第113話 それとこの子のお陰です




「立て直すよお!」


「……おう」


 ボクの叫びに短くザッティが返事してくれる。

『おなかいっぱい』は勇ましくブラックワイバーン五体に挑戦したわけだけど、やっぱり先手は取られちゃった。


 これが殴ってくるだけのモンスターなら、それこそザッティがまっ正面から抑え込んでくれたんだろうけど、相手はワイバーンだからねえ。ブレスが三発も飛んできたんだよ。


「範囲攻撃はHPで受ける。基本よね」


「カーディナルなら効果軽減スキルがある」


「『円卓』なら受けきれるかしら」


 うしろで見てる人たちが好き勝手言ってるよ。順番にサワさん、ポリン、ウィスキィさんだね。聞いたことない単語もあるけど、それどこじゃない。


「『ラン・タ=オディス』。足りなかったら各自で治して」


 全体完全回復もできるけど、ここは全体自動回復だ。前衛組は問題ないだろうけど、まずいのはミレアとフォンシーかな。そこはザッティが盾で守ってくれるでしょ。


「『BFW・SOR』!」


 そこからウルの前衛バフだね。

 今のジョブだと、ウルとボクの合計AGIが270くらいで飛び抜けて高い。ほかの四人は180から190くらいでほとんど一緒かな。

 だから最初っからボクとウルのやることは決まってた。ボクの自動回復とウルのバフが立て直しの一手目だ。



「『BFWS・SOR』」


「うん、やっぱりフォンシーのバフは効くねえ」


「だろう?」


 余裕そうに会話してるけど、『おなかいっぱい』は結構ダメージをもらってる。次の攻撃が来るまでに体勢をつくっとかないとだよ。

 これで前衛バフがふたつ。そろそろ敵に追いついたかな。


「『芳蕗』」


 シエランがMINを上げたね。サムライスキルをバリバリでいくみたい。


「『BF・INT』」


 ミレアは自分のINTを上げにいった。いまでさえ400くらいあるのに、そこからまだやるのかあ。どんな大魔法が飛び出すのかな。


「……『フォートレス』」


 一巡目の最後になったザッティは防御力を上げる自己バフだね。完全に守りに向かってる。



「じゃあまず『リンポチェ』」


 二巡目はAGIバフを被せてもらったボクとウルが先手だ。敵の足を止めるよお!

『リンポチェ』は威圧で相手の動きを止めるスキルだけど、うーんWISの補助ステータスが消えたから、ちょっと効きが悪いかな。それでも相手の動きは鈍ったね。


「『スタンクラウド』!」


 続けてウルの魔法が飛んで、敵の動きが一瞬だけど完全に止まった。

 これであとはやりたい放題。


「上手いね」


「うむ。行動阻害の二重掛けか。面白い」


 アンタンジュさんとジェッタさんが褒めてくれてるよ。うへへ。



「『BFS・STR』」


「あー、ボクじゃなくてシエランなの?」


 フォンシーのSTRバフはシエランにだったよ。


「ラルカとウルが掻き回して、トドメはシエラン。だろ?」


 そうだけどさあ。


「いくわよ。『秘宝サンポ』!」


 ロウヒのスキル『秘宝サンポ』は、空に浮かんだたくさんのナイフがモンスターに突き刺さる魔法だ。INTが高いほど数が増えて、ナイフがおっきくなるんだよね。

 そんなナイフがブラックワイバーンにザクザク刺さってく。


『ギュアアァァ!』


 うわあ、痛そうだよ。ミレアはおっかない魔法使いだなあ。


「もう一発ぶち込みたいわね」


 怖い怖い。



「……『ワイドガード』」


 ミレアの魔法はブラックワイバーンを痛めつけたけど、どれも倒すことはできなかった。しかも二体は魔法の外側だ。

 弱った三体がいっせいにブレスを吐いてきたけどボクとウルはそれを避けて、フォンシーとミレアはザッティが見えない盾で守ってくれてる。

 ならシエランは。


「『継ぎ脚』」


 冒険者になりたてでモンスターを怖がってたシエランってなんだったんだろうね。ブレスを無視して、そのまま前に出たんだ。サワさんが言ってた『HPで受ける』ってやつなのかな。

 そんなことをしちゃうシエランのMINは合計で120以上になってる。あったり前みたいな顔して、堂々とブレスを突き抜けたんだ。


「『八艘』……、『大切断』」


「すごいな。三体いっぺんか」


「ミレアが削ってくれてましたから」


 フォンシーがびっくりするのもよくわかるよ。シエランが横薙ぎにしたカタナは並んでた三体のワイバーンをいっぺんにやっつけちゃったんだ。


「それとこの子のお陰です」


 にっこり笑ったシエランが手に持ってるカタナは『イマガワブレード』。普通のカタナより一回り大きくて、テレポーターで飛ばされる直前に倒した『ミフューン』のドロップだ。

 この子とか言っちゃってるけど、大丈夫だよね?



「ウルっ、左から」


「おう!」


 ブラックワイバーンは残り二体だ。だったらウルと二人で一気にかたっぽを潰す。


「『イガニンポー:影走り』『ハイニンポー:四分身』」


 真っ黒くなってモンスターに突撃したウルが、四人になった。分身はボクでも使えるけど、やっぱりニンジャに慣れてるウルが一番上手いよね。


「『投擲』」


 四人のウルがいっぺんにクナイを投げた。なんてことないシーフのスキルだけど、ステータスがどっかり乗ってるウルがやれば、それなりの攻撃になっちゃうんだよね。

 そいででっかい隙ができたんだ。そうだ、ボクの出番だよ。


「『踏み込み』からのぉ……、ふしゅっ『鉄山靠』!」


 思いっきり低く、にゅるって敵の胸のあたりに飛び込んで、ボクはそのまま背中を思いっきり叩きつけてやった。


「いいわね。それが『三毛猫拳』!」


 ドールお姉ちゃんが勝手なこと言ってるけど、無視無視。

 残ってるのはあと一体なんだから。



「……『シールドバッシュ』」


 バトルフィールドのちょうど反対側でミレアとフォンシーを守ってたザッティが、盾でブラックワイバーンをはね返してた。うん、盾を使うザッティって生き生きしてるよね。


「『ヤクト=ティル=トウェリア』」


「『ヤクト=ティル=トウェリア』!」


 後ずさったワイバーンの足元からゴワって二つ、火柱が立ち上る。フォンシーとミレアの魔法だ。


「よしっ、トドメいっちゃうよお!」


 これで最後だ。ボク一番のパンチを叩き込んでやる。


「『修行を思い出せ』……、『無拍子』」


 自己バフをかけて、一気に相手の目の前だ。


「ふしゃうぅぅっ!」


 うん。これはいまのボクにできる最高のパンチだ。会心の一撃ってやつだね。

 間違いない。絶対に当たるし、やっつけられる。さあこのまま思いっきり振り抜いちゃえ!



「あれ?」


 なんで手ごたえ無いのかな?


「やったぞ!」


 消えてくブラックワイバーンの首元からウルが飛び降りて、ビシってカッコつけた。手に持った『紅のクナイ』がキランって光ったね。うん、カッコいいと思うよ。


「……そ、そっかあ。さすがウルだね」


「おう!」


 ああもう、ウルのしっぽがブンブンで、ボクのしっぽはへんにゃりだよ。でもまあウルが嬉しそうだから、いっかあ。


「どうしたラルカ、変な顔だぞ」


「なんだよフォンシー、いいじゃない。ちょっと微妙な気持ちなんだからさ」


 近づいて来たフォンシーとミレアだけど、半笑いだよね? なにさそれ。


「ウルはカッコよかったわ」


 そうだよ、ミレアの言うとおり。でもさあ、トドメ盗られちゃったんだしさあ。


「フォンシーとかミレアにだったら怒るよ。ぷんぷん怒るよ!」


「不公平だな」


「ラルカはわたくしのことをそんな風に思っていたのね。悲しいわ」


 今度こそハッキリ笑ったね、二人とも。まったくもう。



「やりましたね」


「……盾はいい。しっくりくる」


 バトルフィールドが消えて、シエランとザッティもこっちに集まって来た。シエランはスッキリした顔してるけど、まさか『訳あり』側じゃないよね?

 ん、ウルは?


「『土師臣はじし』だ」


 あ、宝箱開けてたんだ。嬉しそうに持ってるのはスクロールだね。『土師氏はじし』ってなに? なんでみんなこっち見てるのかな。


「『スクネ』のジョブチェンジアイテムよ」


「『スクネ』って『スクネ』? 上位三次ジョブの?」


 ミレアが頷いた。そっかあ、カラテカ系の上位三次ジョブだね。ボクにピッタリだねえ。



「ドールお姉ちゃん。はい」


「ラルカ!?」


 ウルから受け取ったスクロールを、ボクはドールお姉ちゃんにぽーんって投げ渡したんだ。


「約束通りだよ。『洪家三宝』のお返し」


「だけどラルカ、あなた『スクネ』になれるのに」


「潜ってればまた出るよ。だから受け取って」


 約束は約束だし、ボクにだって意地はあるからね。迷宮の恩は迷宮で返しちゃうのさ。


「見事」


 ほら、ターンもそう言ってるじゃない。


「じゃあボクたちは部屋を出てから待ってますね」


「すぐ追い付くから待っててね」


 サワさんが気軽に手をひらひらさせた。余裕あるねえ。



 ◇◇◇



「足音だ。誰かくる」


「『聞き耳』。うん、しかもたくさんだね」


「モンスターじゃない」


 部屋を出てからすぐ、ウルが遠くの方から誰かが来てるのに気づいた。

 これってもしかして。



「無事であったか」


 駆け寄ってきたのはオリヴィヤーニャさんたち『フォウスファウダー一家』だった。『白の探索者』もいるね。それにオーブルターズ殿下が率いる『万象』の皆さんも。あ、『ブルーオーシャン』と『ライブヴァーミリオン』もいるや。

 そっか、ここまで迎えに来てくれたんだ。


「いやあ162層まで飛ばされたみたいで」


「162層、だと」


 さすがのオリヴィヤーニャさんもビックリしてるね。


「『訳あり』と一緒じゃなきゃ、あはは」


「その『訳あり』はどこだ?」


「あ、来てくれてたんですね。ご心配おかけしました」


「サワ・サワノサキ……。貴様ときたら」


『ルナティックグリーン』が扉をくぐって出てきたよ。あれから五分もしてないんだけど。

 オリヴィヤーニャさんたちが何とも言えない顔してるね。あんなの見たことないや。そうさせるだけでも、サワさんはすっごいねえ。



「キールランターって122層まででしたよね」


「貴様らのお陰で2層更新したぜ。いや162層まで行ってたかあ」


「なに言ってんです殿下。テレポーターで飛ばされたのなんてノーカンですよ、ノーカン」


「ノーカン?」


 オーブルターズ殿下がなに言ってるかわかんないって顔してる。うん、サワさんって時々変なコト言うよね。


「キールランターの最深層はキールランターの冒険者が開拓する、そうでしょ?」


「だなあ。まあいい、今は貴様らの無事を祝うとするかあ!」



「こっちも終わったよ」


 そんなことしてる内に、アンタンジュさんを先頭にして『クリムゾンティアーズ』も部屋から出てきた。もちろんドールお姉ちゃんも平気な顔だね。

 さあ、これで全員集合だ。


「うむ、こっちはサムライ氾濫を鎮圧してみせたぜえ」


「そりゃなによりです」


「なに『ブルーオーシャン』が最後を持っていったぞ」


 殿下がちょっと悔しそう。


「そうなのリッタ?」


「最後の方で百体くらい『ミフューン』が出てきてね。もちろん全滅させたわ!」


「さすがは『ブルーオーシャン』だねえ。『訳あり』のトップ張ってるだけあるよ」


「あったり前よ!」


 リッタはなんだか胸を張りすぎて、後ろにひっくり返りそうなくらいのけ反ってるよ。



「さあ迷宮異変もお終いだ。地上に戻って論功行賞だぜえ」


「うえー、またやるんですか」


 サワさんが舌を出してげんなりしてる。論功行賞?



 そんなわけで、巻き込まれちゃったり、飛ばされたりで大変だった王都の氾濫は終わったんだ。


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