34・忠告
会長には彼氏がいるらしい。しかし、陽子とも関係を持っている。
二股、セフレ、NTRなどの単語が頭を巡るが、今はとにかく陽子の話を聞くことにした。
「会長とは中学の生徒会でも一緒でね、私はその頃から会長のことが好きだったんだ」
意外と一途でしょ? と、陽子が肩をすくめる。
「入学して、すぐに会長から生徒会に引き入れられたよ。覚えてくれてたのが嬉しくて、のこのこと生徒会室に出入りするようになったんだけど、去年の秋に会長に彼氏が出来てさ」
「……そう」
「ショックだったけど、仕方ないとも思ったよ。どうせ叶わぬ恋だったんだからーって。それまで通り、仲の良い後輩としてそばにいるつもりだったんだ。――初めて、あの人を抱いた日までは」
知らず、ごくりと唾を飲んだ。
当時のことを思い出しているのだろう、陽子が暗い目で空を見つめる。その様子に、もういいとストップをかけたくなったが、それよりも早く、彼女は言葉を続けた。
「会長が彼氏とうまくいってないって聞いちゃってさ。原因は体の相性。全然感じなくて、相手の体を受け入れられなくて、もう別れるしかないって他の先輩に話してるのを聞いて……2人になった時、思わず言っちゃったんだよ。私と試してみませんか?って」
「それはまた、大胆ね」
「大胆っていうか、バカでしょ? なんであんなこと言えたのか、未だにわかんないしね! でも、会長は会長で多分追い詰められてたんだろうね。その二日後に、試したいって言ってきた」
どんな気持ちで、試してみないかって言ったんだろう。
どんな気持ちで、試したいって言ったんだろう。
どんな覚悟で、それを口にしたんだろう。
物語の恋ばかり追いかけている私には、本当の意味では決して理解出来ない。ただ、それが相当の勇気を振り絞ってのものだったのだろうことは、容易く想像できた。
「そこからはまあ、お察しかな。私達は相性が良かったよ。会長は無事に感じる体を手に入れ、私は好きな人を抱くことが出来た。Win-Winってやつだ。……そこで終われたら良かったんだけどね」
自嘲気味に嗤う目尻からスゥッと涙が流れ、その顔がぐにゃりと歪む。いつもヘラヘラした笑顔を絶やさない彼女の、誰にも見せてこなかった一面がそこにあった。
思わず手を差し出そうとしたが、やめた。今の私は、差し出す手もかける言葉も持っていない。ただ黙って、彼女の話の続きを待った。
「つらかったし、くるしかったけど、こんなのだれにも言えないし……! やめなきゃって思っても、どうしても終わりにできなかった! でも好きだったから、こんな関係でも手放せなくて……特に、彼氏と会う前にしたらうまくいくことが分かってからは、今日みたいにするようになってさ。……私、浮気相手にすらなれないんだよ。ローションの代わりだよ……バカみたいでしょ!?」
泣きながら、机の上の両手を握り締めて話す彼女の体は、小さく震えていた。
「私がっ! 何回抱いても、跡ひとつ残せない体を! 顔も名前も知らないどこかの誰かが、好き放題してるんだって思ったら、悔しくて気が変になりそうだったよ! しかも、私が抱いた直後に! 私がじっくり解したあの人を! そんなのやってられるか!」
「えっ、いきなりキレた!?」
「こんな話、キレずにしてられないよ! 今気づいたけど、私、多分どこかで期待してたんだよ。この関係を続けていたら、いつかあの人が振り向いてくれるんじゃないかって。そんなのありえないのにね。ローションが何期待してたんだか! ……あーあ、でも、それも終わり。さっき会長が『もうやめる』って言ってたの、もうこの関係を終わらせるつもりだよ」
「あ……」
だからあの時、陽子はあんなに動揺していたのか。それで、さっきも『会長を抱くことはもうない』って。
この終わりは、彼女たちにとって望ましいものなのだろうか。二人にとって『終わってしまった』なのか『やっと終われる』なのか、私にはわからない。ただ、こうして身を切るような想いで終わりにしようとする友人を見ていると、会長はどうなんだろうと思ってしまう。
もし本当に、陽子を優秀なローション程度にしか思っていなかったのなら、許せそうにない。
「見つかったのが詩織で良かったよ。私達は、きっと自分達だけでは終わらせられなかった。このままズルズル関係を続けてたら、いつか他の誰かに見つかって大騒ぎになってたかもしれない。だから、ありがとね」
「どういたしまして……?」
と、言ってもいいのだろうか。強制的に終わらせるきっかけを作ってしまった私が。
ここまで歪んだ関係になっても、切り捨てられないほど好きだった相手だ。終わって良かったなんて、すぐには本気で思えないだろう。
今はまだ強がりか、自分に言い聞かせているのか。どちらにせよ、いつか――出来るだけ早く、心からそう思えるようになってくれればいい。
「いつまでも報われない恋を追いかけてるんじゃなくて、私もちゃんと前向かなきゃね。……ってなわけで、どう? 次の恋のお相手になる気はない? 前にも言ったけど、詩織の顔は好みなんだよねー」
「貴女ねぇ、……絶対お断りよ」
空元気でも、いつものように笑う彼女にホっとしつつ、いつも通りすぎて少し呆れる。
失恋したてで他の女を口説くな。というか、私を口説くな。
「あはは、また振られちゃった。ま、詩織には紗良ちゃんがいるしね」
「またそれ? だから、紗良は……」
「お友達、って言いたいんでしょ?」
「そう、だけど」
わかってるなら言うなと軽く睨むと、苦笑しながら「まあ、聞いてよ」と言われた。
「詩織は紗良ちゃんを友達だって言うけど、はたから見てるとそうは見えないんだ」
「それ、別の人にもさっき言われたとこよ。一緒にいるとこ見かけて、付き合ってると思ったって」
「うん、多分そういうことだよね。実際のところ、どうなのかはわからないけどさ。でも、考えてみてほしいんだ。もし紗良ちゃんに彼氏が出来たら、詩織は心から祝ってあげられる? 恋愛相談されても平気でいられる?」
「それは……」
むしろ、願ったり叶ったりのはずだ。私は紗良を守りたい。葵と出会って恋をしないように、バッドエンドのルートに入ってこはるに刺されないように、春からずっとそばにいた。
いつか、紗良を守ってくれる誰かが現れるまで、私が守ろうと思ってた。
だから、平気……のはずなんだけど、どうしてだろう。即答出来ない。
「女友達でも、仲のいい子に彼氏が出来たら寂しいって感じるだろうから、完全にあてはまるとは思わないよ。でも、それ以上の気持ちがあるなら、ちゃんと自分の気持ちに向き合ってみた方がいいと思う。これは、バカな恋をした先達からの忠告。気づいた時には遅かった、だったら悲しすぎるでしょ?」
「…………考えてみる」
私が紗良を? いや、違う。違うはずだ。この気持ちは恋なんかじゃない。
紗良は推しで、友達で、可愛い妹分で、教え子で、それから、それから――。
『詩織さん!』
いつも私に向けてくれる笑顔を思い出す。いつだって私を癒してくれた眩しい笑顔に、今は胸が締め付けられた。
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