第114話 あのとき夜空の下で燃えていた焚火は、俺たちの希望みたいなもんでした




「面を上げよ」


 王様の横にいるおじさんが顔を上げろって言った。

 膝を突いてたボクたちは首だけ動かして、王様を見る。


「此度の氾濫鎮圧、皆見事な働きであった」


 そう言っておじいちゃん王様は、ボクたちのことを褒めてくれたんだ。


 ここは王都のお城にある大広間で、氾濫鎮圧に参加した全部の冒険者が集まってる。

 三段くらい高いとこに座った王様の正面で一番前に並んでるのは『天の零』『フォウスファウダー一家』『ルナティックグリーン』と『ライブヴァーミリオン』。ミレアに聞いたんだけど、貴族的に偉い人たちが前なんだって。

 ボクたち平民冒険者は一列目からちょっと間を空けたところにパーティごとで並んでる。全部で五百人くらいいるんじゃないかな。すっごい光景だよ。



「長居はしたくないな。膝が疲れる」


「あはは、VITとSTRが削れそうだね」


 横でフォンシーがボヤいてる。別にこのままの姿勢で一日そうしてろって言われても平気なんだろうけど、やっぱり気疲れするよね。


 迷宮の124層で氾濫が終わったのを聞いてから地上まで三日、それから二日してボクたちはここに集められた。戦勝のお祝いらしいよ。

 氾濫が終わったのは地上でも五日前にわかったらしいんだけど、ここの準備とかボクたちテレポーターで飛ばされたパーティを探すとかがあって、今日になったんだって。



「ここでかしこまってるより、王都見物の方が楽しかったよ」


「そりゃそうだ」


 地上に戻ってからの二日だけど、ボクたちは王都を見て回ってた。もともとそっちがキールランターに来た目的だったしね。もちろんパリュミとサータッチャも一緒だよ。

 案内してくれたのは『夜空と焚火』のニクシィさんとレッティアさん。ほかの四人はあっちも予定通りに王都の下町からベンゲルハウダーに行きたい人を集めてたみたい。

 またベンゲルハウダーに冒険者仲間が増えたりするのかな。



 ◇◇◇



「──氾濫鎮圧に参加した全ての冒険者に『刀十字勲章』を授与するものとする」


 なあんて説明をしてるのは第一王子さま、たしかポールカードさんだ。

 なんか勲章っていうバッヂみたいのを全員もらえるみたい。じつは昨日こっそり見本を見せてもらったんだよね。鉄でできてて、ちっちゃいカタナがバッテン印になってるやつ。


「オーブルターズ・メット・ランド・メッセルキール、オリヴィヤーニャ・ツェノファ・キールランティア=フォウスファウダー、サワ・サヴェスタ・サイド・サワノサキ。前へ」


 王様を真ん中にして第一王子や偉い人たちが並んでるとこに、呼ばれた三人が揃って歩きだした。なんであの人たちかっていえば、キールランターとベンゲルハウダー、そしてヴィットヴェーンの代表なんだって。

 オーブルターズ殿下とオリヴィヤーニャさんは堂々としてるけど、サワさんはなんかだらしない感じ。めんどくさそうって空気がちょっと流れてるよ。迷宮にいたときと大違いだねえ。


「キールランターを救いし者たちを称える」


 そう言って王様は綺麗な小箱に入った勲章を三人に手渡した。ボクたちの分はあとで別々にもらえるらしい。偉い人から手渡しじゃなくってよかったよ。



「さて、勲章の他に金銭の授与は事前に通達したとおりだ」


 第一王子さまが言ったとおりで、勲章の他にお金ももらえることになってるんだ。そっちはパーティごとにだね。ドロップとは別にもらえるってのだから、シエランがにっこりしてたよ。


「そして今、壇上に上がった三名は各迷宮の代表でもあり、そして此度の氾濫で奮迅の活躍をみせた者たちでもある」


「あの」


「なにかな、サワノサキ卿」


 サワさんに口を挟まれた第一王子さまが、ちょっとだけ顔をゆがめた。


「ヴィットヴェーン組で大活躍したのは『ブルーオーシャン』と『ライブヴァーミリオン』なので、そこは明言しておきます。『ルナティックグリーン』と『クリムゾンティアーズ』はトラップで飛ばされただけなので」


「……わかっておる」


 うわあ、サワさんってば言いたい放題だ。当たり前に手柄を譲っちゃったよ。けど『ブルーオーシャン』のリッタを見る目は、すっごい誇らしげだねえ。



「式典の最中に余計なことを言うでない」


「ごめんなさい」


 たしかに偉い人たちの中に面白くなさそうな顔してるのがいるね。けど、あの人たちって迷宮で見かけなかった気がするんだけど。


「まあよい。ヴィットヴェーンとしては、キールランター迷宮の近くに屋敷を所望するのだったな」


「はい。『サワノサキ・オーファンズ』を常駐させるほかに、ヴィットヴェーンから王都を訪れた冒険者に使ってもらいたいと考えています」


「聞き遂げた。あとで案内させよう」


「ありがとうございます」


 サワさんはとっても嬉しそうだ。『訳あり』の人たちもだね。ほんと『オーファンズ』に過保護だなあ。ちょっとうらやましいくらいだよ。


 この場でいきなり欲しいものを言わないのは、どうやら『訳あり』っていうかサワさんがやらかしたのが理由らしい。

 前の氾濫のときに大活躍して、そのとき領地を上げるって言われたのに断っちゃったんだって。ミレアに言わせると、そういうのって王様が恥ずかしいってことになっちゃうんだ。貴族さまの世界はめんどくさいねえ。



「オリヴィヤーニャ、いやこの場合はフォウスファウダー卿であろうか」


「いえいえ、私はすべて迷宮総督閣下に任せておりますので」


 話を振られたレックスターンさんは、あっさりオリヴィヤーニャさんに丸投げしちゃったみたい。


「ではベンゲルハウダー迷宮総督殿よ。褒賞はキールランター・ベンゲルハウダー間の街道整備ということで良いな」


「今後の両都市の発展に期待しようではないか」


 オリヴィヤーニャさんが胸を張った。

 ボクには意味がよくわかんないんだけど、道をきれいにすると経済とかが発展して、なにかあったときに冒険者が行き来しやすいんだって。シエランがすっごくいいことだって言ってた。



「さて、オーブルターズよ」


「おうよ」


「まずは言い方をだな。まあいい、卿の要望はステータスカード取得の無料化、もしくは取得費用の減額であったな」


「ああ、できればそっちで顔を赤くしたりしてる連中を迷宮に放り込む法も、併せて欲しいところだぜ」


「そちらは聞かなかったことにしておこう」


 とか言いつつ第一王子さまも悪い顔してニヤって笑ってるよ。それってオーブルターズ殿下とおんなじ気持ちだってことだよね。

 うわあ、偉い人たちの中で何人か、すごい顔して怒ってる人がいる。ぐむむむって感じで。


「ステータスカード取得費用の変更についてだが、前向きに検討中であることをこの場で明言しよう」


「ほう? やっとかあ」


「利権の調整があるからな。それでも価値はあると判断している」


「ポールカード殿下も変わったものだ」


「我もまた冒険者であるからな」


 そして二人は大笑いした。あのさ、これって氾濫鎮圧をお祝いしてる途中だよね?



「無論すぐに法整備はできん。だがそうだな、意義だけでもこの場で明確にしておこう。『夜空と焚火』のリーダー、ギリーエフよ」


「は、はひっ!?」


 第一王子さまがギリーエフさんを名指しした。どゆことさ。


「貴様らが今ここにいる経緯を事実のみ述べよ」


「いいんですか?」


 青くなったギリーエフさんはそれでも立ち上がって、そして確認するみたいに言った。


「第一王子ポールカードの名において、貴様らに害為す者を許さぬことを宣言しよう」


「ベンゲルハウダー迷宮総督も同じである」


「サワノサキ領、領主伯爵もです。彼らになにかがあった場合、証拠の有無に関係なく潰しましょう」


 オリヴィヤーニャさんが続いて、そいでサワさんがとんでもなく物騒なコトを言いだした。証拠関係無しって、ちょっと酷すぎない?


「わかりました。言わせてもらいます。言葉遣いが悪いと思いますけど」


「構わぬ。我の言いだした事だ」



 ◇◇◇



 それからギリーエフさんが話したのは、ボクもよく知ってる内容だ。


 王都でステータスカードが作れなくて、当然レベルも上げられないからお仕事ができなかった。もちろん貧乏で困ってたよね。

 そんなときにベンゲルハウダーまで行けば、タダでカードを作ってもらえるって聞きつけて、ほんとにギリギリの食べ物と薪を持って王都を出たんだ。


「あのとき夜空の下で燃えていた焚火は、俺たちの希望みたいなもんでした。下町でくすぶってた俺たちが胸を張って生きられるようになるかもしれないって」


 それがパーティ名の由来だね。『夜空と焚火』っていい名前だって思うよ。もちろん『おなかいっぱい』だって負けてないけどさ。


「ベンゲルハウダーにたどり着いて、本当にタダでステータスカードがもらえたときは驚きました。これから冒険者をやっていくんだって、そりゃあもう張り切りましたよ」


 だけどそこからも大変だったよね。ボクもがっつり絡んじゃってるし。

 ギリーエフさんがチラチラってこっちを見ながら話を続けてる。


「今回王都に来ていたのは、なにも氾濫のためじゃありませんでした。ベンゲルハウダーに仲間を連れて行こうってしていただけです」


『夜空と焚火』は王都出身だけど、だからって氾濫鎮圧に付き合う理由なんてなかったよね。それでもあの人たちは戦ったんだ。冒険者だからねえ。


「気が付いたらこんな立派な場所にいるなんて、今でも夢を見てるみたいです」


 そう言ってギリーエフさんのお話が終わった。なんかさ、物語の大冒険みたいだよね。カッコよくって、ちょっと楽しくなっちゃうくらいだよ。


 そいで大広間がいつの間にか、しーんってしてるねえ。



「彼は今、王都の民をベンゲルハウダーに連れ出そうとしている。もちろんそれは罪ではない」


 難しい顔をして第一王子さまがそんなことを言いだした。ギリーエフさんの顔色が青くなっちゃったよ。マズいのかな。


「惜しいではないか。王都の民がここでは冒険者になれず、あまつさえベンゲルハウダーの冒険者としてキールランターを救ってくれた」


「情けない限りだなあ」


「あ奴らはすでにベンゲルハウダーの冒険者だ。本人たちが希望しない限り、やらんぞ」


 またまたオーブルターズ殿下とオリヴィヤーニャさんが言いたい放題だよ。



「ならばこその施策である」


 王様が口を開いたら、さすがの殿下たちも静かになったね。


「カード発行による歳入は明確な固定財源でもある。だが同時に冒険者の育成を促進し、経済を活性させ、氾濫に備えることも急務である」


 ミレアから聞いてたんだけど、偉い人が一回こうだって決めたことって、変えるのが大変なんだって。利権、とかいうらしいよ。


「昨今、迷宮異変は頻発していると言ってもよい。対応する必要があるのだ。変革のときと心得よ」


 王様が言い切ったら、偉い人たちが膝を突いて頭を下げた。よくわかってない冒険者たちもあわててマネしたよ。もちろんボクたちもだね。



「堅苦しい話はここまでとしよう。今は氾濫鎮圧を祝おうではないか」


 ベンゲルハウダーだったらすぐに宴会だぁですむのに、王都はいろいろ大変だねえ。

 難しいお話もたくさんだったし、とにかくごはんを食べて楽しくやろうよ。


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