第112話 冒険者の数だけ冒険がある
「三歩進んで二歩下がって、それからまた三歩だよ。ほら、着実に強くなれるでしょ」
「最強への道のりは険しい」
「はあ」
サワさんとターンが最強に誘ってくれてるんだけど、ボクはちょっと。
いちおうボクは知ってるつもりだ。『おなかいっぱい』だとボクとフォンシー、シエランはのんびり派、どっちかって言えばミレアとザッティは強くなりたい方だけどあそこまでじゃない。そしてたぶん一番『訳あり』っぽいのはウルだ。普通にしてれば強くなるのは当たり前って感じなんだよね。
「ウルはやるぞ!」
「ふむ」
ウルが燃えて、そしてターンが受け止めてる。
だけど違うんだよなあ。ウルは真っすぐなだけで、別に最強を目指してるわけじゃないんだ。
まあいっか。今はとにかく無事に地上まで戻らないとね。
◇◇◇
「そろそろバフなしでも見えたでしょ?」
「うん」
隊長のズィスラが一撃てモンスターをやっつけてこっちを見た。
ボクたちのレベルも40を超えてAGIが上がってきたから、なんとか前衛の戦い方が見えてきてる。
アーマードヴァルキリーをやってる彼女は、もうとにかく前衛って感じでなんとなくオリヴィヤーニャさんを思い出すね。
一気に敵に飛び込んでずばばばって剣を振り回したり、フルプレートから槍をバシュって飛ばして攻撃するんだ。カッコいいよね、アーマードヴァルキリー。
「魔法使いがただ魔法を使うだけの時代は終わりましたわ!」
すっごく楽しそうにフェンサーさんが前に出たんだけど、ウィザードだよね。
戦ってるモンスターは『ホワイト・ジン』っていう精霊系なんだって。だから剣とかの攻撃が通りにくくって、魔法が効きやすいんだ。
そしてズィスラとヘリトゥラ、フェンサーさん、そいでなんとドールお姉ちゃんは四人ともエルダーウィザードを持ってる。特にヘリトゥラとフェンサーさんは魔法の専門だ。
そんなフェンサーさんはホワイト・ジンの攻撃を普通に避けてる。あれってボクより上手くて速いよね。
「前衛ができる後衛、けっこうなことですわ。良いことですわ! 『ヤクト=ティル=トウェリア』」
五体いるホワイト・ジンのひとつに火柱が立った。すごい、一発で倒しちゃったよ。
「だからといって補助INTを放棄して前衛ジョブになっているようでは、本職とは言えませんわ」
「姉さん……」
あ、フォンシーが疲れた顔してる。うん、フェンサーさんのしゃべり方って、聞いてるだけで体力使う感じあるよね。
「後衛ジョブに就いて高いINTかWISを持ちながら、それでいて前衛を心配させない。それが最新最強のウィザードですわ!」
そうやって言い切ったフェンサーさんは燃え上がる炎を背中にしてから、こっちを向いてニヤって笑った。口元ピクピクしてるよ。決まったぜって顔だよね、それ。
「あの、まだ一体残ってますけど」
「あなたのお姉さんがやってくれますわ!」
ドールお姉ちゃんが?
「ふにゃっ!」
ずどぉんって音が聞こえたと思ったら、ドールお姉ちゃんはもう最後のホワイト・ジンの目の前にいた。もしかして踏み込んだ音?
「すにゃっ!」
次の瞬間、ドールお姉ちゃんの肘から先が消えたと思ったら、こんどはホワイト・ジンの脇腹あたりが、がっぱり削れた。なにしたわけ?
「ホワイト・ジンは完全物理耐性があるわけじゃありません」
「ヘリトゥラ……、どゆことかな」
「ドールアッシャさんは、殴ったんです」
え、でもホワイト・ジンってこの層にいるくらいだから、レベル130くらいはあるんだよね。
「スキルを使わなくてもSTRとDEXがあれば、物理無効でもない限り、やっつけられるんです」
ヘリトゥラの言うこと、理屈じゃわかるけどさあ。そんなこと、ホントにできるのかな。
「ふしゅー、ふにゃ、ふしゃっ、ふにぇしゃっあぁぁ!」
できちゃってるよ。ドールお姉ちゃんがたくさんパンチしたら、モンスターがハサミで紙を切るみたいにどんどん細切れになって、最後は消えちゃった。
「あれこそが『クリムゾンティアーズ』が誇る『訳あり』最強の殴り屋。第二回ヴィットヴェーン武闘大会準優勝者。『疾風三毛猫拳のドールアッシャ』ですわ!」
準優勝なんだあ。優勝したのは誰なんだろうね。疾風がどうたらこうたらは、聞こえないよ。聞こえてない。
「第一回優勝のターンが辞退したので、チャートが優勝したのですわ!」
チャートだったかあ。
「どう、見ていてくれた? あれが殴りジョブよ」
両方の手首をくいくいって回しながらドールお姉ちゃんが笑った。村にいたころは気弱で有名だったんだけどなあ。どうしてこんなんなっちゃったんだろ。
「ラルカ、目指しなさい」
「それはどうかなあ」
弱いまんまでいるわけにもいかないから、強くはなりたいよ? けど、そこまで強くなるのもなあ。
だからドールお姉ちゃん、両肩をつかむの止めてくれないかな。なんか痛いんだけど。ちゃんと爪切ってる?
「さあてさて、お姉さんたちのカッコいいとこもたくさん見れたし、レベルも40くらいだよね?」
サワさんが場を仕切った。
「連携も大事だし、そろそろパーティを戻して一気に上を目指そうか」
◇◇◇
「テレポーターにやられて二日、早く戻らないとだね」
「もう終わってるかもしれないぞ」
「そうだね。戻ったら終わってるのが最高だよ」
フォンシーが嬉しい想像して、当然ボクものっかった。
氾濫が長引いてもいいことないからね。『訳あり』だったら喜んでレベル上げるんだろうけど、ボクたちはそこまでムキになれないかな。
「キールランターの到達層って122層なんでしょ? 氾濫が終わってたらそのあたりまで来てるかもね」
ついさっきの戦闘でまたシュリケンが出たお陰でサワさんはご機嫌だ。なんでいまさらシュリケンなのかなあって訊いてみたら『オーファンズ』に流してるんだって。けどシャレイヤたちみたいにヴィットヴェーンを出たパーティは、自分たちの力で手に入れろって言ってるみたい。
甘いんだか厳しいんだか、よくわかんないよね。
「そんなわけで仕上げだね」
「仕上げ?」
「そ。ターン、どうだった?」
124層に繋がってるらしい階段を偵察しに行ったターンがちょうど戻ってきたとこだ。
「ゲートキーパー部屋だ。ブラックワイバーンが五体」
「だってさ。さあ『おなかいっぱい』の力、わたしたちに見せてもらえるかな」
そう言ってサワさんが牙をむきだす獣みたいに笑った。しかも、ターンとズィスラ、ヘリトゥラ、キューンにポリンまで。大人しそうなヘリトゥラとポリンもそんな顔できたんだね。
これってたぶんサワさんの悪影響ってやつだ。
「こらこら、サワはその前に言うことあるだろ」
『クリムゾンティアーズ』の隊長、アンタンジュさんがサワさんの背中を軽く叩いた。
「そうでした。なんかごめんね」
いきなりサワさんが謝ってきたけど、なにが?
「わたしって、冒険者を見るとレベリングしたくなっちゃうの」
「なんですそれ?」
いやいや、本気で意味わかんないんだけど。
「いやあ、わたしの悪いとこだと思ってるんだけど、なかなか治らなくてさ。ごめん」
「相手のことを考えないってことかい?」
お、フォンシーはわかるのかな。
「それに近いかな。わたしって最強を目指してるからさ」
「だったら『訳あり』だけが強くなればいい、ってわけじゃなさそうだな」
「そう。強い冒険者がたくさんいたほうが、最強になりがいがあるってものでしょ」
うわあ、すごい理屈だよ。でもなんだかサワさんらしいかも。
162層からここまでくるあいだ、『訳あり』の人たちって楽しそうに歩いてたんだよね。正直言っちゃうと、つられちゃったのかな、ボクもなんか楽しかったんだ。こんなのもいいかなって。
それでもやっぱり『おなかいっぱい』は『おなかいっぱい』かな。
「『おなかいっぱい』だけで飛ばされていたら、わたしたちは全滅していたと思います」
こんどはシエランがやさしく笑った。言ってるのはいやな単語だけど、シエランも楽しかったのかな。
「レベルが上がったり下がったりで大変だったけど、おとといよりは強くなってるわね。それにロウヒにもなれた。すごいウィザードも見れたし、感謝してるわ」
そしてミレアだ。視線はフォンシーさんとヘリトゥラの方だね。お手本になったのかな。
「さてラルカ、『おなかいっぱい』のリーダーはどう思う?」
「フォンシーはすぐボクに振るよね。えっと、大変だったり、すごくがんばったりするのはたまにでいいかな。じゃないと疲れちゃうから」
『おなかいっぱい』は『訳あり』みたいになれないけど、それでもこの二日、『ルナティックグリーン』と『クリムゾンティアーズ』が一緒でよかったって思ってるよ。
「うーん残念、『訳あり』にスカウトしようかと思ったのに」
サワさんがほんとに残念そうにしてるよ。それでも笑ってるから大丈夫かな。
「冒険者の数だけ冒険がある」
迷宮に響いたのはターンの声だった。腕を組んで胸を張ってる。
あ、それを見てズィスラとヘリトゥラ、キューンとポリンも腕組んだ。苦笑いしたサワさんまでゆっくりと。『クリムゾンティアーズ』の人たちは面白そうに見てるだけだね。
「いまの聞いた? 良い言葉でしょ。ウチのターンは、可愛くて最強でカッコよくて、わたしの相棒なんだ」
サワさんがめっちゃくちゃ自慢げだよ。そういや『ブラウンシュガー』でも、とくにチャートはターンを意識してたっけ。
「ウルは強くなったぞ。見てろ、ターン!」
「うむっ、見届けてやる!」
ウルが『ルナティックグリーン』のマネして、腕を組んで言い放ったよ。ウチのウルもカッコいいよね。
「ブラックワイバーンが五体でしたよね。やっつけてきます」
すごい人たちが強さを見せてくれたんだ。こんどはボクたちの番だね。
だからウルみたいにボクも腕を組んで胸を張ったんだ。そしたらさ、フォンシーやシエラン、ザッティとミレアも一緒になって腕を組んでカッコつけてくれたよ。
さあ、『おなかいっぱい』の出撃だ。
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