第106話 そのための襟巻きですね。ちょっと動きにくいですけど
「作戦総指揮をあずかる、オーブルターズ・メット・ランド・メッセルキールだ。『天の零』のリーダーをやってるぜ」
「いよっ、殿下!」
「王都最強!」
なんだろ、この合いの手。おだててるっていうより、ふざけてる? 『おなかいっぱい』のこと『女神』って言ってみたり、これがキールランターのノリなのかなあ。
「たしかに我は王都最強だ!」
あ、最強って言っちゃうんだ。
砦で休んでから四時間経って、冒険者たちが44層に降りる階段の前に集まってるとこだ。ベンゲルハウダーだったらオリヴィヤーニャさんが演説ってとこなんだろうけど、ここだとオーブルターズさんだよ。
ミレアに訊いたらあの二人、いとこ同士なんだってさ。
「王都だからお堅いってわけでもないんだな。これならベンゲルハウダーの方が真面目かも」
「上の違いじゃないかしら」
「フォンシー、ミレア、しーっ。聞こえちゃったらどうするのさ」
ミレアなんて昨日までビクビクしてたくせに。
「こんなのを見せられたらね」
「慣れちゃったかあ」
「開き直ることにしたのよ」
それならそれでいいんだけどさ。あとになって後悔してもしらないよ。
「だがしかあし!」
あ、まだ殿下のお話、続いてたっけ。
「今は最強を語っている場合ではないなあ。それにだ、もしかすると今回の氾濫が終わったら、貴様らのいう強さ比べもどうなっているかわかったもんじゃないぜえ」
なんか妙なコト言ったオーブルターズ殿下がニヤってしてからこっちを見た。すっごいヤな予感がするんだけど。
「ほれ、そこにいる娘どもが最強になってるかもしれないなあ。以前みたいに」
「まさかヴィットヴェーンか?」
「違う。アレは『黒柴』じゃない。けど、まさか」
「事務所で見たぜ。ベンゲルハウダーらしい」
「こんどはベンゲルハウダーかよ」
あばばば、どうしてこう『訳あり』の噂が降りかかってくるかなあ。ボクたちは関係無いよ。ちょろっと知り合いはいるけどさ。
「ウチの新星をいじるでないわ。さっさと話を進めろ」
「オリヴィヤーニャはお固いなあ。まあ肩の力を抜け」
だれが新星なんだろうねえ。オリヴィヤーニャさんだってボクたちをイジってるじゃないか。
けどまあ周りもいい感じで笑ってるし、空気が柔らかくなったんなら我慢もするけどさ。それよりもう。
「話が長かったようだな。来たぞ」
オリヴィヤーニャさんたち『一家』がチラって階段の方を見た。なんかが登ってきてるね。とっくにボクも気付いてたけどさ。ほら、しっぽがゆらゆらしてる。
「おうおう。んじゃあ景気よく始めるとするかあ。気張れよ冒険者ども!」
オーブルターズ殿下が獣みたいに笑ったら、周りの人たちの表情も変わったね。戦闘態勢ってやつだ。
「まずは『万象』と『一家』からだ。二列目の連中はよく見とけよ」
『万象』っていうのは殿下と私兵さんたちで作ったクランだ。殿下がいるのが『天の零』。あとは『雲の壱』、『夜の弐』、『夕暮れの参』って名前らしい。さっき案内してくれたマクティさんもメンバーに入ってるよ。
殿下は名前を出さなかったけど『白の探索者』も一列目だね。
「サムライゾンビとサムライオークだな。やるぞ手前ら!」
「ういっす!」
なんか変な掛け声で氾濫退治が始まった。
◇◇◇
「ラルカ、指示を頼む」
「みんなやることわかってるくせに」
「まあそう言わず」
べつにフォンシーでもいいんじゃないかなって思うけどね。
「ザッティが前に出てタンク、シエランとウルは元気に攻撃。ボクは真ん中あたりで回復と補助」
ここまでが一応前衛だね。ボクはレベルが足りてなくってAGIがまだ低いから、今んとこは前に出にくいよ。
「ミレアは魔法に集中して、フォンシーは守りながら魔法とバフ。いいよね?」
「わかってるわ。焼き尽くすわよ!」
さすがは大魔法使いミレアだね。気合十分だ。
ミレアをフォンシーが守りながら一応後衛ってことにしとこう。
「えっとあとなんだっけ?」
「……クリティカル」
「気をつけなきゃダメだぞ!」
「はい、ザッティとウルの言ったとおり。一番気をつけなきゃなのはクリティカルだよ」
資料で読んだんだけど、サムライ種はカタナで首を狙ってくることが多いんだ。そんなの食らったらHPに関係なくやられちゃう。クリティカルって呼ばれてる攻撃だ。
「そのための襟巻きですね。ちょっと動きにくいですけど」
シエランが首に巻いた襟巻きをポンポンってイジりながら言った。
全員が装備してるこの襟巻きなんだけど、革鎧と一緒でマスターデーモンの皮でできてる。素材のせいでちょっとゴワゴワしてるんだよね。色はお揃いで薄緑。鎧の色に合せてあるんだ。
普段はクリティカルがあるモンスターがいる階層でしか使ってないんだけど、ちゃんと用意しておいてよかったよ。
「フォンシー、特殊攻撃を確認して」
「サムライゾンビは毒、サムライオークは力押し、サムライマミーはレベルドレイン。それぞれの特徴はもちろん、ラルカ、ちゃんと覚えてるんだろうな」
「戦いになったらちゃんと声出し確認しようね。特殊攻撃なんかは大声でだよ」
いちおうだけど覚えたって。ただ、忘れてたらヤだからちゃんと確認しないとね。
「おっと、抜けてきたのがいるね。さあやっちゃおうか」
ボクたちのちょっと向こう側、階段の近くでトップパーティが戦ってるけど、想像どおりであふれてくるモンスターの方がやっぱり多い。
当然ボクたち、二列目の出番ってことだよ。
「えっと、サムライゾンビが三体だね。ウル、戦闘開始!」
「おう!」
迫ってきたサムライゾンビにウルが一歩踏み込んだとこでバトルフィールドが広がった。
「『ディバ・ト=キュリウェス』」
ざざってウルとシエラン、ザッティが前に出たとこで、一応事前解毒魔法をかけておく。今のボクはこんな役割だ。
==================
JOB:LAMA
LV :21
CON:NORMAL
HP :298+112
VIT:82+22
STR:92+24
AGI:114+44
DEX:149+34
INT:69
WIS:70+46
MIN:32
LEA:16
==================
これがステータスだけど、みんなに比べてAGIが足りてない。150だけどミレアにも届いてないんだ。ラマはAGIがキッチリ伸びるジョブだからレベルが上がるまではガマンガマン。
「レベル70台のモンスターだ。悪くないな」
「油断はダメだからね」
「わかってるさ。けどウチの前衛が頼もしくってな」
「それは……、だねえ」
こうやって戦闘中なのにフォンシーとお話できてるのは、前衛三人のおかげだ。
なんていうか余裕だね。とくにザッティがすごい。盾でドカンってしてから、剣でズババって感じ。さすがはレベル60台のグラディエーターだよ。本人も盾で活躍できて嬉しそう。
「大きくもなくて数も多くないモンスターだもの、あれじゃあ、ね」
「あはは、ミレアの出番はもうちょっと後だね」
◇◇◇
「わりい。三時間休ませてくれ。頼めるか」
「大丈夫ですよー。こっちはまだまだやれますから」
「嬢ちゃんたち、すげえな」
氾濫を受け止めるようになってだいたい六時間くらいかな。いよいよ二列目でもスキルが危ないパーティがでてくるようになっちゃった。
じゃあ『おなかいっぱい』はって話だけどウチは氾濫向きなんだよね。
理由はなんたって回復が万全ってことだ。全員がプリーストとビショップ持ってるからねえ。しかもボク以外の五人はロードもだし。ついでにボクはナイチンゲールだったわけで。
だから長い間戦えてるんだよ。別に氾濫に準備してたわけじゃないけど、いつの間にかね。
「……慣れたな。スキル無しでもイケる」
「わたしもです」
そいで相手がサムライモンスターなのが、またいい。硬いモンスターとか数が多い敵とかだとどうしたってスキルを使うことになっちゃうけど、今はそういう状況じゃない。サムライ種っていうそこそこの大きさで、一回の戦闘になるのがそこそこの数だからスキルなしでもヤレてるんだよね。
ザッティとシエランが生き生きしてるよ。ウルなんてもう得意の移動系スキルトレースがバリバリだ。大魔法を使えなくってミレアが不満そうなくらい。
「ウルっ!」
「おう!」
そしてボクはレベル50台になってる。ここまできちゃえば、AGIでも負けてない。動き方をウルと合せながら前線で大暴れだ。
ボクが蹴っ飛ばした敵をウルが叩き斬る。逆にウルが相手の攻撃をかわしたところをボクがズドンってね。
出会ったばっかりのころ、ウルってば一人で敵に突っ込んでただけだったのに、今じゃこうやってボクに合せてくれるようになっちゃってる。なんか面白くって嬉しいね。
「でも、こんなもんじゃないんだろうね」
「だろうな」
フォンシーだけじゃなくって、みんなもそう考えてるよね。
ここまで三回異変に立ち向かって、一回だってそこそこで終わったことなんてない。前回の層転移は、まああれは『一家』ががんばったってことだけど。
「デカいのが出たぞお!」
「サムライジャイアントか。いよいよ氾濫らしくなってきたな」
オーブルターズ殿下とオリヴィヤーニャさんがおっきな声で新手を教えてくれた。
ほらやっぱりだ。氾濫はまだまだ始まったばかりだよ。
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