31・正統派ヒロイン
『若島こはる』は、正統派・幼馴染ヒロインだ。
可愛くて優しい、家庭的な女の子。主人公を一途に想い、あまり自己主張もせず、時々可愛くやきもちを妬く。そんなテンプレみたいな正統派ヒロインが、ゲームでの『若島こはる』だった。もちろん、紗良ルートでのバッドエンドで見せた、ヤンデレな一面を除けばだが。
しかし、正統派ヒロインというのは、基本的に無個性でもある。百合ゲーなのに男の理想を詰め込んだようなヒロイン像なものだから、キャラクターの心情が推測しにくいのだ。多分、平凡な女の子のイメージをピカピカに磨き上げたら、正統派ヒロインになるのだろう。
「ま、葵からはそう見えてたってだけで、実際のこはるは違ってそうなんだけどねー」
ストーカーばりの鉄壁の防御力を誇ってた彼女のことだ。普通の可愛い女の子だなんて、最初から思っていませんでしたよ。そうだったらいいなとは願っていたけど。
『こはる』は、とにかくゲームの最初から主人公に対しての好感度が高かった。そのせいで、彼女の好感度を下げて、他のヒロインの好感度をガンガン上げていかないと、こはるエンドにばかり辿りつくものだから、一部のユーザーからはとても不評だったキャラクターでもある。
とにかく葵が好きで、彼女の世界は葵を中心に回っていると思っていい。
そんな彼女が私をあれだけ嫌うのだから、理由は確実に葵関連なのだろうとは思う。陽子からも指摘されていたように、葵は何故か私に好意を持っているみたいだから、それが原因だろうとは予想している。もしかして、ゲームでも葵の知らないところで『こはる』と『詩織』のキャットファイトが繰り広げられていたのだろうか。だとしたら、見ておきたかった!
「こはるに聞いておきたいのは、私を嫌いな具体的な理由。あとは葵への気持ちの確認。伝えるのは、私がライバルにはならないこと。必要なら協力すること、かしら?」
どこまで話してくれるかはわからないが、出来るだけ多くの情報を引き出したい。引き出すためにも、少しでもゲームで使えそうな知識を思い出したいところだが、こはるルートがあまりにも王道すぎて使えそうな情報がなくて手詰まりだ。
大体、ゲームでの『紗良』はバッドルートで刺されているのに、『詩織』が刺されない理由もわからない。私が彼女の立場なら、他校生でまったく関わりのない『紗良』よりも、身近なところで想い人と絆を深めていく『詩織』こそ目障りだし、消えてほしいと思うだろう。
「とりあえず、今度の話し合いで刃物が出てこないようにだけは警戒しておこう。別に葵と付き合ってるわけじゃないし、大丈夫……よね?」
いっそ任侠漫画みたいにお腹に雑誌でも仕込んではどうかとこっそりと試してみたら、意外と嵩張って無理だった。
※ ※ ※ ※
平日は常に葵と一緒に行動しているこはるがそばにいなかったら不自然に思われるかもしれないし、日曜日は私にも紗良との約束がある。こはるとの話し合いは、自然と土曜に決まった。
一番悩んだのが場所だったが、学校の礼拝堂で会うことになった。
礼拝堂は一般開放されていないけれど、生徒なら日中はいつでも出入り自由だ。休日はあまり人が来ないし、入り口が一つしかないので誰か来てもすぐにわかる。密談にはうってつけの場所だ。唯一の問題は、人目がないから刺されそうになっても助けを求められないことだけど……信じてるよ、こはる!!
誰もいない礼拝堂で、こはるが来るのを待つ。
ここの空気はいつだって静謐で、どこか神聖だ。大きな声を出すのが憚られ、神様なんて信じてないくせに不思議と祈りたくなる。
あれ、でもイエス・キリストって脇腹刺されたんだっけ? そう考えると、この場所って縁起でもないな。
そんなことを考えながら飾られた十字架を眺めていると、入口から人が入ってきた。当然、こはるだ。
「お待たせしました」
「大丈夫よ、まだ待ち合わせ時間前だから。来てくれてありがとう」
「いえ、またトイレについて来られても困りますから」
「あはは……」
じっとりとした眼差しを向けてくるこはるに、苦笑いで応えた。突然だったのは悪かったと思ってるけど、あの時しかチャンスがなかったのだから仕方ない。こはるには悪いが、もう一度同じ状況になっても、またトイレに突撃するだろう。
「さっさと本題に入りましょう。先輩は私に何を聞きたいんですか?」
雑談は不要だとばかりに、近くの席に座ったこはるが訊ねる。話が早いのはいいけど、この子って本当に私と仲良くなるつもりないのね。
「そうね、じゃあ前提を確認させて。貴女は島本さんを恋愛対象として好きなのよね?」
「…………はい、でもそれが」
「それで、私を嫌っているのも島本さんが関係してる、わよね?」
それが何かと言おうとしたこはるを遮って言葉を続けると、不快そうに口元が歪んだ。しまった、今日はあまり刺激しないようにするつもりだったのに。
でもこれはこの間も言ってるんだし、そこまで気分を害さなくてもいいじゃないか。予想してたでしょう? と言いたくなる。言わないけど。
「私は島本さんに対して恋愛感情は一切ないし、どちらかといえば苦手なタイプなの。貴女のライバルになることはないから、安心して欲しいっていうのが、まずは一番言いたかったこと」
先に言っておきたいことを一気に言い切ると、こはるは不機嫌そうな顔ではあるものの雰囲気は幾分か和らいでいる気がした。やはり一番の懸念事項はこれだったようだ。
「キライキライも好きのうちって言いますよね」
「じゃあ、若島さんは私のこと実は大好きなの?」
「あ、ないです。すみません」
「わかってはいたけど、キッパリ言われると腹立つわね」
このやりとりを笑顔でしてくれるなら仲良くなれそうなのだが、死んだ魚を眺めるような目で言うものだから、残念ながら和気藹々とした話し合いにはならなさそうだ。
というか、別に葵のことは嫌いじゃない。関わりたくないだけだ。
「それで、その島本さんだけど、なんであんなに私を気に入ってるかわかる? 全然心当たりがないんだけど」
「それがわかれば、とっくに私が真似してます」
「そうよねー。……私としては、恋愛なんて自分がするより眺めて楽しみたい派だから、巻き込まないで欲しいっていうのが本音なんだけど」
ぶっちゃけすぎだろうか。でも、まぎれもない事実だ。
この辺りの考えは、本当に前世の自分に毒されたなと思う。記憶が戻った頃はああはなるまいと思っていたが、あれはあれで楽しそうだったから。いや、別に生涯独り身とか考えてるわけではないけど、急いで恋人なんて作らなくていいとは思う。まだ16歳だし。
「一応聞くけど、島本さん本人が私を好きだって言ったわけではないんでしょう?」
「……そこまで直接的には言ってませんけど、興味があるのは間違いないです」
「なんで言い切れるの?」
「私が誰よりも葵ちゃんを見てきたからです」
きっぱりと、迷いなく告げる口調に、彼女の本気さが窺えた。
「葵ちゃんは誰とでも仲良くなるし、いろんな人に興味津々ではあるんだけど、――先輩に対する興味は、他の人とは熱量が違うんです」
「熱量……?」
「感覚的なものですから、上手く言えません。でも、絶対に違うんです。私は先輩みたいに頭も良くないし、何の取り柄もないですけど、葵ちゃんの変化ならわかります」
ぽつりぽつりと、こはるが語る。それこそ熱に浮かされたように、淡々と。
視線はこっちを向いているが、多分彼女の目に私は映っていないだろう。私ではなく、おそらく彼女の記憶の中の葵の姿を、瞬きもせずに見ていた。
「どうして先輩なのかなんて、私の方が聞きたいです。今までは、葵ちゃんに気持ちを伝えられないのは仕方のないことだと思っていました。女同士だからって。それに、私が葵ちゃんの特別になれなくても、他に特別な人がいなかったから我慢出来ました。でも、葵ちゃんが興味を持ったのが、同性の貴女だったなら話は別です」
独り言のような口ぶりから、言葉が徐々に熱を持ち始めた。諦め、悲しみ、恨みと妬ましさ。その全てが彼女の中に渦巻いている。
この気持ちがもっと膨らみ、真っ黒に熟成した時、私は彼女の恨みを刃として向けられるのだろうか。
「私には、葵ちゃんしかいないのに……」
奇しくも、それはこはるの葵への告白の言葉だ。
ここまで誰かを想う気持ちを、この人しかいないと思える誰かを持つことを怖いと感じると同時に、ほんの少しだけ羨ましいと思った。
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