもスーツ姿の女性の先生だ。ゲームでは名前こそ出てこなかったが、スチルに姿が描かれていて『この先生は攻略対象にならないのか』と、ファンの間で密かに人気があったらしい。私は紗良一筋だったけど。


「杉村さん、こんにちは。珍しいわね、こんなところで会うなんて」

「こんにちは。普段は来ないですけど、静かなところで休憩したくて。ここなら空調も効いていますしね」

「ああ、最近は暑いものね。さっき、北条さんにも会ったけど、貴女も生徒会の仕事で来たの?」

「え? いえ、そういうわけではないですけど、会長が働いてるなら、少し顔を出してみます」


 休日まで働いてるなんて全然聞かされてないけど、陽子や他の人達はどうなんだろう。臨時の手伝いだからと、私だけ免除されてるのかもしれない。昨日の放課後、仕事のペースは順調って聞いたけど、実際はそうでもなかったのだろうか。

 よろしくね、と笑う先生に会釈して、礼拝堂を出て旧校舎の生徒会室に向かう。休日ということもあり、旧校舎の中はしんと静まりかえっていた。歩くたびに革靴がタンッと軽い音を立てて、人気のない廊下に響く。その静けさが足音のせいで失われるのをもったいなく感じ、出来るだけそっと歩いた。

 一歩一歩、足を忍ばせるようにして生徒会室に近づくと、確かに中に誰かいるようで、微かに話し声が聞こえてきた。


「あっ、ちょっと! ……もう、バカ陽子!」


 あ、会長の声だ。陽子もいるのか。また怒られてるなぁと苦笑いをして、ドアの側まで近づいたところで、何か違和感を感じた。

 違和感というか、中から漏れ聞こえて来る声が…………艶かしい。

 まさかそんな。何かの間違いだろうと少し耳をすませてみれば、断続的な会長の嬌声と、陽子が煽ったり話しかけたりしている声が微かに聞こえた。

 いやいやいやいや、こんなところで何やってるの、2人とも! 先生に見つかったら、下手したら退学になるわよ!? するなら、家でしなさいよ!!


 百合オタの私は「いいぞ、もっとやれ!」という気持ちなのだが、常識人としての私は「先輩と友人の情事なんて見たく(聞きたく)なかった!」と頭を抱えるしかない。

 これはまずい。どうにかして、2人に見つからずにやめさせなければ。――よし、もう一度階段まで戻って、今度は気付いてもらえるよう足音高らかに、なんなら鼻歌でも歌いながら上ってこよう。そうすれば、さすがに中断して何食わぬ顔で迎えてくれるはずだ。そうしよう。

 ある意味、こはると話した時以上の緊張感でそっと後ずさりをしようとしたそのタイミングで、


 キーンコーンカーンコーン……


「――っ!」


 チャイムの音に驚き、息を飲んだ。それだけなら良かったのだが、思わず鞄を握る手に力を込めてしまったことで、鞄の金具がカシャンと音を鳴らしてしまった。

 聞こえただろうか。チャイムの音に紛れて聞こえていなければいいのだけど。

何も聞こえていない方に賭けて、また階段の方に回れ右して逃げようとしたのだが、残念ながらそう甘くはなかった。


「はーい、そこのカノジョ。ちょっとそこで待っててねー」


 無情にも古い横開きの扉がガラガラと音をたてて開き、よく知る陽気な声が私を呼び止めた。

 何ですか、こんなまずい状況なのにその落ち着きぶりは。もう少し焦るとか青ざめるとかする可愛げはないのか。なんで、何も悪くないはずの私の方が、こんなに慌てているんだろう。納得いかない!


 それでも、私にこのまま逃亡するという選択肢はなく、部屋の中の2人の準備が整うまで廊下で待機するのだった。

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